「副長だ」
一番可能性のある答えを選んだつもりだった。
どうなのだ、という気持ちを込めて、じっと見つめる。
総司は――
「…ああ、そう。そうだよね。ふうん」
一瞬目を見開いて、それから感情の消えうせた声で適当な相槌を打つ。
足元に置いた猪口をおもむろに掴み、そして無言で、そこに酒を注いだ。
無表情だった。
「…総司?」
答えは、と求める前に、総司はその酒をぐいっと飲み干す。二、三回、それを繰り返した。
それを見て、俺はほぼ確信する。やはり副長だったのだ。酒の勢いでも借りて、告白するつもりなのだろうと――けれど、その前にこちらを向いた総司の目がなんとも言えない複雑な色を混ぜていたものだから、何も言えなくなってしまった。
思うことはたくさんあるだろうに、そのすべてが現れてはいない。むりやり瞳の奥に押し込めたような無表情だったのだ。
目は笑っていないのに、唇だけが笑みの形に歪んだ。
「それが答えで、いいんだ?」
「…撤回させてくれるのか」
「させないよ。…僕の想い人はね、斎藤くん、」
どこか詰まらなさそうな顔で、どうでもよさそうに言う。
「よかったね。土方さんじゃないよ」
「………」
外れた、という実感はわかない。一番可能性があるだろうという憶測だけで選んだ選択肢だ。それよりも、総司の様子が妙なことが気にかかった。
「総司?」
「外れたら、僕の言うことなんでも聞いてくれるんだよね」
「ああ。そうだが、…どうした?」
様子が妙だが、という前に、総司はまた酒を口に含んだ。
完全に置いていかれている。
「(なんなんだ)」
総司は、喜ぶものだと思っていた。今からどんなことでも俺に命令ができるのだ、子どもみたいに嬉しそうな顔をするのだと、そのうえで酷い命令をされるのだろうとばかり思っていたから――この反応は、意外だ。
だんだん赤みの増した顔で、さらに酒を煽ろうとする。
「総司、そろそろ酒はやめろ」
「変だなあ、君には僕に指図する権利はないはずだけど」
にやにや笑って、総司は、止めようとした俺から猪口と酒瓶を隠すように動かした。
なんなのだ。
「酔っているのか」
「酔えたらよかったよ」
さっきまで笑っていたくせに、次の瞬間には拗ねている。意味がわからない、が――これは、
「(酔っているのだな)」
自分は、そう納得した。とりあえず総司の手から酒瓶を取り上げねばと動く。近寄って手を伸ばすと、思いっきりはたかれた。その容赦のない手つきに、流石に怒りがこみ上げてくる。
「わかったから、もう寝ろ。命令なら明日聞く」
「嫌だよ。なんで僕の方が君にそんな命令されなきゃいけないの、斎藤くんなんかに」
「むくれるな。酒瓶をよこせ」
「嫌だ。これがないと、踏ん切りがつかない」
「………意味がわからん。いいからよこせ」
赤い顔の総司を見ていると、こっちまで妙な気分になってくる。さっさと寝かそうとすると、総司は、「本当に酔ってなんかないよ」と、言った。
「これは一種の遊びだ。だからちゃんと死なせないと、遊びが終わらないじゃない?」
「死なせる?」
「斎藤くんと僕の、恋愛遊び」
「…意味がわからん」
「いいからそこに座ってて。僕が君に命令して、君が僕に君の想い人を教えてくれたら、それで全部終わるんだからさ」
「ああもう、わかった。わかったから酒を置け。なんでも言うことを聞いてやるから、さっさと命令とやらをすればいいだろう。早く終わらせろ。そしてさっさと寝ろ」
酔っているのだという確信は変わっていない。俺はそう言ったが、総司は泣きそうな顔だった。
「早く終わらせろ?できるなら僕だってそうしたかったよ」
――総司のこんな顔など、始めてみる。思わず心臓が早鐘を打って、ようやく、これが異常な事態だと呑み込めた。総司は、酒を取り上げようとする俺の手を掴む。すがるみたいな仕草に、ややあってうつむいた総司が、肩を震わせるのが見えた。
「僕の想い人は、…男の人だし。だからって訳でもないけど、本人にだって言うつもりはなかったし別に恋仲になろうなんて思ったこともない。これが恋愛て言っていい代物なのかもわからない。僕はただ――その人に、抱きしめてもらえたらいいなって、そんな風に想っただけだから」
「………」
「その程度の幼稚な感情だから、別にいいんだ。その人が諦めろって言うんなら諦めるし。でも、どうせ終わらせるなら、最後にちょっと嫌がらせしてやりたいなって思うのも人情だよね」
自嘲気味に笑って――やはり総司はこういう時にも笑うのだととりとめのないことに気付いた。泣きたいくせに笑うんじゃないと、怒鳴ってやりたいとも、頭を撫でてやりたいとも思う。総司は目が合うと、わずかに肩を震わせた。
「なんでも一つ、言うこと聞いてくれるんだよね」
す、と、細く息をのむ音がした。総司は何やら緊張でもしているのか、言いにくそうに目を反らす。
「だ、」
「……、だ?」
「…抱きしめて。僕のこと。何も言わずに」
「………。何だと?」
「なんでも言うこと聞くんでしょ。だったら“何も言わずに”、黙ってそうしてよ」
自棄になったように、そう言う。目は合わさなかった。
「隠そうとしているのに無理矢理掘り出そうとした一くんが悪い。僕のわがままに付き合ってよ。一度でいいから抱きしめて。僕のこと慰めて」
「………」
総司はそこでやっと顔をあげた。顔が赤い。目がうるんでいる――のは、酒のせいもあるだろう。それでも、その泣きたそうな表情だけは、酒のせいではないはずだ。
…たぶん、俺は総司が「抱きしめろ」と言い出さなくても、同じ行動に出たと思う。
誰だって、好いた人間が泣きたそうな顔で泣けずにいる様子を見たら、抱きしめるくらいのことはする。
掴んだ手を引き寄せて、前のめりになった総司の頭に手をやって、撫でた。
「抱きしめてって言ってるだけなのに、なんで撫でるの。これじゃ恋人に対するんじゃなくて、子ども宥めてるみたいじゃない」
「あんたが珍しく可愛いからな。…この程度のことで、わざわざ命令の権利を放棄する必要などない」
不器用な男だ。こんな風に俺の腕で震えるくらいなら、最初から我慢せずに言えばいいというのに。
「慰めるだけなら、俺がいくらでもやってやる」
「………」
総司は自分から、すり寄るようにして傍に来た。抱きしめるというよりは、単に体重を支えるみたいな格好になった俺の、肩のあたりに顔をうずめる。
すん、と小さく鼻をならすような音が聞こえた。それすら聞き取ろうと躍起になっている自分もたいがいだ。
好いた人間に寄り添う時、きっと総司はこうやって甘えるのだろう。べたべたとひっついていくのかと思っていたが、意外にも初心な反応だ。可愛らしいと思ったところで、自分に呆れた。
惚れた人間に抱きつかれてすり寄られて、何も考えない人間がいたらそれは馬鹿である。あまりこうしているのはよくない。
「いいから早く寝ろ。酔った人間を相手に大人げないことは言わん、どうせ明日にはあんたは嬉々として俺に無理難題を押し付けるんだろうが――今日のこれは無かったことにしてやるから」
「………」
総司は俺の腕の中で、長いまつげを揺らすように瞬いた。お人よし、と冷たく言う口の端は持ち上がっていない。
「…僕、やっぱ一くんのそういうとこ好きだなあ」
「わかったから寝ろ」
「………」
もっと撫でろ、とでも言いたげにすり寄ってくる。子どもか、と思いつつも素直に頭を撫でてやると、どうやら満足したらしい。
総司はゆるく目を閉じた。
もう、泣きそうな顔などしていなかった。
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