萌太くんは意外にも、結構スキンシップが好きみたいだ。
もちろん外国人みたいな、抱きついたりキスしたりの派手なスキンシップとは違う。違うんだけど…そう、彼は、猫に似ているのかもしれない。
気がついたら傍にいる、そういう感覚に近い。
一緒に過ごす時間が長くなると話題は増えても話に飽きることもあるわけで、つまり会話するでもなく単にまったりとしているだけの時間も増えるわけで。何となく傍にいるけれど特に何をするでもない空白の時間、私がソファの上に陣取っている時はほとんどと言っていいほど、彼はいつの間にか私の隣をキープしている。ソファの近くにはテレビがあって、本棚は少し遠くにあった。
もちろん萌太くんは「美人は三日で飽きる」だとかそういうことわざを「だから何?」って一言で片づけてしまえるくらいの、何度見ても飽きなんてくるはずもないとんでもない美人さんだが…そんな美貌の彼でもテレビをじっと見ている時は結構普通に普通な子供のようで、そんな光景が、私はちょっとほのぼのしくて好きだった。だから私は時々、あまり見たくもないテレビをつけて、ソファで隣に萌太くんが来るのを待っていたりもする。
今日も、萌太くんはあっさり釣れた。
そういうわけで萌太くん、今も私の隣、ソファの上。礼儀正しくしているのかくつろいでいるのか判別するのが難しい中途半端な態勢でテレビを見ているのだった。
「萌太くん、バラエティは好きかな?」
「はい、僕は何でも見ますよ。ご自由にどうぞ」
チャンネルを制する覇権はいつも私にあった。だから私はとりあえず、ぽちぽちとリモコンを操って適当な番組を探す。…うーん、あんまり、無いなぁ。面白そうなの。
まあいいか。
私はとりあえず、適当なバラエティ番組をつけたままリモコンを手放した。
どんだけビックリ企画的な番組を見せても、萌太くんはあんまり驚いた表情見せてくれないし…ホラー見せても怖がらないし、とにかく全般的に反応は、あんまり、無い。つまらなさそうにしているわけではなく、ちょっと微笑んだりはしてくれるけど…たとえ濃厚なキスシーンのある海外版のドラマを見せたって赤面一つしやしない。あの時は私一人だけ気まずい思いをした。
…慣れてるんだろうか。モテるもんな、萌太くん。
むう。それは少しつまらない。
………。
うん。
丁度いいから、聞いてみよう。
「萌太くん」
「はい?」
私は萌太くんを呼んだ。どうやら構ってもらえるのが嬉しいらしい、少し楽しそうな声は、年頃の男の子のものよりよっぽど素直で、らしく聞こえた。
私は、ゆっくりと、言う。
「萌太くんは、綺麗なお姉さんは好きですか?」
「…何ですかその微妙にどこかで聞いたような質問」
「答えてよ。もち、YESかNOで」
「…はあ…好きか嫌いかで問われれば、それはもちろん好きですけど」
さらり、と、萌太くんは言う。
私はさらに、むっとする。
むっとしたけれど…まあ、うん。我慢我慢。
「…ふーん。へえ。あっそう。へーえ」
「何ですか、
姉。嫌いって言った方がよかったですか?」
「いーえぇ。萌太くんもいっぱしの男の子だったんだなぁと思って」
しかし私の努力にかかわらず声はちょっとトゲトゲして響いた。
…だってさ、ねえ。萌太くんの周りには、綺麗なお姉さんなんて、そりゃもう腐るほど、たっくさんいるのだ。好きな男の子にそんなこと目の前で言われたら心穏やかじゃいられない。
私は気持ちを紛らわそうと、ソファの近くのテーブルに置いてあったブドウをとって、皮を剥いた。
果汁が指先について、ちょっとだけフルーティな香りが漂う。
しかしそんなことに当の萌太くんは気付かないようで、不思議そうに、首を傾けた。
「僕が何かを嫌いって言うことの方が珍しいと思いますけど」
「…そりゃそうだけど、」
むう。
私はブドウを口に運ぶ。そしてもう一個次のブドウを手に取って、剥き始めた。萌太くんはそれをじっと見ている。
じっと見ていて…急に、にっこりと、笑った。
「でも
姉。僕は基本的に何も嫌いにはなりませんが、積極的に好きになることも稀ですよ?」
「え?」
「だから、」
くるりと、横目で私を見る。物凄く綺麗な顔は、やはり綺麗なまま微笑んだ。
「
姉は特別です。僕が甘えるのは、
姉と家族だけですから」
「………」
無言の私に構うことなく、萌太くんは、そうですね、と考える間をおいて、
「家族以外で僕が愛しちゃってるような人、
姉以外には思い当たらないですね。そう言えば」
あっさりとした口調で言った。
…うわ、ヤバイ。今、物凄く顔が赤いんじゃないかと思う。
さっきと同じ理由で。
好きな男の子にこんなこと言われたりなんかしちゃったりしたら、物凄く嬉しいわけで。私は照れてほてった顔を俯けた。
萌太くんは何気なく続ける。
「ついでに言えば、僕を甘やかそうとするような猛者は、
姉くらいなものですしね」
「…うん…そうかも」
女の子に“猛者”って表現はあんまり使わないんだろうけど、うん。自分でも言いえて妙だと思う。
萌太くんは完璧すぎるから、甘やかす人はあんまりいないのだ。放っておいても大丈夫だろう、と思うどころか、逆に彼に甘える人間が大半。
例外は彼の家族くらいなものだろう。
しかしそうは思っても、“特別”扱いを受けたことが、なんだかすごく、本当にすごく、嬉しかった。
自分でもわかりやすいと思うけど、こればっかりは仕方無い。
「萌太くん、もっと私に甘えていいよ」
だから私は言った。
るんるんでブドウを食べる。そしてもう一個取り出して、皮をむく。
「甘えちゃっていいんですか?」
にこにこと萌太くん。うん、と私は頷く。
「なんか弟ができたみたいで嬉しいし」
「…弟、ね」
ふうん、って感じで肩をすくめる。
ちょっと何かが気に入らない部分があるらしくて、少し抑え気味の声だった。
しかし何か思いついたのかすぐに悪戯っ子の目で笑う。
「でも
姉」
「うん?」
「甘えていい、って言われると、僕、調子に乗っちゃうかもしれないですけど」
にこ。微笑んだ。
「いいですか?」
「へ?」
萌太くんは不敵な感じに笑って言う。
うん?と首を傾けた私に、萌太くんは「それ」と言った。
それ?
ちょい、と指差されて視線を落とす。
私が手にしているのはブドウ。萌太くんが指さしているのも、そのブドウ。
それ。
ブドウ?
「ん?」
「それ、そのブドウが食べたいんですけど」
「うん」
「食べさせて下さい」
「へ?」
「甘えていいんでしょう?」
どういう話の流れか、いまいちつかめなくて混乱する私に萌太くんはすいと手を伸ばした。
ブドウを掴んだ左手首を掴まれて引き寄せられる。
「…え?萌太くん?」
萌太くんの視線は私にあったままで、ブドウなんか見ちゃいなくて。
目があって。
萌太くんは可愛らしく微笑むと、ちゅ、と軽く濡れたブドウの表面に口づけてから、唇を舌で舐めた。
甘い、と呟いて、形のいい唇が綺麗な形のまま開いて。あーん、って感じで、ぱくり。私の手から直に食べた。
ちょっと触れただけの唇の感触に、指先がしびれたみたいだった。
「………!!」
うわ、な、なんか、なんか、
「も、萌太く、」
言っちゃ駄目かもしんないけど他に言葉が浮かばない。
なんかエロい。やたらエロい。
「ん?」
しかしそんな私に気づいてるくせに気にも留めない風で、萌太くんはにこっと微笑み、果汁で濡れた私の指先にもキスをした。
「うわあ!」
びくっとなって思わず振り払った。急に消えた手元にあったはずの手に、萌太くんは目をぱちくりさせて、
「?」って感じで首を傾ける。
「…も、萌太くん…」
「はい?」
「君は、な、なななな何をしているのか、な?」
「甘えてるんです」
ぺろり、舌舐めずりされながらそんなこと言われても。
猫っぽくもあり犬っぽくもある笑顔で、そんなこと言われても!
「どうしてそんな甘え方が動物的なの?!」
「え、なんとなくですけど…餌付けされてみるのもいいかなーって」
「………」
「このブドウ、美味しいですね」
あっさりそんな事を言う萌太くんに悪びれた風は全くない。照れた風も全くない。しかし混乱する私を見て少し楽しそうである。…うう、なんか、遊ばれてる気がしてきた…。
萌太くんは私の手をもう一度とって、故意に視線を合わせてにっこり微笑んだ。
「もう一つ、食べさせて?」
Q、このあと貴方はどうしますか
1、餌付けする
2、餌付けしない
3、「待て」を命じてみる
4、「お座り」を命じてみる
A 当サイトの萌太は
1 たぶん喜んで食べます。当サイトの萌太くんはセクハラに躊躇がありません。
2 たぶん勝手にブドウを剥いて勝手に食べ始めます。
3 たぶん口説きにかかります。
4 困った顔の萌太くんが拝めます(笑)
4を選んだ貴方は私の同士です(コラ)
だって!!(だってじゃないよ)