彼が燻らせた紫煙は、僕の視界の夜空の星を淡く滲ませ、濁らせた。 カーンと冴えかえった月と目を刺す星星の輝きに、不覚にも気圧されていた僕の身体に少しの温度が戻る。 彼の隣は居心地が良い。 「美少年は、人間嫌いかと思ってた」 いつもどおりの唐突さで彼は言ったので、いい加減に驚くことにも飽いた僕は―否、実際にはそんなことは無いけれど、心が荒んでいるときなどには多少の不愉快が沸いて出たりするものなのだ―、しかし特に何の感慨も無く「結構嫌いですよ?」、と返事を送った。 「ふぅん。そんな風には見えなかったよ」 「今さっき『思ってた』って言ったじゃありませんか」 「ウン。時間軸を大事にしようね、美少年」 「さんが、ね。あと貴方は親切心も大事にして下さい」 相手への配慮に欠ける彼の語り口は、慣れさえすれば或は癖になるのかもしれないけれど―否、実際には(以下略)―今日の僕は正しく「僕」だったので、言葉とは裏腹に笑顔から辟易さえ垣間見せはしなかった。 対して、今日はいつもよりも少し子供っぽい表情のさんは、煙草を持ったほうの手でガシガシとこめかみを掻いて「今日は調子イイネ」、と苦い顔をした。 「美少年は、人間嫌いかと思ったら胡散臭く博愛で、実は結構真面目っ子だからウッカリ誤解されたり自分でも勘違っちゃったりするよね」 「さんは、人間嫌いと人に思わせておいて本当は正真正銘の博愛で、自分大好きと見せかけつつ自己嫌悪志向の強い人ですよね」 「よく分かってらっしゃる」 あ。ちょっとペースを取り戻してしまった。 僕はこっそり身構える。こんなときの彼は、往々にしてこの先、反撃に出るのを僕は知っていた。 「君は…」、蛍よりも攻撃的な煙草の火を、指先の動きだけで弄ぶのを自身で見つめながら、彼が口を動かす。 「大事なものしか愛せない、だっけ?」 ほら来た。根っこのところを惜しげもなく持ち上げて光に晒して確かめて、いったい何が見えるというのか、木を枯らせる気なんかさらさら無いくせに酷使して挙句楽しむのだから趣味が悪いと言うのだ。 僕は肯定も否定もせずに、静かに目を伏せた。 「ウン。俺と一緒だ」 するとさんは、反撃と言うにはあまりにも不釣合いに効果の高い綺麗な微笑で、にっこりと無邪気に僕へと笑って見せたのだった。 「でも、ちょっと違うんだよねえ…」 これはとても幸運なことだよ、美少年、ともう一度屈託なく笑う。 ゆらりと立ち上る紫煙は、空に還ることを運命づけられていたみたいに迷いなく、それでいてユーモアたっぷりに右へ左へとその身を曲げて(まるで彼のように)ゆっくりと上昇し、月と星を濁して消えた。 それは、とても彼らしくあると同時に、僕の持つ何ものとも一致しないように思えた。―ので、僕は目を眇めて不完全型と言える疑問文を口にする。 「僕と、貴方が?」 「そ。俺と、君が。一緒で、ちょっと違って、そして幸運なのさ」 回答は極めて明快。同意を求める仕種を向けられなかったのがせめてもの救いという奴だろう。 僕は困惑に絡め取られたままの思考と、普段からあまり手を結ぶことの無い口を遠くで意識しながらさんを見上げる。僕の視線をしっかりと受け止めるように、彼は優しげに微笑んだ。 「俺たちはとても良い友人になれると思うよ」 完全に自分を敵に回すこと叶わず、かと言って愛するなど以ての外。 完全に彼を厭うこともままならず、かと言って彼から与えられるものは尽く僕を追い詰めた。 けれど、どうにも、彼の隣は居心地が良い。…もしも潔さを追求しなかったこの言葉を吐くことが許されるなら、決して僕はマゾヒストなどではないことを強く主張しておきたいと思う。 尽く僕を追い詰め、絶対的には追い込まない、この鋭利と微温湯の絶妙さ加減は本来不快であって然るべきものだろうとは自分でもよく理解していたし、実際に砂利を噛んだような気分を味わうことも多々あった。これからもあるだろう、と確信的に―いや確信として僕はそう思っている。 けれど、どうにも、彼の隣は居心地が良かったのだ。 |
叶さんとこからかっさらってきました萌太くんです!
ものっそ癒されました…。格好いいなあこの子。
このような素敵な作品がこの世に生を受けたことに感謝を。
…しつつ、うっきうっきでお持ち帰りです☆(こら)