「この浮気者!」
「だから何の話だ…」
「浮気者って言ったら浮気者でしょ、なんで兄さんと君が同じベッドで寝てるわけ?!」
「だからさっきから言っているようにこれは、こいつが眠れるように、」
「土方さんがいるでしょ、どうして土方さんが…」

深い眠りから僕を目覚めさせたのは、可愛い可愛い弟の声と、低くて感情のない彼の声だった。
うわきもの、という単語だけがやたらと耳に響く。意味よりも先に、どうやら喧嘩をしているらしいという状況だけを把握してから、僕は身を起こした。
斎藤くん、と、見慣れた、綺麗な白色の――弟の姿が目に入る。

「…ん…なにしてるの?おはよ…」
「!」

可愛い僕の弟は、僕を見るなり少しおびえたような顔で後辞さる。…違うな、“怯えたような”、じゃなくて“怯えきった”表情だ。
昨日、無理矢理僕を押さえつけて、行為に及んだことを気にかけているらしい。

「………」

まあ、そんなことはどうだっていい。
顔色も悪くないし、動作にも問題なし。

「(――よかった…)」

離れている間に発作でも起こされていたらと危惧したけれど、斎藤くんの言うとおり、これなら大丈夫だろう。

「おはようって言ってるのに逃げることないじゃない。酷いなあ」
「…あ、う」

弟は、叱られることがわかっていながら飼い主に首を差し出す犬のような、おどおどした動作で僕から後辞さる。
まったくもう、そんなストレートに怯えなくてもいいのに――なんて迂闊さ加減なんだろう。
今日も、僕の弟は最高に可愛いなあ。

「…お、おはよう、兄さん。身体は…?」
「大丈夫だよ」
「そう。……、あ、あの、」
「ん?」
「…怒ってない?」
「怒ってないよ。いつもよりちょっと強引だったけど、気持ち良かったし」
「そ、そっか。よかった。…昨日は無理させてごめん」

もごもご口を動かして、それから、きっ、と、斎藤くんをにらんだ。

「ところで兄さん、どうしてこいつと一緒に寝てるの」
「ん?――…あ、斎藤くんも、おはよー」
「ああ、おはよ「ちょっと!僕の兄さんに気安く話しかけないでってばッ」
「………」

噛みつく弟に、困った顔で押し黙る斎藤くん。ちょっと面白い構図。

うん。なにやら弟はご立腹なようだ。
僕が斎藤くんと眠っていたことに、どうやら怒りを覚えているらしい。
…――まあ、弟が何を考えているのか、予想はついてるんだけれど。

「僕の体質は知ってるでしょ?昨日無理した僕のために、斎藤くんはここにいてくれたんだけど。僕の可愛い弟は、それがどうして気に入らないのかなあ」
「……!だ、だって」
「だって?」
「兄さん、こいつには気を許してるみたいだし、なんか…」
「なんか?」
「……だって、なんかムカついたから」

ああほんとうにこの子ってば、普段は賢いのに僕のことになるとおバカなんだ。
可愛すぎて顔がにやけちゃう。

「昨日もなんか変なこと言ってたよね。土方さんと僕をどうとか」
「――土方さんは兄さんのことが好きだから。そういう意味で昨日は土方さんに兄さんを預けたのに、」

こいつが、と、ぶしつけに斎藤くんを指さす。斉藤くんは困った顔だ(それはそうだろう、ここで何を言ってもたぶん「僕の兄さんに話しかけないで」の一言を返されるだけだろうし)。
弟は必死に、僕から斎藤くんを引きはがそうとしてくる。けれど僕はあえて斎藤くんを逃さなかった。
ベッドに身を起こしたまま、ぎゅ、と、斎藤くんとつないだ手に力を込める。

………。
…………。
……うん。

そろそろ、潮時かな?


「でも、斎藤くんに僕を任せたのは土方さんだよ」
「……、は?」

僕は、弟の顔を見て、ゆっくりと、言った。

「だから。土方さんが、斎藤くんに言ったんだよ。僕が眠れないだろうから、ちゃんと面倒みとけって」
「何それ…!!」

怒りにか混乱にか、弟の顔が真っ赤になる。

「うん。だからね、斎藤くんが残ってくれてね。まあ、いろいろありまして」

僕は、すすす、と、斎藤くんの傍に身体を寄せる。

「?」

不思議そうな顔で僕を見る斎藤くんと目があった。

……。
………。
…ちょ、ちょっと恥ずかしいけど、まあいいや。

てい、と、僕は斎藤くんの肩に頭を乗せる。




「とにかく。僕、斎藤くんと付き合うことになったから」




「?!?!?!?!?!??!」

――誰よりも驚きの声をあげそうになったのは、当然弟ではなく斎藤くんだ。びくんっと大きく肩が震えて、――驚きに漏れそうな声を、掴んだ手に思いっきり力を入れることで遮る。
ぎゅうううううううッと力を入れて、弟にばれない程度に目で合図。

「は?!何それ、…な、何それ…!!」

思った通り混乱の声を上げる弟が、余計に真っ赤な顔になる。かーわいい。

「僕もいい加減、普通の恋愛をしてみたいなって…斎藤くんって優しいし、これからどうなるかわかんないけど、僕のこと支えてくれるって言ってくれたから…」

「言ってない言ってない」みたいな顔をする斎藤くんを、にっこり笑顔で封じながら、ぴたっとくっついてみたり。指先でもじもじするフリしてみたり。
もちろんこれは冗談なんだけど、熱くなった弟にはこれが冗談と通じない。

「ちょっとどういうこと」

弟のもちうる限りのドスのきいた声で斎藤くんを詰問する。斎藤くんは――ああ、青くなってる。さすがの彼も急な展開についていけないらしい。
弟は斎藤くんの首元を掴みあげた。

「ちょっと。ど・う・い・う・こ・と」
「……。いや、俺は…」
「昨日言ったでしょ。今日から僕と君はコイビトって。契約代わりにキスだってしたじゃん!なのに兄さんにも手だしてるってどういうこと?!」
「………」

ん。
…ん?
え?!
なにそれ初耳。僕も聞いてない。

「…え、なにそれ…どういうこと斎藤くん。僕の弟と?」

思わず低い声が出た。僕の可愛い弟を口説きでもしたの。そんなの聞いてない。
まあ僕のは、弟をたきつけるための、まあ、まるっきり嘘っていうか――冗談だけど。
でも弟と斎藤くんがどうこうの話は完全に初耳だ。

「え、あ、いや、」
「…なに、どういうこと?」
「僕と兄さんで二股かけてたってこと?」

斎藤くんは、「身に覚えがありません」という顔で固まった。
……。
…なんかちょっぴりモヤっとするけど、まあ、いいや。あとでめちゃくちゃ詰問してやるとして、今はとりあえず。

「…、土方さんは、何やってるの…!」
「土方さんなら、もう自室で寝ているころだと思うよ」

ほら、やっぱりね。
弟の矛先はすぐに土方さんへと向かう。

僕はしめしめと内心笑いながら、怒りの表情で駆けていく弟の背中を見送った。






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