「可愛い?」
繊細ながら存在感のあるレースに縁取られた黒のワンピースが、軽やかに裾を広げる。
ことりと首を傾げた少女は、衣装も相まってか人形のようだ。
上目遣いに尋ねられたら思わずドキリとさせられるものだろうが、ティキは素直な反応を返すこともできずに
「何、…それ」
と酷く素っ気無い、更には間抜けとも言えるような返事をした。
ティキの気の無い返事を気にした風でもなく、少女はトンとワンピースに似合いの愛らしい靴を鳴らして「うん、それがね」と話し始める。
「僕の身体“壊れ”ちゃって。今“修理中”だから、コレその間の代わり」
「だからって女かよ…」
「他にいいの無くて。…でも、やっぱり不便かも。力全然いれられない」
糸を引かれた操り人形を思わせる動きで、(見た目だけ)少女が細い腕を持ち上げる。「そりゃ確かにな」とティキの言うとおり、白く華奢な腕は今にも折れそうで、現在この少女の身体を使っている少年が無茶をしようものなら簡単に壊れてしまうだろう。仮にこれが少女の身体でなくとも、人間の大半は彼の無茶にはついていけないだろうけれど。
「扉を開けるのに、いつもよりずっと力が要ったもの。女の子ってか弱いねぇ」
笑いながら指先を見遣って独り言のように呟くと、今度はぱっと顔を上げて――少女が小柄なために目線を合わせるためにはどうしても上を向かねばならない――ティキを向いた。
「ねぇティキ。ちょっとさ…コレ、結んでくれない?」
言いながら少女がくるりと背を向ける。
明らかに上質と見て取れる黒のリボンが、服の端から無造作に垂れている。背中が丁度編み上げ状になっているワンピースらしいが、少女曰く「自分じゃ結べない」とのこと。
結ぶのに邪魔にならないように、ご丁寧にも少女が背中に流れた長い金髪を前へと避けると、真っ白い首筋から浅く開いたワンピースの間の背中までが露になった。
流石にティキも動悸が速まる。
はぁ、と一つ深めの溜息をついて、リボンをそっと持ち上げた。
「…年頃の娘のするこっちゃない……」
「うわ、何かそれオジサンっぽいよ?」
「こら、まだ二十代だぞ」
「はいはい、ゴメンね」
「…やっぱ、はしたないって(肩甲骨まる見えじゃねーか)」
「でもティキ、嬉しいでしょ?」
「アホか」
クスクスと笑う声も甘く軽やかな少女の響きを帯びていて、ティキは落ちつかなかった。
光沢のある黒いリボンは、するりと指の間を滑り、手袋のままでは上手く結べそうもない。
白い手袋を外し乱暴にポケットに突っ込むと、再びリボンを持ち直す。
普段蝶結びなどすることがないため、自分でも可笑しくなるほど丁寧な手つきでそれを結んだ。
環の部分を引いてしっかりと結び目を硬くする。
滑らかな肌の上で交差する黒い影は扇情的で、シンプルなデザインがそれを助長していた。
吸い込まれるようにティキはそっと目の前に晒された首筋に口付けると、
「できた」
リボンから手を離した。
冷たい唇の押し付けられた項に触れながら少女が振り返る。
再びワンピースがふわりと柔らかに広がり、それと同時にティキへと向けられた少女の顔が、含みのある笑みを浮かべた。
「ティキのエッチ」
「うっせ、ガキのくせに」
「リボン、ありがと」
短く礼を告げて、少女は部屋から出て行った。
静かに閉められた扉を見遣って、ティキは椅子に倒れるように座り込んだ。
(俺の方がガキみたいじゃねぇか…)
そんな、キスくらいで。
不本意にも熱の溜まった頬から意識を逸らすように右手で視界を遮る。
ふと手袋をしていないことに気づいて、つい先ほどのひやりと滑らかな少女の肌を思い出した。
鼓動がやけに急くのは きっと
見慣れない長髪の所為