「斎藤くんに、僕の想い人を当てるなんて絶対無理だと思うなあ」
突然そんなことを言われたものだから、俺はややむっとして総司を見た。
「どういう意味だ」
「そのまま。斎藤くんは、恋愛には疎そうだって意味だよ」
くくっと笑い、その笑みごと呑み込むように、総司は手にした酒をぐっと煽った。先ほどからかなりの速度で飲んでいる。少し心配になるような速度だが、総司の顔には酔ったような色は見られない。
「(まあ、人のことは言えないのだが)」
飲まなくてはやっていられないというのも事実だ。俺は一口に酒を煽る。
何故酒宴になっているのか。――今日は、答え合わせの日なのである。
本来ならば、ことはすぐに終わるはずだった。それがなぜ酒宴になっているのかというと、簡単だ。
俺が、まだ答えを決めかねているから、だ。
待ちくたびれた総司は「じっくり考えていいよ、その間僕はお酒でも飲んでるから」とあっさり言い捨て、猪口も二つ用意して適当に酒宴をおっぱじめた。
俺も酒を飲みながら言葉少なに答えを探るが、――溜息しか出てこない。
ここぞとばかりに観察した。探りも入れてみた。自分なりにできることはすべてやったつもりだ。けれど総司は何にかけてもこちらより一枚上手で、わざとらしく気持ちを隠すこともしなければ、動揺することもなくごく普通に接している。これをゲームだと理解しているから、総司も俺の行動には協力的だった。それでいてなお、何の手がかりもつかめなかったのだ――否、厳密には、何の手がかりも掴めなかったのではない――掴め過ぎたのだ。総司は、わかりにくい形ででも少なからず好意を見せる。それでいて特別扱いをする奴なんて一人もない。特別な感情など見せず、純粋な好意のみ見せつけられて、この一週間で総司の想い人候補が急増した。
どの人物に対する対応も、他の人物に対する態度となんら変わるところなどない。これでは、誰か一人に絞るなどできるわけもない。
…ようするに、答えなど出ていないのだ。俺の中では。
もはや当てずっぽうで一人の名前を出すしかない。
「(副長、局長に対してだけは、他の隊士とは対応が違うが)」
やはり副長が怪しいと思ってはいる。だが先日、当の副長に探りを入れてみたところ、「総司の想い人は俺ではない」と言われてしまった。あの副長の仰ることだからとよくよく考えては見るのだが、どうも納得がいかない。だが捨て置くわけにもいかない意見だ。やはり副長ではないのだろうかと考え――だからといって、では局長なのかと考えると――これはこれで、確信など持てない。
副長か、局長か?
…どれも違うような気もする。
このありさまでは、総司に「恋愛に疎い」と言われても文句は言えない。俺としては、「あんたは隠すのが上手すぎるのだ」と文句を言ってやりたくもあったが。
「確認させてくれ。あんたの想い人とやらには、ここ一週間で俺も出会った人物か?」
まさか俺の知らない第三者ではなかろうな、という意味を含めての問いだ。総司は軽く肩をすくめた。
「さてね。ただ、僕は、この勝負はちゃんとフェアなものだと思ってる」
つまり、行きつけない答えではないわけだ。
「……いつまでもこうやっていても仕様がない、ということはわかっているのだが。どうも踏ん切りがつかないな」
「斎藤くんって、思ったより優柔不断だったんだね」
にやにやしながら、猫のような悪戯っぽい目で、総司は歌うように言った。
「考えたって答えなんて出ないんだから、さっさと外して楽になっちゃえばいいのに。僕は、斎藤くんに何を命令しようか、考えるだけでも楽しいけどね」
「わかっている。言いだしっぺは俺だ、言い逃れる気はない。ない、が、……」
あまり無茶は言わないでほしい。
総司は、くすくすと、笑った。
「そろそろ腹をくくったらどうかな。僕だってそろそろ酔っちゃうってば」
「ああ。わかっている。わかってはいるんだが」
「ぐだぐだ悩むのは男らしくないんじゃない?」
むっとして、俺は総司を見る。総司は猫のような目をわずかに顰めた。どこか痛みを伴ったような色で、
「――僕だって、もしも当てられたらって、不安なんだ。さっさと楽にしてよ」
そうとだけ言った。言ってから、にっこりと笑う。
「………」
その笑顔が取り繕ったものだということくらいは、すぐに察することができた。
総司が、“不安”などと口にするのはほとんど初めてのことではないかと思う。それも俺に訴えるように口にした。それが意外で、――ああ、総司はこういう男だったのだと思い知る。
いつもひょうひょうとしているから、不安なぞ感じさせもしない。けれど無いわけではないのだ。副長は総司を「めんどうくさい奴」と言ったが、成程そうかもしれない。好きなら好きと言えばいいのに、それがたとえ第三者でも、知られてしまうという可能性だけで不安になるような奴なのだ。
「…恋愛に疎いのは、あんたの方だろう」
薄く笑うと、総司は目をぱちぱちとさせて、それから僅かに頬を赤くした。
「なにそれ」
「思った事を言ったまでだ」
――答えなど決まっていないが、考えても答えがわかるわけではない、という総司の言葉にも一理ある。どうにかひねり出さねばならない。一番後悔のない答えはなんだろうと考えて、息をつめた。
総司もじっと俺を見ている。深い碧の奥底に、不安の色が見える気がした。
どうせ、どの答えも、確信などないのだ。そう考えればどの答えでも構わないような気もする。
「では、言うぞ」
「うん」
総司は、猪口を足元に置いた。置いてから、美しい碧の瞳をわずかに閉じる。
「お前の想い人は、――」
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