冬は、あんまり好きな季節じゃない。
寒いからよく風邪をひくし、心配性な誰かさんが人一倍五月蠅くなるし、空気が乾燥しているから酷く咳が出る。体調を崩しやすい季節だから、というのがひとつ。
そして二つ目は、心配性な誰かさん――というか土方さんなんだけど――は、僕が熱を出すたびにわんわんと五月蠅いわりに、僕が熱を出していない時は、やたらと厳しいことだ。

寒いからと厚着をするのは、身体が重くなるから好きじゃない。だから薄着でいると、「風邪をひくだろうが」と怒られる。
だったら布団にでもくるまっていたいと思うけど、実際そうしていたら今度は「だらしない」と怒るのだ。
…僕の言いたいこと、わかるよね?ようするに、「じゃあどうしたらいいの」って話なわけ。

僕は腹を立てているのだ。
ようするに俺様なあの人は、僕にあの重ったるい服を着せて、元気にこの寒空の中動き回れと――それ以外の行動は認めない、と、こう言うのである。まったくどうしてあの人はあんなにも偉そうにできるのだろう。

「(土方さん臭い上着なんて絶対に着てやるものか)」

土方さんが無理矢理貸し付けようとした上着は、やぼったい色合いでしかも重たい。わざとらしく部屋のど真ん中に畳んで置いてきてやった。
無言の反抗を示すため、僕は薄着で屯所を出ることにする。

風邪をひくかもしれない、と、頭の片隅で思ったけど。
まあ、寒くなったら途中の団子屋にでも入ろう。室内ならまだマシだろう――と、一応、計算はしていた。










道中で鬼に会うなどと、そんなことはまったく、想像もしていなかったのだ。







「我が妻よ」

往来で男に向かって偉そうにふんぞり返りながら「妻よ」宣言。
道行く誰しもが「妻?……誰??」な目を、僕に向けている。
ご存じのとおり、僕は男だ。
そのまま無視して通り過ぎようとすると、がっしり腕をつかまれた。
やっぱりな、と、僕は思った。

土方さんよりも話が通じない人なんて珍しいんだけど、この人は間違いなく、数少ないその一人だ。

「この俺の呼びかけを無視とは、いい度胸だ。沖田総司」

低く、ゆったりとした、偉そうな――そういう口調で男は喋る。
風間千景とかいう、名前まで偉そうな鬼だった。金髪に派手な服を着て、いつも道のど真ん中をねり歩いている。新撰組の敵、という立場にいるくせに、屯所に頻繁に足を運ぶわやたらと話しかけてくるわ構ってほしがるわで、もう何がしたいのやら、訳がわからない。そういう特異な存在だった。

何よりもわからないのは、この“妻”呼びだ。
何故だかまるでわからないんだけど、最近この鬼は、僕のことを“妻”と呼ぶ。
いつの間にか僕とこいつは祝言をあげたことになっているらしい。ますます意味がわからない。
僕は横目で風間を睨み付けた。

「さっきの“我が妻よ”っていう台詞を“呼びかけ”と認識できる男がいたら、きっとそいつは頭がおかしいよ。…なんなの君、僕に何か用?」
「妻を呼び止めるのに理由など必要なかろう」
「だから妻って誰のこと」
「貴様だ」
「死んでも認めない。――っていうか君馬鹿なの?ここ大通りなんだけど。視線で服が焼けそうなんだけど。君が周りにどう思われようが僕はまるで構いやしないんだけれど、僕まで一緒に気違いと思われるのは心外なんだよ」
「ほう。そんなにも俺と二人きりになりたいか」

どういう解釈?
素で疑問符が頭に浮かんだ。溜息を殺しもしないで、僕は硬い声で、低く言う。

「そんなこと一言も言ってない」
「よかろう。ならば特別に、俺の別宅に案内してやろう。わが妻よ」
「何が“よかろう”なの?何もよくないし、僕はあんたの妻でもないし、そもそも別宅ってナニ?」
「そう照れなくてもよい。お前の立場は、この俺が今からゆっくりと教えて――」
「帰りたい…」

言葉が通じないってしんどいんだなあ。
この人の自信というか、強すぎる思い込みは、いったいどこから来るんだろう?
土方さんだってここまで押しが強くないよ。

「ねえ、バ風間。いつも思うんだけど、君どうしてそこまで強気になれるの?いっそ不思議なんだけど」
「名前で呼べ。特別に貴様には許してやろう」
「だからそういう所がだよ。あと僕そういう強制されるの一番キライ。あんたの言うことなんて絶対に聞かな……っくしゅ」
「…………」
「う」

しまった、こんな時に。
得意の口車で罵詈雑言並びたててやろうと思った矢先に、思わずのくしゃみ。
…さすがにちょっと冷えるな。この薄着じゃ無理があったかもしれない。
体を震わせて、僕は風間から目を逸らした。

「よく見ると薄着だな。我が妻に満足な衣服すら着せぬとは…新撰組も余程金に困っていると見える」
「違うよ。僕が自分でこの格好で出てきたんだ」
「なんだと?馬鹿か貴様。身体が弱いくせにどうして薄着をするのだ。少しは自覚をしろ」
「………」

馬鹿に馬鹿って言われることがこんなにムカつくだなんて知らなかった。
いや、ほんと。
心の底から腹が立つ。めちゃくちゃに腹立つ。

「あんたにだけは馬鹿とか言われたくないんだけど!」
「我が妻のことだ、その破天荒な性格も素行も、たいていの事は愛いと思って受け入れてやるが――しかしこればかりは受け入れる訳にはいかんな。体調を崩せば貴様は屯所に引きこもる。そうすると俺の相手もできんだろう」
「何その自分本位…ああもう、あんたと話してるとほんとにムカつくなあ」

人の話を聞かない風間は、僕の文句をすべて受け流していきなり上着を脱ぎだした。
嫌な予感がすると思ったら案の定、それを僕に着せようと、腕を伸ばしてくる。

「いらない」
「貴様の意見など聞いていない。着ろ」
「い・ら・な・い!」
「…ふん、強情め。仕方があるまい。浚うぞ」
「はあ?!ちょ…!」

再三言うがここは天下の往来である。人の行き来がままある、ごく普通の一般道だ。
そのド真ん中で、風間千景は、あろうことかこの僕を、ひょいっと担ぎ上げた。

いつの間に、と思う隙すらない。
これは俗に言うところの、一般的に言うところの、いわゆるあれだ、お姫様抱っこ――

「ぎゃー!」
「うむ。やはり貴様の悲鳴は悪くない」
「おろせ!馬鹿!…死ね!むしろ殺す!斬る、…う、わっ…」
「喚けば喚くほど注目を浴びるぞ?足でも怪我したことにしておけ」
「こ、殺す…ほんとに殺す…ッ」

腰の刀に手を伸ばしても、何故だか抜刀できない。いつの間にか細工をされていたのだろうか――

「(いつの間に?というか、どうしてこの男はいつもいつも…!)」

顔だけはとびきり美しい。顔を近づけられて、僕は、悔しいことにほんの少しばかり赤面した。
屈辱と、羞恥と、たぶん両方だ。

「殺すから…ッ」
「わかったわかった。いいから黙れ」
「うーッ」

頼むから人目に触れる前に早く移動してくれ!もうそれくらいしか祈ることがない。
寒いと思っていたはずの頬がやけに熱い。
こんな抱かれ方、子供のときだってされたことがない僕は、そのあまりの不安定さに思わず風間に縋りついた。
そうするとそれはまあ物凄く嬉しそうな顔をされて――何も言えなくなる。

情けないことに言葉を無くした僕は、じたばたと暴れてはみるものの、結局そのまま風間に抱きかかえられて、“別宅”とやらに運び込まれたのだった。







その後。
風間好みのやたら派手でふわふわした毛皮の服を着て帰った僕が、土方さんに理不尽な説教を受けたのは――言うまでもない事だった。









寒がりな王様










風沖/立木