※予備校講師斎藤×保育士沖田 設定








――総司、日曜は休みだと思うが…予定は空いていないだろうか。

なんて一君から、珍しくお誘いがあったものだから。
僕はちょっとした用事があったのも無視して、笑顔で大丈夫だよって答えていた。

だって、その用事は別に他の日だって何とかなる事だったし。
何より一君と仕事帰りに送ってもらう以外で、共に行動することもなかったから。
初めての約束事に、僕は当日までの日々ですら浮かれて過ごしていた。


日中は、雪がちらつく寒い一日だった。
僕は仕事帰りのままでも出掛けられる格好だけど、一君が着替えに戻るって言うから。
もしかして、初めてお家に行けちゃったりするのかなって思ったのに、車の中でお留守番させられた。
すぐに戻ってきてくれたけど、残念だなって気持ちがもやもやと内側で燻っていて。
今回の目的は、そこじゃないって無理やり自分に言い聞かせていた。

付き合い始めてまだ日が浅いせいなのかなって思えば、納得も出来なくはない。
でも、やっぱり少し寂しいって思ってしまうのは、僕の我が儘なんだろうか。
そんな不安な気持ちを抱えたままの出発は、とても残念な思い出になってしまったけれど。
「終わり良ければ全て良し」という言葉もあることだし、この後を目一杯楽しめば良いんだって思うことにした。

一君との約束は、土曜日の夜から日曜にかけてのドライブデート。
何でスタートが夜なんだろうって思ったけれど、出発してしばらく走れば、その答えも自然と理解出来た。

「うわ、何あそこ。すっごく綺麗…」
「……あそこは、港だな。深夜でも貨物の出入りはあるらしい」
「へぇ…夜の港は明かりが煌々としてて、あんなに綺麗なんだ」

港だけ、昼間みたいに明るいんだけど。
夜の闇の中にぼんやりと輝いて見えるところが、あまりにも綺麗だから。
一瞬で通り過ぎてしまったのが、残念に思えてきた。
もっと眺めていたかったけれど、一君の目的は他にあるみたいで。
遠ざかっていく港がちょっぴり名残惜しくて、見えなくなるまで僕はミラー越しにひっそりと眺めていた。

「寒くはないか?」
「うん、大丈夫。貸してもらった膝掛けも温かいしね」

そう、深夜のドライブは冷えるからって、一君は膝掛けまで用意してくれていた。
別に僕は女の子でもないし、そんな心配はないんだけど…。
でも、寒がりなのは否定出来ないから、ありがたく使わせてもらっていた。

さすがに日付も変わったこの時間に、走っている車は少ない。
向かっているところも、そんなに人が集まる場所ではないからっていうのもあるんだろうけど。
そして港を通り過ぎ、山道に入っていけば、だんだんと明かりも少なくなってきた。

BGMになりそうなのは、クラシックのピアノ曲くらいしかないと言われて、無音状態の車内。
暖房は入れてくれてるのに冷んやりとした空気と、月明かりに照らされた山のシルエットしか見えない外の景色。
あまりにそれらしい雰囲気に、ほんの少し背筋がぞわりとした。

「何か出そうだよね」
「…怖いか?」
「えっ、そんなことないよ!でも、真っ暗だし他に車もないし、そんな気がしない?」
「そうだな。まぁ、出たとしても…野性の動物くらいだろうが」

怖がってるって勘違いされたのか、一君が現実的な回答をしてくれる。
本当に、怖いから言ったわけじゃないんだけどなぁって思いつつ。
さりげない気配りに、一君らしいなって僕は笑みを浮かべた。



一君の運転は静かで、急な動きもないから安心して乗っていられる。
でも逆に丁寧だからこそ、睡魔がたびたび僕を襲ってきていた。
深夜の暗闇の中を走っているせいで、景色を楽しめるわけでもなく。
代わり映えのない窓の外をぼんやり見つめながら、僕は目蓋が時折落ちてくるのを堪えることが出来なかった。

「眠いなら、着くまで眠ってくれても構わない」
「う…ごめん。でも、一君に運転を任せてそんなこと出来ないよ」
「俺が良いと言っているのだから、気にするな」
「ん〜…」

唸り声を上げて頑張ろうとするんだけど、重い目蓋は開いてくれそうにない。
それでも尚、抵抗を続けようとする僕の頭上に、一君の手がぽんと乗せられた。

「無理はするな。目的地まで、そう遠くはない。軽く眠っておけ」
「ん…分かった」

本当は頑張って起きておきたかったんだけど。
無駄な抵抗をして、結局は寝落ちてしまうくらいだったら、素直に従っておこうって思う。
その方が、きっと一君も運転に集中出来るだろうしね。
目蓋を下ろせば急に強くなった眠気に、僕は思っていた以上に疲れてたんだなって実感した。

沈みゆく意識の中で、思ったことがある。
僕は一君の隣に居る時が一番安心出来て、自然体で居られるんだなっていうことを。
そうでなきゃ、こんな運転を任せた状態で眠れるはずなんてないし。
あのガラス越しの出会いから、ここまで好きになるなんて…思いもしなかった。

いつからか視線を感じるようになって、それに気付いて。
そのうち、僕も彼のことが気になるようになって。
気付けば声が聞いてみたいって思うようになって…声を掛けたのは、僕からだったっけ。
その時のことを夢でも見ている心地で思い出しながら、やがて僕はふっと意識を手放していた。



「総司、着いたぞ」
「…っん、つい、た…?」
「ああ」

肩をそっと揺すられて、まだ重い目蓋をゆっくりと押し上げていく。
ぼんやりと靄のかかった視界に、きらきらと輝くものが滲んで見えた。

「え…なに、ここ…」
「夜景スポットだそうだ。今日は珍しく、先客も居ないようだな」

宝石箱のように、きらきらと輝く景色がフロントガラス越しに広がっている。
少し下り坂になっている道路の途中に、車は止められていた。
光が連なって見える場所は、高速道路だろうか。
とっくに日付は変わっているというのに、まだこの明かりの下には活動してる人がたくさん居るんだって思ったら。
何だか、ほんの少しだけ…せつない気持ちになった。

「昔は、空を見上げて綺麗だって思っていたはずなのに。こうやって見下ろして、人工の光を綺麗だって思うのは…何だか寂しい気もするね」
「…そうか?」
「きっとこの明かりがなかったら、空には満天の星空が広がってるんだって思ったら…科学は発達したかもしれないけど、失ったものもあるんじゃないかなって」
「……そうだな」

感じたままを言葉にすると、余計に寂しい気持ちが強くなる。
ぎゅっと手の平を握りしめると、一君がその上に手をそっと重ねてきた。

「世の中がどれほど変わりゆこうとも、全てが変わってしまうわけではない」
「…うん」
「俺の想いも…な」
「え…?」
「あんたを想う気持ちは、変わらない。俺は、あんたのことが好きだ…総司」
「……ッ、」

突然の告白と共に寄せられた唇を、素直に受け入れる。
狭い車内での口付けは、ちょっぴり体勢が辛いけれど。
心がほわりと満たされていく心地良さに、僕は酔いしれていった。







色の世界に誘われる










斎沖/晴加さま