焦げた色を晒す季節だ、と、肌寒い空気を絡めるように指を伸ばしながら、私は思った。
直に落ちるであろう乾いた色を晒す葉がさよさよと風に揺れている。踊るように、視界の端、酷く悲しげにけれど美しい色の落ちた身体だった。
秋なのに嫌に花の匂いがまとわりつく日だ。鼻をならして私は体を起こす。薄く伸びた雲の下で同じく引き伸ばされたような幽かな匂い。どこか近くで、あるいは遠くで、季節を忘れた哀れな花がひっそりと咲いているのかもしれない。やいだ華奢な百合を思わせる花の芳香。秋に似つかわしくもない。夏の花の匂いだけがまだ残っているかのような妙な感覚であった。
どこぞの女の付けたフレグランスの香りであろうか。酷くゆったりと、静かにけれどしゅくしゅくと、流れる大気に眠気を誘われた私を起こすのはその香りしかなかった。寒さに引き攣った頬と、苦痛と、それにも勝る眠気と。手のひらに顔をそ向けたい現実と。そしてわずらわしい香り。けったいなことだ。沈んだ秋の風景も、目を閉じれば夏のあの日に戻ったように錯覚する。夏の匂い。焦げたような死の色ではなくて。目を開ければ――夏のあの日が。
「馬鹿みたい、」
逃げだせはしないと思いつつも欲求だけが手に余っている。
もう幾日寝ていない身体が場違いに鳴らす警報が忌々しい。いい加減にも意識は朧。どうでもいいと思って私は瞳を閉じた。もとより掌におさめたのは、ここまで自分を追いつめれば死神の幻影の一つや二つ見れるのではないかという、馬鹿みたいな期待。それだけしか持たずにここに来て結局何も掴めやしない。
「…馬鹿みたい、」
死んじゃおうかな、と、たわむれに口に出してみた。悲しそうな顔をする人がいないことこそが悲しかった。死んじゃおうかな。もう二度と会えない。だから。死んでしまいたいな。死んじゃおうかな。
「…戯言、だけどね、」
ころりと喉が蠢いて心にかすりもしない言葉を吐いた。
空虚こそが喉を突くような自嘲の激しさであった。
貴方を殺してでも生きなければならない理由なんて、探した覚えもない。死神。貴方がそうだというのなら。どうして。どうしてこんな苦しみを残し、あえて私の魂を刈り取ってはくれなかったのか。せめて私の一部でも連れて行ってくれれば。一緒に殺してくれたなら――
「…しに、かみ」
人間の女の愚かな妄執を、貴方は何故切って捨てた。どうして中途半端に拾ったのか。そんなだから、私は夢の中であなたを幾度も殺さなくてはならないのに。ああ、
ああ。あああ。
あなたはこれがあなたの望んでいた幸せなのだと言う。
それでも私にはそれがこの上なく地獄に思えるのです。
自我に関係なく眠りに落ちる意識の。その回転が目の裏に焼きついて離れない。酷く浮ついた気分を無理矢理引き下ろすように私は眠りの海に落ちる。小さな波音すらも響かせず、吐き気にも似た感覚はあるいは重圧に酔ったのかもしれなかった。
眠りなさい。
目を開ければ焦がれた秋の。死んだ葉の。あ、あああ、それでも彼が笑っていたのは、この香りは、焼かれた夏の。貴方が生きていたころの。笑っていたあの夏野。今日は季節の割に日差しの強い日で。殺された葉と死んだ土の上にぽっかりと強い太陽と。目を閉じれば夏の香り。夏、あ、目を閉じれば、夏、目を開けば、秋の、彼が笑っていた、夏、彼が死んだ、彼が笑った、夏、彼のいない、秋。あ、ああ、ああああああああああああ。
嗚咽は決して響かない。すべてが秋に殺される。夏、彼が生きた夏。彼が死んだ夏。暦の上で殺される、ああ、時間が巻き戻されてしまえばいい。私は何度でも彼を失うだろう。何度でも彼を殺すだろう。ああ、違う、殺したのは私じゃない。私は殺していない。死んだのは彼だ。私は死んでいない。私は殺していない。殺したのは誰だ?
私か?
彼か?
夏か?
秋か?
すべてがすべてで彼を殺した!
「馬鹿みたい」
私は、彼を死ぬほど愛していました。
百合は春に咲く花じゃねえかとかそういうツッコミは無しの方向で…!(こらあああ)