今日は特に何の実験も検査も無く、土方さんが斎藤くんを呼べと言ったから、自分の部屋に帰った。
「――斎藤くん、まだいる?」
「ああ、お帰り」
静かな声でそう言う。僕のとも、弟のとも、土方さんとも違う低い声。
不思議だ。
第三者であるはずの彼の声が、どうしてこんなにも耳になじむのだろう。
「(おかえりって…この程度のことが、なんでこんなに)」
自分でも自分の感情を持てあましつつ、それを顔に出さず笑った。
土方さんが呼んでいる、という旨を伝える。
「土方さんが?」
斎藤君は、顔にはそうでないけれど嬉しそうな響きの声音でそう言うと、「そうか。わかった」とだけ言って、あっさりと部屋を出ていった。
うん。やっぱりだ。
斎藤くんは、どうやら土方さんととても仲がいいらしい。
――さっき、嬉しそうに土方さんの所へ駆け寄った彼は、まるで犬みたいに懐っこい声音で、心を許した物言いをしていた。彼は無表情だけれど、そのくせ誰よりも雄弁に感情が表に出る。素直なのだ。実直で、裏表が無くて――
「(なんて。どうしてこんなに彼のこと気になるのかな、僕は。どうして、)」
彼の嬉しそうな顔をひきだせる土方さんを、羨ましいと思ったりするのだろう。
僕の前でだけ笑ってくれたら、なんて、馬鹿みたいに子どもっぽいやきもちだ。
「………」
溜息をついて僕は部屋の中、ベットの上でぼんやりしている弟を振りかえる。
「おかえりって言ってくれないの?」
「…あっ、お、おかえり――兄さん」
「二人っきりの時は、兄さんって呼ばないの」
少し元気がない弟は、斎藤くんと二人きりにして置いて行かれたことを拗ねているのかもしれなかった。じっとこちらを見る顔は、自分と同じものだけれど、やっぱり可愛いって素直に思える。
僕のことが大好きで仕方ないって顔だ。
なつきなつかれて、僕ら兄弟の仲は異常なまでに円満だ。
…だから、弟の様子が妙なことには、すぐに気づいた。
「(拗ねてる、だけじゃない)」
ふむ。
「斎藤くんに何か言われたの?」
「別に何も言われてないけど、どうして?」
「………」
流石に僕の弟だけあって、表面のつくろい方は見上げたものだ。
この子は本当に、変なところで自分を押し殺すのが上手くてかなわない。ま、僕だって人のことは言えないんだけど。
この子はとてもタフで強いけれど、こと僕のことになるととても脆く、すぐに動揺する。それが可愛いと言えば、まあ、可愛い所なんだけれど、――僕にその弱みを見せまいと頑張るあたりが、困ったところだ。
弟は瞳を揺らめかせてから、ぎこちなく――この子にしては本当に珍しいくらいに、へたくそな笑顔を浮かべて僕の腕をひいた。
「ん?どうしたの?」
「兄さん」
「なあに」
「僕のこと好き?」
可愛い質問だ。少し緊張しながら、すがるようにこちらを見る。
あんまり可愛いので、逆に引き寄せて額に唇を押し付けた。
「大好きだよ」
「――斎藤一のことは?」
「………」
…驚いた。
弟の質問に、ではなくて。
その質問に対する答えをもたない自分自身に、びっくりした。
「(好き?)」
僕が、斎藤くんを?
いやいや。いくらなんでも出会いたてでそんな、………。
「何、その顔」
「え?あ――」
「…気に入らないな。あんな奴のこと思い浮かべて、可愛く戸惑っちゃったりして」
「…、ちょっと、何、」
弟の細い腕が、するりと腰を撫で、嫌らしい動きをし始める。
慌てて身体を引き剥がそうとしたら、想像以上に強い力で引き寄せられて、僕は弟の膝におちた。
そのまますとんとベットにおとされ、
可愛い可愛い僕の弟の唇が、うやうやしく手のひらに落とされて――
…う、ええと、…ちょっと、待って?
「ね、ねえ」
「なあに」
「――昨日、シたよね?」
「そうだけど?」
「なのになんで、僕の服を脱がそうと、してるの?」
うーん、と、考える少しの間を置いてから、弟は僕の額に唇を押し付けた。
「やきもちやいてるから」
「はあ?」
「浮ついた気持ちでいる兄さんが、誰のモノなのか。ちゃんとわからせてあげないと」
言いながら、かぷ、と僕の肩に噛みつく。何時の間にか服をずらされて、生の肌が空気と唾液に濡れる感触がした。
「っん…ちょっと!」
「なあに?」
「っぁ、…可愛い顔して、ほんと狼みたいなんだから…ん、ちょっと、離れて!今はもう昼間だよ!」
「うん」
ぬるり、と舌が肩を這って。それはもう、いつもの可愛い弟の仕草などからは想像もつかないくらいいやらしくて、否応なく僕を翻弄する動きで。
思わず甲高い声をあげてしまった僕は、乱れた吐息もそのままに身体をねじった。それを押さえつける弟の腕は、その細さに似合わず力強くてびくともしない。
ちゅ、と、肩に吸いつくいやらしい音がした。ふと離れた唇がそのまま僕の耳元へ移動する。
「だからだよ」
お仕置きにならないでしょ、なんて言って笑う弟の声はホントにエロくて、聞き慣れた僕でも、思わずびくっとしてしまう。
「っゃ、…っア、…だ、駄目…」
「なにが、駄目?」
「…土方さん達、帰ってきちゃう…ッ」
「そうだね」
にっこりと、可愛い笑顔で、弟は僕の唇に唇を押しあてる。
容赦なく口内を乱されて、僕は悟ってしまった。
弟は、これを、見せつけるつもりなんだ。
土方さんか――斎藤くんに。
「っゃ、ねえ、ちょっと…いや…!」
「黙って、兄さん」
わかっていても、僕には何もできない。弟の力は本当に、化け物みたいに強くて――僕の抵抗なんて些細なものとして、あしらってしまう。
本当に嫌がれば止めてくれるだろうけれど、可愛い弟のすることに、僕は本気で嫌悪を返せない。
「(…ぅ、…土方さ…ッ、斎藤く…ん)」
誰に助けを求めればいいのかもわからないまま、僕はうっかり甘い言葉を紡ぎだしそうな唇を、必死に噛みしめていた。