総司が斎藤を気にしている、ということには、最近気がついた。
総司は、昔から、ええ格好しいな部分がある。それは、“いい部分を見せつけたい”という自己愛から来るものではなく、弱みを見せてはならないという防衛心から来るものだ。近藤さんは可愛がっていたが、総司はしょせん貰われっ子。周囲の視線も厳しいものがあったから、子供らしい弱みなど見せぬよう強がっているうちに、自然それが定着してしまったのだろう。
総司が色恋に疎いのは、そういった面が大きいのだと思う。
警戒心が強い。相手のことを好いていると曝け出すのは、総司にとってどこか心の弱い部分を曝け出すことになるのだろう。だからかもしれない、幼少の頃より総司は、愛情を示す行為が苦手なようだった。
総司が素直になれる人間など、近藤さんくらいなものだろう。あれは特異な例だ。
…そんな総司が、どうやら恋をしたらしい。
自分は長い付き合いだからそう気づくことができたのだと、思う。ほかの面子は一切気づいていない。無理もないことで、総司は心を隠すのが巧みなのだ。
だが、その巧みさこそが自分にその気持ちを察させた。巧すぎるのだ。気持ちを隠そうと躍起になるが故に、その人物にだけ、普段は不自然なほどに視線をやらない。そのくせそれが「視線をやっても不自然じゃない」場面になると、必ず目が追いかけていく。
やたらと突っかかっていくくせに、少しでも言葉をかえされると、あっさりと退いてしまう。へらへら笑ってごまかす。嫌われるのが怖いのだろう、好きだからこそ、甘えることができないのだ。好きなくせに壁を作るような、総司にはそういう不器用さがあった。相手も自分を好いてくれるという確たる証拠がない限り、ひらひらと逃げ惑って自分の気持ちを伝えない。
俺はほぼ確信している。沖田総司は、斎藤一に恋をしているのだと。
それなのに。
「総司はおそらく、副長のことを好いているのでしょう」
その斎藤一の口からそんな言葉が飛び出た時、俺は思わず頭を抱えたくなった。
「な、…何言ってんだ?斎藤」
「見るものが見ればわかることです」
整った顔には一切の感情が浮かんでいない。斎藤一は、淡々と、そんなことをしゃべった。
総司が寝込んだ今日、「それとなく総司を見舞ってれないか」と言った俺に、斎藤は「その任には当たります。が、副長が行ったほうが、総司は喜ぶのではないかと」と返した。そして先ほどの言葉に戻る。
俺は、驚いた。
「無論、総司の気持ちをどう扱うかは、副長の判断にお任せします。ですが俺は、どうあれ貴方に総司を見舞ってほしいと思っている」
生真面目にそんなことをつらつら述べられ、本当にどうしようかと思った。何をどう間違って、「総司が俺を好き」などと誤解するに至ったのか。混乱する。
「おい、待て斎藤」
「たしかに、副長には少し酷な話かもしれません。ですが、副長。俺は、できれば総司を拒否しないでやって欲しいと思っています。総司は別に、副長と恋仲になることを望んでいるというわけではない。…望んでいたとしても、あれはそういったことは言い出さないでしょう。ただ傍にいてやるだけで、総司はきっと喜ぶ」
「いや、だから待てって!なんで総司が俺を好きだなんて誤解しているんだお前は」
「誤解?…俺はほぼ確信していますが」
「誤解だ、それは」
なぜなら、総司が好いているのはお前の方なのだから。…とは、流石に言えない。だがこの誤解だけは解いてやらねば、総司がうかばれないだろう。
「…誤解だと、思われますか」
「当たり前だ」
「ですが、総司は、副長の前だとよく笑う。近藤さんの前だとしても、あそこまで楽しそうに笑ったりはしない。普段のいたずらも気を引きたいがためのものに見える」
「それだけでそうと決めつけるのは早急だろう」
「…そうでしょうか」
斎藤は静かな目でこちらを見た。「そっちが受け入れないのなら、それはそれで構わないが」とでも言いたげな目だ。斎藤は俺の言うことに従順だが、こればかりは、どうやら受け入れてはいないらしい。
「とにかく、雑務なら俺がこなします。ですから副長は、その分の時間を総司に使って下さい」
「そんなことしたら俺が総司に恨まれる。斎藤、お前が行ってくれ」
「何故です」
「何故って…お前、それは、あれだ。……なんだ、」
「?」
「それは、…あー…その、なんだ。できれば、自分で気づけ」
「何がでしょう」
「総司は他に好きなやつがいるんだよ。それに気づいてやってくれ」
「………」
わずかな沈黙ののちに、斎藤は、「総司が好きなのは、副長だと申し上げたはずですが」とさらりとのたもうた。
どっと疲れがくる。
「だから違うって言ってんだろ!」
「いいえ。確かに当の副長には受け入れがたい現実かもしれませんが、」
「違う。確かに総司は俺の前だと子どもに帰りやがるからそう見えても可笑しくない、可笑しくはないんだが、あれはそういう次元にないひねくれ坊主なんだよ。本当に好きな相手には臆病で、素直に自分の気持ちを告げられない面倒くさい奴なんだ」
「では副長は、総司が好いている人間に心当たりでも?」
「……だから、それに気づいてやってくれって、頼んでるんだろうが」
「それは誰ですか。俺には言えない、と?」
「言えねえな。言ったらあいつがまた拗ねやがるだろう」
ただでさえ総司は、俺が自分のことに関して口出しすることを嫌う。それでなくても恋愛なんてあいつの心のど真ん中にかかわるようなことだ。口出す気は、ない。
「(あんなでも、あいつは一応大人だ)」
それでも気になるのは気になるから困る訳だが。
本来、他人の恋路になど首を突っ込む言われも権利もない。
………そのはず、だ。
そういえば、と、はたと気がついた。
「そういや斎藤、そういうお前はどうしてそこまで総司を気にかけんだよ。体調に関してはともかくとして、恋愛に関しては気にかける必要なんかねえだろう」
「………」
斎藤は、そこで初めて、微妙な色合いを含めた視線で俺を見た。いまさら何を聞くのかと、逆に俺をいぶかるように見、
…意外なことに、わずかに笑った。
「総司は見ていられない奴だと、副長はよくおっしゃいますね。強がる様があまりにも自然でそうと知ることができない。一見すると強い人間に見えるが、それに気づいてしまえば逆に危なっかしくて見ていられないような奴だと。俺にも最近それがわかってきたと思います」
「ん?」
「弱みを隠そうと躍起になるから、余計に暴きたくなる。俺にはどうやらそういった面があるようです」
「………」
「見ていられないような奴から、いつの間にか目が離せなくなっていたら、それはもう、それと認めるしかない。でしょう?」
こういった男らしさは自分の性に合うものだが、それにしても思い切ったことを言うものだ。呆れたものだとも、立派なものだとも思う。
「お前、俺を恋敵だと見定めてここに来たのか」
「いえ、そういう訳では……総司が副長を選ぶのは、俺にもわかる気がしますから。俺なりに総司に嫌がらせをしようと思っただけです。総司が、どうせ破れる恋ならばと押し隠そうとするなら、どうせ破れる恋ならばと自棄になれる例を見せつけるのも良いかと」
…よくもまあ、淡々と言えたものだ。
「それで、あいつに嫌がらせのつもりか?」
「結果としては似たようなものでしょうね」
「なるほどな。だが、それは嫌がらせにもなってねえよ。しつこいようだが、あいつが好きな人間は俺じゃねえ」
斎藤は、じっと俺の目を見た。何かを推し量るように眉をひそめ、そうですか、と唇に指を押し当てる。
「副長がそうまでおっしゃるなら、その可能性も一考しますが」
「そうしてくれ。それだけ想ってもらえるなら、総司も喜ぶだろうよ」
「………」
斎藤はわずかに肩を震わせるような仕草をした後、静かに頭を下げ、退室した。
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