萌太くんの訃報を聞いた彼女の、第一声は

 

「あのやろう一発殴ってやらないと気がすまない」

 

だった。

季節の割には日差しが強い日だった。

ぼくはベンチに座っていて彼女もベンチに座っていて。名前すらも知らない者同士、けれどそう気詰まりな雰囲気というふうでもなく、ようは二人とも「どうでもよさそうに」会話を続けていた。

どうでもよさそう、とは言え、実際にこの会話に意味がないのかと問われればそういうわけではない。彼女は傷心を隠すための手法として。ぼくは生き様の一環として。

淡々と、色の滲まないように注意を払いつつ、会話を重ねていただけだ。

彼女は言った。

 

「私が一番気に入らないのはね、イーニーさん」

「うん」

「萌太くんがたとえ死んだとしても、私には後を追うことができないって、彼が知ってたことだよ」

「………」

「わかってたんだよ。私には大事なものがたくさんある。萌太くん1人のために、それを全て捨てることはできないって。だって実際に私、彼の後を追って死のうだなんて考えることもできないもの」

「なるほど。そうかもね。でも、」

「…うん、わかってるよ。そもそもそうでないと、彼は私を近寄らせなかった。私のそういうところ、萌太くんは気に入ってくれてた。知ってるよ。知ってるけど」

 

すん、と、彼女は鼻を鳴らした。

 

「どうしてかなあ、イーニーさん」

「……なにが?」

「私、わかってあげらんなかったよ」

「………」

「萌太くん苦しんでたのに」

 

色を含まない声と言うものが、こうも不自然に聞こえたのは初めてだった。感情を殺そうと躍起になっているかのような、雨が降るよりも当たり前に、流れるような。

 

「どうしてかなあ」
「人と距離をとるのが上手だったあの子に」
「寂しかっただろうに」
「痛かっただろうに」

「…どうして私はその殻を破いてやらなかったんだろう」

 

ぼくは、さあ、と、彼女の声音に応えるかのように静かな声で答えた。

 

「萌太くんの考えることなんてぼくにはさっぱりわからない。ただ一つ言えるのは、君のそういう気持ちを全て、彼は知ってたんだろうってことだろう」

「そうだよね。知ってたんだろうね。私は確かに死ねないけど、それでも、萌太くんだってすごく大事なもののうちのひとつだったんだ。すごく大事だった大好きだった。死んじゃったら苦しいよ。わかってたくせにあの野郎」

「…それで冒頭の一言に戻るわけだ」

「うん。あはは、ごめんなさい。愚痴につき合わせちゃって」

 

首を振る。迷惑だとは、思わなかった。

 

「いや。噂の萌太くんの彼女に会えて、これはこれで面白い経験をさせてもらったよ」

「こんな女々しい奴で、幻滅した?」

「いいや。酷く――納得した」

「………」

「“この僕を子ども扱いしようとする、珍しいお姉さんがいるんですよ”って、萌太くん、嬉しそうに言ってたから、さ」

「………」

「あの萌太くんを子ども扱いするなんて、…凄いことだよ。誇っていい。そんな君だから、あの萌太くんが懐いたんだろうね」

 

日差しが強い。焦げたような草の匂いが、視界すらも歪ませるようだ。彼女は少々不自然と言える程度の間を置いて、それからぱっと、顔をあげる。その笑顔が嫌に萌太くんに似ているようにぼくは思った。

 

「あー、あの」

「…うん?」

「あ、やっぱ、駄目だ。重いや」

「………」

「すいません、もうちょっと。もうちょっとだけ、愚痴っていいですか。私、…いま、泣きそう、で」

 

ああ。声が震えている。

 

「好きにしたらいい」

 

ぼくはそう言った。気の利いた言葉に意味が無いことを、彼女はもう知っている気がした。

 

「あの、ね。それでも私、思って、…しまって」

「うん」

「もしも私が、萌太くん無しじゃ生きられないような、そんな人間だったなら。彼は生きていてくれた。そんな気がして、止まらなくて」

「………」

「誰かに、答えて欲しくて」

「………」

「あの、」

 

 

「彼を…彼を殺したのは、ほんとうに私ではないんですか?」

 

 

――ああ。

これは、確かに重いな。

言葉が静かに眠りにつく。こういう息苦しさは、苦手だ。

 

「眠るといい」

 

ぼくは死神を思い、静かな死を思った。

 

「目覚めたら君はもう君ではなくなっているよ。死神がそう望んだならね」

 

ぼくに吐ける戯言はこの程度だ。

彼女は笑い、そしてぼくは、無言を理由に沈黙を守るしか術が無かった。