1、

プリクラ機を前にしてぼくは思った。

 

どうしてこう無駄にキラキラしているのか。

 

そして何故こうも無駄に女子高生がたわむれているのか。

 

しかも、しかもである。

 

あまつさえその女子高生たちは、ぼくらの方を見て何やらぼそぼそ言っていたり―――

 

「………」

 

絶体絶命戯言使い、パート2みたいな!

 

「萌太くん…」

 

「あー…」

 

さすがの萌太くんも、これには辟易したらしい。なんだか呆れたような声を出した。

 

「ゲーセンにこんな一角があるとは知りませんでした。普段は表通りから中を覗くくらいしかしてなかったものですから。ぷりくら、とかいうののまわりって無駄にキラキラしてるんですね」

 

「そんな悠長なことを言っている場合じゃないぞ。見ろ。さっきから女子高生がぼくらの方を見て怪しんでいるじゃないか!」

 

「…やはりいじわるせずに崩子を連れてくるべきでしたかね」

 

「野朗二人に幼女だとそれこそ怪しいよ…」

 

「じゃあみー姉とか」

 

「着流しにプリクラって似合わねーとかそういう初歩的なツッコミは置いておくとして。そういう問題でもないだろう」

 

「んー」

 

萌太くんは、唇に指を押し当てて何かを考えるような仕草をした後、「まあいいんじゃないですか」と、言った。

 

よくない。絶対によくなんかない。

 

けれど萌太くんは平気そうな顔で、へらっと笑ってさえ見せた。

 

「別にやましい事なんてないですし」

 

「世間の目をもっと気にしようよ萌太くん」

 

「世間の目なんて気にしてたらこの年で独り立ちなんかできませんよ、いー兄」

 

「恥とか外聞とかその他もろもろのプライドを誇ろうよ。頼むよ。ぼくはまだ逮捕されたくない」

 

「おおげさですね。逮捕されたらされた時で、二人で泣き落としでもしましょう。平気です。なんとかなります。未成年は大した罪には問われないんですよ」

 

「さりげなく自分だけ助かる算段をたてたね萌太くん。というか実際問題、ぼくもプリクラなんか初めてだから、ここら一帯にどんな法が適応されてるかは知らないよ」

 

「そんなにヤバい場所なんですか?」

 

「なんにせよ知らない場所というのは警戒をしたほうがいい。こちらの常識が通用しないものとして思っておかなければならない。カジノなんかでは、常識が一切通用しないと聞くからね」

 

「それは怖いですね。まあ確かに、外見からしてもう僕らの住む世界とは違う感じではありますが」

 

「そういうことだ。ここは危険だ。ということで帰ろう。今すぐ!」

 

「いー兄。宿題は時に厳しいものです。未体験ならば経験してしまえばいい。というワケで無駄な言い訳を重ねてないでゴーです」

 

萌太くんはもう一度、「ごー」と言って前を指差した。注目が集まるから止めて欲しい。

 

「…だってもうまるで異世界じゃないか。あの中に入っていくというのかい。本気で。冗談ではなく」

 

「本気で冗談ではなく、です。まあ確かにどう見ても異世界ですよねぇ」

 

萌太くんはプリクラ機の、無駄にペカペカした装飾に目をやった。

 

「超美白とか激美麗だとか色々フレーズがあるようですが、あれはどういう意味ですかね?機械によって色々装飾がちがいますけど」

 

「まあ…機械によって色々な特色があるようだね。よく見ると混んでいる機械、空いている機械があるみたいだ」

 

「なるほど。用途にあった機械を選ばなきゃいけない、というわけですか」

 

「もしかしたらあのフレーズには何がしら暗号のようなものが隠されているのかもしれない。一見意味不明だが、あの女子高生たちはそれを解読して機体を選んでいるのかも」

 

「だとしたら難問ですね」

 

「うん。ぼくらには全く通じない暗号だ。恐るべし女子高生」

 

「では、ビギナーな僕らは一番空いている機体に行きましょうか。プリクラコーナーの前でじろじろ見ているほうが十分怪しいですよいー兄。それにほら、一応男の人もいるじゃないですか」

 

ほら、と萌太くんが指差す先には、確かに1人の男がいた。黒いマカロニを大量に頭に貼り付けたような髪形をしていて、唇にはピアス。

 

「ああ、なんか女子高生とイチャイチャしてるね。すごいチャラ男の外見してるから、ぼくらが異端であることに変わりは無いけど」

 

「人間としてすでに異端のいー兄が言える台詞じゃないですよ」

 

萌太くん、さらりと酷い事を言って足を踏み出した。

 

「マジで行くのか…」

 

「マジです。宿題ですから」

 

「…萌太くん、本当に真面目だね」

 

「だって宿題ですよ宿題。一生に一度あるかないかですよ」

 

萌太くん、学校に通っていない者だけが言える台詞をさらりと言って、足を踏み出した。

仕方が無いのでぼくもそれに続く。

 

プリクラコーナーに入ると、「はい、チーズ」などという音声がどこからともなく聞こえた。

まわりの女子高生は、未だ好奇の視線を持ってぼくらをジロジロと見ている。

萌太くんは、それらに一切躊躇せずに、一番人の少なそうなプリクラを一瞬で見繕って、その列に加わった。

 

「…萌太くん」

 

「なんですか、いー兄」

 

「このぎらぎらしたピンク色の機体で撮るのかい」

 

「気に入らないなら他のでもいいですけど。並ぶ時間は多くなりますよ」

 

「いや、うん。まあいいか。これで撮ろう。一瞬でも早くすませて帰ろうそうしよう」

 

「…そんなに急がなくても、心配せずとももう一度撮れなんてワガママは言いませんよ」

 

萌太くんはそう言って、苦笑した。

 

「まあいいじゃないですか。未体験が一つ減るんですから」

 

「こんな体験をすることはむしろ不名誉だと思うけどね。まあ珍しい萌太くんの頼みだから聞いてあげるけど、次はないからね。次は」

 

「んー…そうですね。次は女装して女子高潜入あたりですか」

 

「萌太くん?」

 

「やだな、冗談ですよ。何を真面目な顔してるんですか。いくらいー兄でもそんな、それこそ不名誉なことに付き合わせようとは思いません。意味ないですし。そもそも僕だってそんな未経験は減らしたくないです」

 

「………」

 

…実はもう経験済のぼくには非常に痛い言葉だったのだけれど。

ていうか、今のわざとじゃなかったのか。

 

「意外と一組当たりに時間をとるんですね、ぷりくらって言うのは。中はどうなっているんですかね」

 

「萌太くん、意外と楽しんでるね?」

 

「まあ、それなりに好奇心は旺盛なもので。ところでいー兄。この、美白とか、フレームとか言う単語はどういう意味なんでしょうね?」

 

「知らないよ…ぼくはついてきただけだから」

 

「役に立たないですねいー兄は」

 

自分のことを力の限りに空の彼方へぶん投げたような発言をして、萌太くんはため息をついた。

そうして、なんだか才能の壁にぶつかった芸術家のように頭に手を置いて、しみじみ言った。

 

「それにしても――」

 

「うん?」

 

「何が楽しくて野朗と二人でこんなところにいるんでしょうねー…」

 

「…うん。それはまさしくこっちの台詞だね萌太くん。不服なら誘わないで欲しかったよ是非とも」

 

「まあ、のんびり時間を潰すことにしましょうか。一組に結構時間を使うようですから」

 

萌太くんは、さすがにこんな場所で煙草を吸うことはしなかったが、少し口さびしいらしく、何度か煙草に手を出して諦めたように息をついた。早くもこの空間に慣れ、なおかつ飽きようとしているらしい。早い。というか、早すぎる。

 

「あ、そろそろ僕らの番になりそうな感じですね。いー兄」

 

「そのようだ。さあさっさと終わらせよう。そして帰ろう」

 

「やる気になってくれて嬉しいですよ」

 

やる気になったわけじゃない。とにかくもこの場所から脱出できるならどうでもいい、というのが正確なぼくの心情であったのだが、萌太くんは知ってか知らずか、ただ微笑むだけだった。

前の組がこっちを見て「ふ」と笑おうと、顔を合わせて何やらごにょごにょと言おうと、お構いなしににっこり笑ったままだ。

 

「肝が据わってるね萌太くん」

 

「はい?どうしてオドオドしなくちゃならないんですか。こっちはお金払う立場ですよ、いー兄」

 

萌太くんはさっさと機械の中に入りこんで、振り返った。

興味津々の顔で、ぐるっとそこを確認する。

 

そこは――なんだか真っ白な空間だった。

 

目の前には「お金を入れてね☆」と無駄に媚びまくる液晶画面が一つ。そしてカメラが意味もなくたくさんついている。上を見ても下を見てもカメラだ。謎のペンが画面に紐で結ばれており、前の組がきちんとホルダーにかけていってなかったので、ぶらぶらとむなしく揺れていた。首吊り死体をなんとなく思い出させる、不気味な風体だった。無駄にハートで彩られた装飾がまるで似合っていない。というか、不気味だ。

 

「………」

 

帰りてぇ…。

 

「いー兄。400円するらしいですよ」

 

「らしいね」

 

「はい。では」

 

「…萌太くん。何であたかも当然のようにお金をねだる手を出すのかな」

 

「なんのためにわざわざいー兄を誘ったと思ってるんですか」

 

「………」

 

このためかよ。

 

「400円をケチるだなんて情けないですよ、いー兄」

 

「400円をねだるのは情けなくないのかい、萌太くん」

 

「僕を誰だと思ってるんですか。毎日バイト三昧ですよ。この年で、妹を養わなきゃならない身の上なんですよ。世間は同情の方向に向かっても情けないだなんて罵倒する人間はいません」

 

「………」

 

「大していー兄は普通にお金持ちじゃないですか。姫姉の学費まで出しちゃえるんですから。ね?」

 

「…わかったよ。払えばいいんだろ、払えば」

 

「さすがいー兄」

 

萌太くんは嬉しそうに手を叩いた。

 

「後でお礼を言っておきますね」

 

「いらないよ萌太くんのお礼なんて」

 

「みー姉に。いー兄が奢ってくれました、ってお礼を言っておきます。少しは株が上がるかもしれませんよ?」

 

「…………」

 

わかってるじゃねえか、この野朗。

 

なんて思ってみたり。

 

ぼくは400円を財布から取り出して入れた。入れるたびに謎の効果音が上がり、それがまたぼくを妙な気分にさせたのだが、まあ、ともかく。

機械は無事に作動した。

 

ペンで画面に触れてね、などという説明がなされているので、例の首吊りペン(勝手に命名)を取って画面に触れて操作する。

 

「あ、いー兄。それ僕もやりたいです」

 

「…萌太くん、本気で好奇心旺盛だね。いいけど。どうぞ」

 

萌太くんはぼくから首吊りペンを取ると、画面に触れた。萌太くんが画面に触れると、機械は『撮影パターンを選んでね☆』とアホっぽく叫んだ。

 

「撮影パターン…?」

 

「どういう意味だろうね」

 

「さあ。あ、でも花とか、夏とか、そういう事が書いてあるみたいです。どうやら背景の画像などのイメージを選ぶみたいですね」

 

「ふーん。で、どうするの?」

 

「どうしましょう。あ、おすすめモードというのもあるようですけれど」

 

「じゃ、それでいいんじゃない」

 

「了解です」

 

萌太くんはうなずいて、画面にペンで触れた。ぽひょん、とか、そんな感じの間抜けな効果音がなる。

そしてピピロピピロピーと、ルーレットのまわる音がし、そして、機械は叫んだ。

 

 

『ラブラブモードで撮影するね☆』

 

 

「「ぶっ」」

 

待て。

 

頼むから。

 

混乱している間にガーっと音がして、後ろにでっかいハートがちりばめられた背景が現れる。

画面には、これまたいろんなハートをちりばめられた枠が――――

 

「も、萌太くん…?」

 

「いえいえいえいえいえいえいえ、僕はおすすめのボタンを押しましたよ。確かに」

 

ぶんぶんぶんぶん、と手をふる萌太くんだった。

 

「………」

 

「……おすすめモードとは、ランダムモードのことだったようですね」

 

…助けてくれ。

 

誰か!

 

「いくらぼくでも野朗とラブラブモードで写るのは嫌だぞ」

 

「僕だって願い下げですよ」

 

萌太くんはそう言って、「まあでもお金が勿体ないですから撮りましょう」と、言った。

 

「君は勇者か!」

 

「何をわけのわからない事を言ってるんですかいー兄」

 

「……どうしても撮らなきゃ駄目なのかい」

 

「1人で写れと言うんですか。一人で。このハートの中に」

 

それは痛い。

 

「しかしそれにしてもこれはあんまりだろう。姫ちゃんたちに誤解されたらどうするんだ」

 

「…でも1人で写るのは嫌ですよ」

 

「写らずに帰ればいいじゃないか」

 

「でもですね、僕は」

 

カシャッ。

 

「………」

 

「…………」

 

「………………」

 

「……………………」

 

「…時すでに遅しですね、いー兄?」

 

「…もういいよ…好きにしろよもう。ぼくの人生なんか所詮こんなもんだ」

 

「スケールの大きい落ち込み方をするんですね、いー兄は。さすがいー兄」

 

萌太くんはわけの分からない納得をして、画面を見た。画面には何やらぼくと萌太くんの姿が映っている。萌太くんが手を振ると、画面の中の萌太くんも手を振った。

 

「おー」

 

「そんなしょーもないことで感動しない萌太くん」

 

「あ、画面に数字が出てきましたよ。3、2、1、ですって」

 

「は?」

 

カシャッ。

 

「………」

 

「カウントダウンみたいですね」

 

「…それを早く言え」

 

「いー兄、“は?”って言った顔のまま写ってるでしょうね。ふふ」

 

「わかったよ、わかった。ちゃんと写ろう。萌太くん画面が見えないから少し下がって」

 

萌太くんは素直に従って、数歩、後ろに下がった。

 

「ん?あれ、でもこれって…どのカメラでとってるんでしょう」

 

「あ、そう言えば。無駄にカメラがあるからどれがどれだかわからないね」

 

「上下にあるのはわかるんですけど、右と左にまでカメラがあるのは何故なんでしょう」

 

「知らないよそんな事」

 

カシャッ。

 

「え、今カウントダウンありましたっけ?」

 

「いや、何も無かったと思うけど」

 

「というかカメラはどれですか」

 

「さあ…」

 

カシャッ。

 

「………」

 

「愛想笑いすらも浮かべさせても貰えない感じですね」

 

「次はどこだ」

 

「正面なんじゃないですか」

 

「いや、意表をついて左なんじゃ」

 

カシャ。

 

カシャ。

 

カシャ。

 

ピー。

 

『お疲れ様でした☆外に出てらくがきコーナーに進んでね★らくがきコーナーは裏にあるよ♪』

 

機械は勝手に写真を撮っておいて、しかも勝手に完結してしまったようだ。

 

萌太くんは…これまた環境適応能力が高い萌太くんらしく、「まあいいじゃないですか」と言って、笑った。

しかし流石にいつもの笑顔ではなく、どっちかというと苦笑に近い笑顔だった。

 

「とりあえず指示に従うとしましょう。らくがきコーナー、とかいうとこに行けばいいんですよね」

 

「…らしいね」

 

萌太くんはさっさと外に出て、ぐるっと首をまわした。

 

それはすぐに見つかった。裏にある、と機械が宣伝したとおりに、それは機械の裏にあった。

 

なんだかカーテンのようなもので区切られているので、それを分けて中に入ると、画面が二つ、並んでいた。なつかしの首吊りペンがまた二つ、それに付随してぶら下げてある。

 

「…いー兄。どうやらこれは、さっき撮った写真の上から、自分で何からくがきができるという装置のようです」

 

萌太くんは、深刻な声で言った。

 

「どうやらそのようだね、萌太くん」

 

この段階で、ぼくらの心は一つだった。

ペンを握りながら画面の前に立ち、目を合わせて頷く。

 

「じゃあさっきの無駄なハートを全部塗りつぶそう」

 

「了解です、いー兄」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談。。

 

「……萌太」

 

「はい?」

 

「どうしてどの写真もあっちこっちを向いていて、一枚もカメラ目線が無いのですか」

 

「あー、ホラ。そのほうが自然な感じがするじゃないですか」

 

「言い訳じみた物言いですね」

 

「そりゃあ実際言い訳ですから」

 

「………」

 

「ちょっと変わった趣向だ、という事で受け取っといて下さい」

 

「どう考えてもやりすぎです。…しかも、どうしてまわりが全部黒く塗り潰されているのですか」

 

「それはハートが…」

 

「ハート?」

 

「いえなんでも」

 

「…そもそもどうしてプリクラなんて撮りにいったんですか」

 

「宿題だったので」

 

「………これは……」

 

「はい?」

 

「何枚あるんですか」

 

「欲しいんですか?」

 

「………」

 

「………」

 

 

家出兄妹、地味に喧嘩勃発。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談パート2

 

「あ、いー兄」

 

「なんだい萌太くん、もう撮ったんだからさっさと帰ろうちゃっちゃと帰ろうぱっぱと帰ろう」

 

「まあまあ。こんなのがぷりくらコーナーの入り口に書いてあるんですけど」

 

「なんだよ…“ここから先は男性禁止(カップル除く)”…?」

 

「らしいですね。気づきませんでしたけど」

 

「………」

 

「なんですかいー兄。急にがたがた震えだして」

 

「………」

 

「…どっちか1人が女だと思われていたのか、それともカップルだと誤解されたのかですかね?」

 

「うるせえ!」

 

 

いーたん何気に傷心の十九の夏。ちゃんちゃん。