近況報告。
なんだかんだでここのところ僕と斎藤くんの関係は、――それが僕の望むところではないという点についてはネックだけれども――おおむね落ち着いていた。
お互いの立ち位置が明確になってきたというか、なんていうかそう、僕は彼に手を出されてもそう動揺はしなくなった。
ありていに言えば、彼とのやり取りが、“いつものこと”になりつつあるんだ。


いわゆるセックスフレンド、というやつかな。
コイビトじゃないくせにセックスだけはしているのだから、そういってしまっていいのだと思う。

まったくもって、とんだ食わせ物だ。役者と言ってもいいかもしれない。
だってこんな話、絶対、誰にしたって信じてもらえない。

…あーんな、「女になんて興味ないですぅ」って顔しておいてさ。
冷静沈着そのものの性格のくせに、淡泊そうな顔つきのくせに、セフレなんて作って――そう低くない頻度で僕を抱くんだ。
そのくせ僕が「セフレなんて嫌だ、ちゃんと恋人にして」っていくら言っても聞く耳持ってくれないし。
遊ぶだけ遊んで、いつでも捨てれる位置に僕を追いやって――

否。

もちろん彼にだって、のっぴきならない理由があるんだってことくらい、僕にもわかってる。それがどういうものかはわからないけど――ほんとうに単なる遊びってわけじゃないことくらいは、何となくでも、感じる余裕もできてきた。
彼はやっぱり、根本的にはとても誠実な人。
僕をセフレみたいな位置に置いているのは、…何故かはわからなくても、理由がある。

推測だけど、彼には誰か好きな人がいて――その人は、きっと僕に、物凄く似ているんだ。

「(…僕だって、馬鹿じゃないんだ。わかってるんだよ、色々と、さ)」

こんな中途半端な状態が長く続いたって、いいことがあるはずがない。

僕だっていろいろ考えたんだ。そう、色々。
たとえば、…そもそも僕と彼の関係で何が悪いって、僕ばかりが彼を好きすぎて、うまくバランスが取れてないってところにあるんじゃないかな、……とか。

僕は、彼が大好きだから。
たぶんどれだけ酷いことをされたって、何か事情があるのかもって勝手に解釈して――ほんの少しの希望にすがって、彼の傍にいることを望む。
もし斎藤くんが僕を切って他に彼女を作ったとしても、僕はきっと、馬鹿みたいに盲目に、僕のことをもう一度、ほんの少しでも思い出してくれないかって、みっともない希望を捨てきれずに、傍にいようと頑張るんだろう。


そう、それがダメなんだ。

というのも、少し考えてみたらわかる話で――斎藤くんからしたら、今の僕は僕はとても都合のいい存在なのだ。少しばかり放っておいても大丈夫、そういう認識が否めない。自分で自分のお手軽さにほとほと呆れるくらいだ。
抱かれてるときは気持ち良くて泣いちゃうくらいだし(当然終わった後は本当死にたい気分だけど)、彼が笑いかけてくれただけで本当に幸せな気分を味わえちゃうし。今までだって一生懸命彼を拒絶しようとしたけど、どうしてもできなくて、…いつも僕の方から、会いに行けないかって理由をつくって、逢引きみたいな真似をしてしまうし。コイビトらしいことができれば一喜一憂して、少し拒否されては傷ついて、彼が誰かと会話するたびに焼きもち焼いて、セックスの時は必死に応えようとしてしまうし、僕ばかりがいつも努力している。

――そう、そうなんだよ。

たとえば例をあげるけど、彼の方から僕の方に積極的に会いに来てくれたことなんてないんだ。

普段僕が彼と落ち合うのは屋上が多いけど、それだって、先生に言われたからだとか、僕が授業をさぼったからだとか、そういう理由がないと来てくれない。
僕に会いたくて来たなんて、一度も言ってもらったことがない。
つまり、つまりだ。僕が屋上で彼を待っているという前提がなければそもそも成り立たない会合ばかりなんだ。

逆説。
…僕が屋上へ行かなければ、彼としばらく距離を置くことができる、ということ。


そうしたらどうだろう。
ここのところ、低くない頻度で僕は彼に抱かれているけれど――僕という性欲処理のはけ口を失えば、彼だって少しは惜しく思えるんじゃないだろうか?

…こういうことを言うのはどうかと思うけど、僕、けっこうその、男にしてはいいカラダしてると思うんだ。自分じゃよくわかんないけど、斎藤くんが僕の身体に執着してるのは、なんとなくわかる。
初めてだって強引だったし、我慢できないって感じて襲われることもよくあるし、…その、最中だって、気持ちいいって顔してるし、僕も少しお手伝いしたら、よくできたなって褒めてくれるし(言葉には出さないけど、実はちょっと嬉しいんだ)。
身体の相性は抜群にいいと思う。

そんな僕がしばらく彼に抱かれずにいたら、彼も僕のことが欲しくなって、僕のことを恋しく思うんじゃないかな?
別に性欲処理のためだっていいんだ。そこから恋愛に発展していく例だって、無いわけじゃないんだし。
僕のこと抱きたいなら、きっと彼からアプローチに来てくれるでしょ?

そうしたら、
もうちょっと僕のこと構って、大事にしてくれるんじゃないかな。
僕の機嫌をうかがって、甘やかして――

僕のことを見てくれるんじゃないかな。
好きな人に似てるから、って、そういう理由じゃなくて――僕のことを、見てくれて、好きになってくれたら。
もしかしたら、もしかしたらだけど、僕のことを捨てられなくなって、…恋人にしてくれたりとかしないかな。


…まあ、それはきっと多くを望みすぎているんだろうけど。

とにかく。
僕という存在の大事さを、彼に理解して貰うために、ちょっと距離を置くのも手じゃないか。
そう考えた僕は、さっそく行動を起こすことにしたんだ。


今までは全絶ちしようと頑張りすぎてしまったから、よくなかった。好きな人を嫌いになんてなれるわけがないし、斎藤くんのこと大好きな僕が、何日も会えないで我慢できるはずがない。
だから今回は、そう――無理のない範囲で、ちょっとだけ。セックスだけできないように、二人きりにならないように。
屋上に行かない。
クラスで会う分は問題ないんだ。周囲の目があるところでは、彼も無茶はできないから。

ごく普通のクラスメイトとして接するだけ。
そう心に決めて、僕は「斎藤くん絶ち」を決行したのだった。






† † †






結果として。

作戦決行から二週間もしないうちに、僕はすでに泣きそうだった。

僕は斎藤くんを無視してるわけじゃない。屋上に寄り付かなくなっただけ、彼と二人きりになるのを避けているだけ、…だ。
それも10日とちょっと。それだけ、それだけだ。
それだけなのに!

「……ッ」

なんで僕の身体なのに、僕じゃなくて斎藤くんの言うことばっかり聞くようになってるんだよ!

「(勘弁して、もうほんと…どうしたら、)」

彼にのみ従順で、他の誰の言うこともきかない。こんなところで従順にならなくていいのに。

僕だって自慰くらいはする。あまり性的欲求は強い方ではないけれど、友達に借りたおかずに反応くらいはするし、自分で抜くことくらいある。
僕だって男なんだから、女の子の身体に全く反応しないわけじゃないし、――斎藤くんに抱かれなくとも、しばらくは大丈夫だって思ってた。

結論として、それは甘かったわけだけれど。

一人では思うようにイけない、ということに、数日で僕は気づいた。
そもそも、自慰をする時に自然と斎藤くんのことを思い出してしまう時点でおかしいんだって、気づくべきだったんだ、僕は。
一人でだって、抜けないわけじゃない。それはそう。そうなんだけど。
問題なのは、…その、後ろ、が…

「(ああもう、悔しい、悔しい悔しい悔しい…!)」

僕のことを、後ろで快楽を感じることができる身体に作り上げたのは、斎藤くんだ。
僕にはもともとその素質があったみたいで(絶対認めたくないけれども!)、今はもう、前だけの刺激じゃ満足できない。
でも後ろを使うことが自分にはどうも抵抗があって、…こないだお風呂で少しだけ頑張ってみたけど、どうにもダメだった。気持ち良くないのだ。

斎藤くんに触られるとあんなに気持ちいいのに、自分じゃあまりよくなくて。
単純に触ってほしい、って思うのとは少し違う、下半身がウズウズするような落ち着かない気持ちになって。
彼と繋がりたい、…なんて、いやらしいことを想像するようになって。

「(これじゃ淫乱って言われても否定できない…)」

距離を取ろうって決めたのは、僕。でも斎藤くんはいつものように冷静沈着で、誘いをかけてもこないし――ここのところ様子を見に会話しに来てくれることはあるけど、強引にさらってくれたりしない。僕が期待していたような、“僕を惜しく思う”段階まで行くのには、もう少し時間がかかりそうだ。

なんなんだろう、この「焦らすつもりで焦らされているのは僕」という、なんとも情けない展開は。

…もしこの先、彼に捨てられちゃったら僕、どうなるんだろう…?




情けないことを考えながら、僕は今日も学校へ通う。彼に会って、教室で少しお話して、ああやっぱり好きだなって再確認して、切ない気持ちになるのはいつもの通り。真面目に授業を受けて、放課後は屋上に行きたい気持ちをなんとか押さえつけながら、ずるずる引きずられるように家に帰る。その繰り返しだ。

会えないわけじゃない。会話なんてむしろ普段よりしてるくらいかもしれない。教室の中、普通の“友達”として彼に付き合うのは少し嫌だけれど、斎藤くんを徹底的に避け続けていた昔よりも、だいぶん気は楽だ。声を聞いて、顔を見て、…それだけで嬉しいのだから僕は本当にお手軽な人間なんだろう。だからこそダメなんだけど。だからこその、作戦なんだけど。
寂しくないけど、なんか、むなしい。
いとも簡単に浮き沈みする心を宥めながら、僕は日常をやり過ごす。



問題なのは精神的な部分よりむしろ肉体的な部分。

…ていうか。ていうかさ、そろそろ斎藤くんだって辛い頃なんじゃないの?もう10日以上抱かれてないよ。ていうことは、斎藤くんだってしばらく誰ともシてないはずだよね?(違ってたら本気で傷つくけど)。僕の他に抱く人もいない、…はず、なんだけど。ねえ、さすがに一人で処理したりはするんだよね?君だって男だし。実は表面ほど淡泊じゃないって、僕はもう知っちゃってる。
君が一人でするところ、…ちょっと想像つかないけど。

誰のこと考えてしてるの。
それだけは、少し気になる。


「…あー、もう…」



作戦を考えてから今日でちょうど2週間。そろそろ僕を誘いに来てはくれないかと、僕は斎藤くんに期待の目を向ける。誘われたことがないから、どういう誘い方をしてくれるのかも知りたくて、ちょっとわくわくして。

でも、それでも彼から誘ってくれることはなくて、…今日も授業が終わり、放課後になろうとしていた。
屋上に誘ってくれるとか、放課後家に呼ぶとかさ、いろいろあるでしょ。何で誘ってくれないの。
僕の身体はこんなにも君を求めてるのに、君はそうじゃないわけ。
あっそう。別にいいけど。

「………」

別に、気になんてしてないけど。

「……、…さ、斎藤くん。授業終わったね」

声をかければ、君はすぐに振り向いてくれる。友達にするみたいに話しかけてもくれる。僕はツンケンした態度だけど、気にした風もない。

「ああ、沖田。今日も授業をさぼらなかったようだな」
「………」

さぼって屋上に行ったら、君が来てくれたんだろうけどね。ほんとはサボりたかったけど、君を焦らそうと思っていかなかったんだよ。言えないけど。

「珍しいが、更生するのはいいことだ」
「別に君に褒められたくてしてるんじゃない。ていうかどうでもいいでしょ、僕が授業に出ようが出まいが」
「俺にとってはどうでもよくはない」
「どうでもいいことだよ。面倒だから立ち入らないでくれる。僕は君なんて大っ嫌いなんだからね」
「そうか。俺はあんたが好きだがな。…まあいい、とにかく、帰るなら気をつけて帰ることだ」
「……、……、……君は…」
「?」

放課後は何か予定があるの、って聞きたい。
でもそんなこと聞いたら、僕の方から誘いをかけるみたいじゃないか。ダメだ、我慢しないと。

「…なんでも、ない」
「……?そうか」
「……うん。それじゃ、僕、帰るから」
「ああ。それじゃあな」

別にいつもの通りだ。何も変化なんてない、斎藤くんの、それはいつも通りの対応で。
それが何故だか今日は物凄く癪に障った。
ありていに言えば、カチン、ときた。

なにそのあっさりした返事。
なんなのそのあっさりした顔。
なんなのその、…余裕そうな表情…!

ここ2週間、まるっきり君に触られてない僕は、とーっても欲求不満なんだけど?!

「………君はさ!」

もう我慢の限界だ。僕は、きっ、と彼を睨み付ける。
斎藤くんは僕の様子がおかしいことに気付いて、首を傾けた。

「沖田?」
「君はいつもそうだよね、淡泊そうな顔してさ、なぁんにも執着してませんみたいな顔してさ!それで“クール”なんて周囲にもてはやされて、…声をかけてくる女の子にだって困らないんだろうけど…っ」
「何を言っている、俺は別に」
「別にいいよ君が放課後何をしてたって興味なんてないし、どうせ風紀委員の仕事とか言っていろいろ忙しいんだろうけど?!」
「何を急に怒っているんだ…」

あ、だめだ。呆れた顔、してる。それを見て心臓がぎゅってなる。
…どうして僕はいつもこうなんだろう。
もっと上手に駆け引きがしたいのに。
もっと上手に君の気を惹きたいのに。

もっと僕のこと構ってよ、って言いたいだけ。だけどたまには君の方から誘ってほしいな、って、素直に言えないだけ。
それだけなのになあ。

「ほんと、馬鹿みたい…っ」

吐き捨てて、僕は彼を睨み付ける。彼は困った顔だ。「どうして僕が怒っているのか」まるきりわかっていない顔で、「どうした?」と聞いてくる。僕はふいとそっぽを向いた。少しは困ってしまえばいいんだ。

「今日はえらく機嫌が悪いな」
「…別に…っ」
「腹でも減っているのか?」

あああああ。
全力でむかつく、この男。

「子ども扱いしないでくれる?!おなか減ったからって不機嫌になったりしないよ、僕!」
「いいや、あんたは小腹がすいただとか天気が悪いだとか、どうでもいいことですぐ機嫌が悪くなるような男だ。二十を超えてもその性格は変わらん」
「見てきたように言わないでよそんなこと!」
「見てきたから言っているんだ。…まあいい、そういうことなら」

斎藤くんは立ち上がって、カバンを取る。いつもの淡泊な顔で僕を見て、

「放課後に予定はないな?なら帰りに何処かにでも寄るか…駅前のクレープあたりでいいか」
「はあ?!何それ、子ども扱いして…!」
「あんたは甘いものが好きだろう?無論、俺が奢るつもりだが。……何か問題あるか?」
「問題がどうとかそういう問題じゃなくてだいたい君はいつもいつもそう…やっ、て、…あ…、…あう、」

……。
このタイミングで誘いをかけてくれるとか、ほんと君、馬鹿じゃないの?!

めちゃくちゃ嬉しいくせに、先ほどの怒りが抜け切れない僕は、何がなんだかもうわけがわからなくなって、「問題ないけど!」とそれはもう素直に叫んでしまったのだった。




NEXT