ふ、と。
それに気づいたのは、偶然だった。
「………」
萌太くんが、時々、だけれど。
不意に、すべての感情が消えうせたみたいな目で、こっちを見ていることがある。
彼の瞳。見ているだけで恐ろしいとすら感じるそれは、光を当てると少し青みがかかる、とても不思議な色合いをしていた。普段は柔らかくとろけてしまいそうなほど優しいその瞳が、けれどその一瞬だけ、明らかな意図を持って別の色合いを絡ませる。
…ああ、いつだって。いつだって彼の瞳は見るものに畏怖の念を抱かせて止むことは無い。
いつだってそうだ。いつだって、そうだった。それは彼の意思に関わらずどうしようもなく美しかったのだ。
そして、恐らく彼のそれは感情と名のつくものではないのだ。その刹那は、激情とは呼べない種類の何かから来るのだ。彼は怒っているわけでも悲しんでいるわけでもない。それは、断じてそんな生やかなものではない。そう、きっと、感情という感情が一切無いような、
恐らくそれは、彼の中の人間が解け溶ける刹那。
死神はただその恐ろしく深い瞳で、
私を、見ているだけだ。
「………」
見られている。
それとも。と、そう考えて、知らず息を飲んだ。
彼が何を考えているのか、それだけが私にはわからない。それ以外のことなら全て理解できるのに。
「…萌太、くん」
名前を。
名前を、呼ばなければ。
彼を、この世界に繋ぎ止めておかなければ、
「はい」
わずかに空気が振動した。じっとこちらを見る瞳が、一瞬だけ、かすかに揺らぐ。
少年は、笑った。死神の顔をして。
手を伸ばす。そっと、壊してしまわないように。触れる。少年の白い肌に指を押し当てるようにして、その頬に手を添えた。
「…どうかしましたか?」
私は答えない。応えない。ただ、黙って、その指で少年の瞳を閉じさせた。
「萌太くん」
「……はい」
今、もしこの場で私が指に力を入れたら。
この美しい瞳を、抉り出すことすら可能なのに。
少年は、恐れもせずに、黙って瞳を閉じた。
「………」
私の名を呼ぼうとして、少年の唇が躊躇うように動きを止めた。
彼は知っている。自分が口にする名前に、どれだけの力がこもっているのかを。それがどれだけ、私を縛るのかも。
わかっているから、呼びたくても呼べない。
少年は、だから、仕方なくと言った風に笑った。笑って、自分の目を閉じさせている私の指に、指を絡める。
「ひとつだけ、」
そして、言った。
「ひとつだけ、…聞いてもいいですか」
私は頷いた。気配だけでそれを察知して、少年は笑った。
「僕が死んだら」
言いよどみ、絡めた指先に力がこもる。
押し当てた指の先の瞳は、驚くくらいに静かだった。まるで死人のそれのように、静寂そのものだった。そうでなければ、もしも彼が彼でなかったならば。そんなことを思う。悲しいことだ、と、囁くように心で嘆いた。
「僕が死んだら…貴方は、悲しみますか?」
少年は、問うた。
絡めた指の冷たさに知らず自嘲する。なんて戯言なんだろう。どうして。問うべき相手すら、ここには。
無いんだ。何も。
ああ、それでも。
私は、彼に答えることが叶わないのだ。
「許されるなら」
応える、その声は変に震えてはいないだろうか。
「許されるなら…私は、悲しみたい」
萌太くんは自嘲して笑った。けれど何も言わなかった。
躊躇いがちに、私の肩口に額を寄せる。肩。頭を預けるような形で身を寄せられて、
ごめんなさい、と小さく囁かれた一言に、自由を奪われたかのように動けなくなる。
ああ、
なんて、
「目を」
「うん」
「目を…開けないでいて貰えますか」
「うん」
開けない。何も、何も見ない。
先ほど私がやったかのように、少年の白くて細長い指が、そっと、私の瞳を閉じさせる。冷たいその指先の感触に、酔いそうな自分がいた。
「ごめんなさい」
美しい声が言う。大丈夫、と言いたかった。大丈夫、それは罪悪ではない、それが罪悪だったならば、悪いのは世界の方ではないか、と。
そう、言ってあげたかった。
きっと、目を開けた先で、この死神は笑っているのだろう。
けれど、それでも。
目を閉じた先に映るこの少年は、泣いているように、私には思えてならなかった。