ざぁ、と海の果てから風が吹いてきて、少年が足を浸している水を揺らす。
波の中に、小さな波が出来る。
まだ少し、冷たい。
あまり長い時間は浸かっていられないな、と思いながら風上を向いた。
「ねぇ、ラビー」
遥か遠く、海の向こうを見たまま――実際には、彼の両目は光さえ感じないのだけれど――自分の後方で腕を組んでいるであろうラビへと声をかける。
「んー?」
「足、痺れてきた」
「出て来いよ」
ラビの苦笑が耳元を転がって、くすぐったくて笑った。
「ラビー」
「んー?」
「“海”って、ボク、見たことないんだ」
「…そっか」
「何色か教えて?」
困ったような沈黙が横たわる。
ざぁ、と海の果てからまた風が吹いて、少年の頬を撫ぜた。
肌理の細かい砂をブーツが踏みしめる音が聞こえて、ラビが近づいてきたのだと知る。
「空と、おんなじ色さ」
優しい声と、今度は水を踏む音がした。
バシャバシャ、ザブザブ。
「ラビ?」
訝しんで名前を呼ぶけれど、音は止むことはなく。
バシャバシャ、ザブザブ。
さらに、彼は、深みへ。
「……なぁ、」
空色の水に、もうかなり身を浸しているのであろう。
その人の声は、先ほどとは全く逆の方向から聞こえてきた。
「このまま逃げようか?」
その声は風を連れて、確かに少年に届いた。
けれど
「世界が、平和になったらね」
芯まで冷え切った少年の足は、地を踏む感覚を失っていた。
世界中の誰もがこの海の青さに気がつく頃に、また同じようにそう言ってくれますか?