はじめに断言しておく。


俺は普通の青年だ。いいか、ここのところを忘れるなよ。


ちょっと顔が女顔で、ちょっとばかし普通とは逸脱した容姿をしているけど、でもたぶん普通の男なのだ。ものごころついた時から明らかに「老いすぎだろ!」ってツッコミたくなるような自称両親をもっていたりもするが、まぁ、その程度の事は「ちょっと変な生い立ちだね」ですまされる事だろうと思う。


別に妙な超能力を持っているわけではないし、ましてや、地球上に三分間しかいられないのだとかそういう妙な設定がついているワケでもない。


普通の男なのだ。本当だ。本当だったんだ。


そのはずだったんだよ。


なのに。





…神様、あんたはもしかして馬鹿ですか?










むかしばなし。








1.


大事な話だからよく聞いておくれね、と前置きして。


「輝夜や…今まで言い難くて黙っていたが、お前は実は私たちの子じゃないんだよ」


そそと涙を袖でぬぐいながら、婆さんはそう言った。


「いや…むしろ俺があんたらの本当の子どもだった方が驚きだよ…」


俺は即座にそう言い返した。


当たり前だろ、俺がものごころついた時からすでにババアだったんだぞこの婆さんは。そんな女に子どもが産めるか。


「神妙な顔して何を言うかと思えば。まだ仕事が残ってるから、それが話だったら早く終わらせて欲しいんだけど。別に俺、自分の身の上なんか興味ないし」


「わしらはお前を実の息子のように育てたが、お前は本当に実の息子らしくない成長をとげたのぅ…冷たいのう。よよよ」


「息子?孫だろ。お前ら養うためにせっせと働いてやってんだから、冷たいだのなんだの言われるこっちが心外だね」


「輝夜や。この話は大事な話なのじゃ。ちゃんと聞きなさい」


「だから早く言えっつってんだろババア。言いたいことがあるなら三十文字以内でまとめて言え」


「ほんに、冷たい子じゃのぅ…婆は悲しいぞよ」


「ああわかったわかった。んじゃあ五十文字以内に言え」


「妥協の仕方が微妙じゃの…」


まぁよい、と言うと婆さんは指を立てた。


「なら、簡潔に言うが。じい様がのう、ある日、竹を取りに行った時にのぅ」


「あ?」


「こう、すぱんって竹を切るじゃろ?」


「ああ」


「そしたらお前が出てきたんじゃと。めでたしめでたし」


「ちょっと待てぃ」


何だソレは。


「どういう意味だ?」


「これ以上は五十字以上じゃぞ」


「うるせぇ妙な揚げ足とってる場合か。…今のはどういう意味だよ」


「いや、だから、そのまんまじゃよ。じい様がのぅ、金色に光っている怪しげな竹を見つけたらしくての。それをこう、すぱっと切ったらお主がおったらしいのじゃよ」


「どこに」


「竹の中に」


「んなワケあるか!竹の中に収まるサイズの赤ん坊がいるかよ!!」


「いや、わしも変な赤子だなぁとは思ったんじゃが。初めこの家に来た時は手のひらサイズじゃったぞ、おぬしは」


「………」


「いやぁこれはきっと神様からの贈りモンだ言うて、じい様がもって帰ってきたんじゃよ。わしらの間には子どももいないからの、丁度いいというワケで育てることになったわけじゃ」


ババアはふむふむとうなずいた。


「きっとお前は、神様の子なんじゃよ。竹から生まれたんだ、ただの人間であるはずがなかろうよ」


…頭がくらくらしてきた。








2.


ババアの戯言に付き合ってると体がもたん。


とりあえずそう見切りをつけることにした。うん、そうだ。よく考えればそんな馬鹿な話って無いよな。


俺って普通の人間だし。


…普通だよな。うん、普通だ。いいから普通ってことにしとけ。


「そうだな…とりあえず洗濯でもするか」


芝刈りはいつでもできるし。そう思って、とりあえず近くの小川に洗濯に行くことにする。


なんで婆さんや爺さんの面倒を俺1人でみなくちゃなんねぇんだよ、と思わなくも無いが、そこはまぁ拾ってもらった恩もあることだし我慢してやろう。


俺って優しいな。うん、こういう考えって普通っぽいしな。普通の青年の思考だよな、これって。


とりあえず適当に持ってきた婆と爺の下着(ふんどし)を引っつかんで川の中につっこむ。今日はいつもより少し流れが急なようで、意外と抵抗感があった。


いかんいかん、手を離さないようにせねば。上流から流れてくる爺と婆のふんどしなんて、ある意味ホラーな光景だろう。というか現実問題、それを追いかけている自分の姿を想像したくない。


なんていう事を考えながら、じゃばじゃばと服を洗っていると。


桃が川上から流れてきた。


「………。」


桃だ。


桃だよな。


うん、桃だ。



ちょっと妙な光景に見えなくもないが、まぁ、普通の光景だよな。


きっと誰かが上から流したんだろう。


うん、普通だ。そういうことにしておこう。



俺はじゃばじゃばと音をたてて下着を洗いはじめた。


桃はどんぶらこっこと川下へ流れていった。それにしてもデカい桃だった。


などと考えながらじゃぶじゃぶと洗物をする、と。





先ほどの桃が川下からシャカシャカと流れに逆らって上って来た。





「…………。」



桃は頑張っている。


ものすごーく頑張っている。


流れの強い川に流されまいと必死だ。


「…………。」


俺は。


この場合俺はどうすればいいんだろう。


あー…ええと。うん、まぁ、いっか。





無視しちゃえ。





とてつもなく怪しいので、とりあえず無視することにした。


すると桃は力尽きてそのまま川下へ流れていった。


…なんだったんだ、一体。






3.


なんだか今日は日が悪い。


なんか、悪の帝王とか、そういう次元の存在が俺を露骨に変な世界へ引きずり込もうとしている気がする。婆の妙な話にはじまり、妙な桃にも出くわしたし、山を下りる途中で狸の背に直に火をつけようとしているうさぎにも出会ったし、昼飯食った時なんか、落としたおにぎりを追いかけたら妙な穴の中に落ちて、妙な小人に変な小槌を貰いそうになった。


予想はついただろうが、どうやら『昔話』的展開が俺のまわりでくりひろげられているらしいのだ。


…これは明らかに何者かの陰謀だ。そうに決まってる。


だって俺、普通の人間だぞ。なんでこんなワケのわからんドッキリ番組みたいなんのの主人公にならんといかんのだよ。というか、意味がわからん。全くわからん。


こういう日はさっさと家に帰ろう。


と、思って、家路にさっさと着くことにした。




ただいま、と言いながら家の中に入り粗末な部屋を覗く。


すると、なんだか妙に身なりのよさそうな男がいた。


男の前にはババア。


「……?」


誰だコイツ。貧乏を絵に描いたような我が家に、こんな裕福そうな男がやってくるなんぞ普通ありえなそうな事なのだが。


怪訝な顔をする俺に、男は目をとめた。


とたんにポッと赤く染まる頬。


…おいおい。


「美しい…」


男がうっとり、と呟いた。


「ババア。誰だこの露骨にキモい男は」


「帝じゃよ」


帝。みかど。…ミカド?


ってぇと、あれですか。最高権力者の、天皇陛下ってことですか。


ああなるほど、わかった、わかったから誰か頼むこの状況をなんとかしてくれ。


「ちなみに、ここに何しに?」


「嫁を貰いに」


「ものすごーく聞きたくないんだが、その嫁たぁ誰のことだ?」


「お主以外にいるか?」


「………」


思わず頭を抱えてしまった。


嫌だ…。


もうとにかく、物凄く嫌な状況だ。


「っていうか、その前に俺は男だろうが!嫁に行けるか馬鹿!」


「帝は、美しいと評判のおぬしの顔を見に来たらしいのじゃよ。ちなみに心配せんでも帝は両刀じゃ、安心せい」


「そこがまさに心配のポイントだっつの!俺は嫌だぞ!なんで男が嫁に行くんだよ!」


「美しい…」


「ぎゃぁああぁああ寄るなぁあああぁああああああ!!!」


「輝夜の顔だちは、人間にあるまじき美しさじゃからのぅ。さすが神から授かった子じゃ」


「黙ってるんじゃねぇ!助けろババア!」


ババアはやれやれと首を振ると、「帝様」と声をかけた。


「どうやら輝夜はこの縁談に乗り気ではないようですじゃ」


「…そのようだな」


帝はぼそりとそう喋った。うわああああああ鳥肌が立つ。


「帝様。まこと申し訳ない話ですが、わしも1人の親。乗り気でないこの子を無理には結婚させられませんじゃ」


ババアは神妙な声でそう告げた。


ああ、今はじめてババアがちょっと天使に見えた。頑張れババア。頼むからこの帝を追い返してくれ。


「でも、竜神の手にあると言われる宝玉を取ってきてくださったら、問答無用で嫁にしてくれて構いませんじゃ」


って待てコラ。


「フ。竜神の手にある宝玉か。その条件、確かに聞き届けたぞ」


「それじゃあそういう事でお願いしますじゃ」


「ああ」


うああああああああああああああああああ。


なんか知らない間に話が先に進んでいるような気がする。


いや待て落ち着け俺。竜神の手にある宝玉なんか、手に入れれるわけないよな?な?そうだよな?


おそらく顔面蒼白でガタガタと振るえている俺を放ったまま、問答無用で話をまとめてババアと帝は固く握手をしていた。待てやコラと言ってやりたいが、あまりのことに声が出ない。


「それでは私は今から龍の宝玉をさがす旅に出る」


すっくと立ち上がった帝は、部屋を出る前に俺の方に向き直った。


そして俺の手をぎゅっと握り締め、



「待っていろ、必ず俺が宝玉を手に入れて、お前を嫁」


「うるせぇ!!はよいけっ!!」


…思わず殴り倒してしまった俺に非はない、…と思う。







4,


決断を下すのは早かった。


俺は住み慣れたこの家を離れ、旅にでることにしたのだ。


…理由は察してくれ。


俺はなんとしても、あの帝より先に龍の宝玉を手に入れなければならんのだ。



「ふ。まさかこんなアホい理由で旅にでるハメになるとはな…」


怒涛の勢いで自分の人生が変な次元へ折れ曲がっていくのが、目に見えるようだ。


まあそのことは考えると虚しくなるので保留にするとして。さて、これからどうするか。


龍の宝玉なんぞという、現実味の無いものがありそうな場所とはどこであろうか。


そんなことをつらつらと考えていると、目の前にざっと立ちはだかるモノがあった。



犬だ。



「桃太郎さん桃太郎さん、お腰につけたきびだんご、一つボクにおくれよぅ」


と、その犬が言った。


…ああもう、ツッコむのも面倒になってきた。


「生意気に犬が人間様の言葉を喋るな。ついでに俺は桃太郎じゃねぇ」


「だってそうしないと話が進まないしー」


犬は犬のくせに器用に口をとがらせた(最初っからとがっているが)。


先ほどからふんふんと鼻をひくつかせ、俺の荷のにおいを嗅いでいる。


「…言っとくが、俺、きびだんごなんざ持ってないぜ」


「え、マジで?!」


「そんな金ねーもん」


「ええー、そんなの契約外だよぅ。ボクきび団子くれるっていうから仲間になってあげようと思ったのに」


「いや、何の話かわからん…」


犬はどうしよっかなぁ、と迷っている様子だった。


「ボクの予定だとぉ、この後あなたと友情が芽生えてぇ、鬼ヶ島へ行って一緒に鬼と戦って、その後絵画の下で一緒に凍死して、それで感動のフィナーレ…っていう事になってるんだけど」


「お前どっちかって言うと桃太郎の方に出てくる犬のほうだろ。微妙にフランダースの犬パクってんじゃねぇ」


「えー、もういいよぅ。お兄さんのばーか」


犬はたったかたったかと走り去っていった。


…だからなんなんだよ一体。









その後も、猫、猿、キジ、かに、石臼、ハチ、ワニ、その他もろもろの動物がそれぞれにきび団子を求めてやってきたが、どいつもこいつもきび団子が無いと知るや、とっととどこかに消えてしまった。


でもまぁ1人の方が気楽でいいかと思っててくてく歩いていると、海辺にたどり着いた。


すると、亀が子どもをいじめている場面に遭遇した。


「……?」


あれ、普通子どもが亀をいじめるのでは…というかなんであの亀、二足歩行できてんだよ。


変な場面だ。が、どうせこのままでも手がかりも何もないんだし、俺は首をつっこむことにした。


わんわん泣き喚くガキどもをその短い足で器用に蹴っ飛ばしている亀に、ずかずかと歩み寄ってみる。


「おいコラ亀、そこらへんで止めとけよ」


「ああん?なんだてめぇ!正義の味方きどりかゴルァ!」


「おお見事にヤンキー口調だな。亀の癖に」


子どもらはわんわんと泣き叫んでいたが、俺が亀の注意をひいているあいだにすたこらさっさと逃げ出した。なんて手際のいいガキどもだ。


「おいコラ。てめぇのおかげで獲物に逃げられたじゃねえか。おお?!」


「いや、俺も今ちょっと後悔してる。ああなんでこんな面倒くさそうな事件に首つっこんじゃったんだろ俺」


「ただで済むと思ってんじゃねーだろうなぁ?え?女みてぇな顔しやがって、それで見逃して貰えるとでも」


瞬間、ぐわしっと亀の頭を両手で掴んだ。


「おい」


「……っ?!」


「もういっぺん言ってみろ。だーれーが、女みてぇな顔だって?」


そのまま両手に力を入れると、亀が恐怖の顔を浮かべて抵抗しようとした。が、離さない。


「女顔だ?この顔のせいで帝みたいな変態に嫁に貰われるかもしれないとか言うワケのわからない危機をむかえて人生しっちゃかめっちゃかのこの俺に対してよくもよくもよくもよくもよくもそんな暴言を吐けたもんだなこの寸胴亀が。そこまで言うならその女みてぇな顔の俺がてめぇの頭をこのまま握力のみで握りつぶしてやろうか、というかむしろ俺の精神安定のためにも握りつぶす。おし決定」


「あああああああああああ待って!ごめんなさいごめんなさいなんでもしますからー!殺さないで!」


亀はすぐさま態度を一変させた。…なんてわかりやすい奴だ。


「亀如きが俺様に口出ししてんじゃねぇよ。さっさと消えろ」


全く。最近の亀はなってない。


…ん、待てよ。亀…亀といえば、昔話で「浦島太郎」というのがあったな。


確か…


「おい亀」


「へい、なんでしょう兄貴」


「お前、竜宮城とやら、知ってるか」


「へい、あっしの故郷ですが」



即座に亀の頭掴みリターン。



「お前さっきなんでもする、っつったな?」


「ええええ?!」


「よし、俺を竜宮城に連れてけ」


「そりゃないっすよ兄貴!竜宮城には人間は連れて行ってはいけないというルールでして」


「…そうか」


「あ、兄貴、わかってくれたんで?!」


「あーあーあーあーあー、なんだか急に亀スープが食いたくなってきたなぁー」


「………案内させていただきやす」




   

5,


竜宮城。


っていうとあれだよな、名前の通り龍とかいるかもしれんよな。あわよくば宝玉を手に入れられるやもしれん。


…あれ、いるのは織姫とかいう女だったっけ?


まあいい。浦島太郎の話はあまり覚えていないが、確か玉手箱をもらってうんぬんの話だったはずだ。



浦島太郎の物語と今の俺の状態と違う点を上げるとするならば、…あちらさんに全然歓迎されていないという点だろうか。



人間は入ってはいけないという話は本当らしい。


さきほどの亀は侵入者を拒もうとするクラゲに刺されまくって痙攣しながらぷかぷか水面に浮いていた。


俺はその亀を囮にしてなんとか城の門までたどり着いたわけだが…ちょっと申し訳ないことをしたかもしんない。許せ亀よ。


気を取り直して、門を見上げてみる。竜宮城の名に恥じない立派なつくりの門だ。


が、どうやって入ろうか。


…こじ開けてみるか。豪奢なつくりではあるが門自体はそう大きいわけではないし。


そう思って、門を思いっきり蹴り飛ばしてみた。



すると、とたんに眩しい光が目を焼いた。



きらきらした光だ。オパール色の、変わった色の光。思わず恍惚としてそれを見届けると、その光の中に人影が現れた。昔、絵で見た織姫の姿と同じだった。


「……!!」


時間が止まったような…そんな気がした。


あまりに衝撃が強すぎて、頭がまともな判断を下してくれない。



俺の本能の全てが告げていた。こいつぁ変態だ!



織姫は確かに変態だった。男だったのだ。


自称織姫のおっさんは言った。


「がぶぅはっがふうっ…ごぼごぼっ…」


しかし水の中なのでしゃべることはできなかったようだ。


…ああ。


ああ、なんで。


なんでまともにストーリーをすすめさせてくれないんだよ…。


いい加減やる気なくなってきた…。



自称織姫はさっきの失態で口の中の酸素をすべて吐き出してしまったらしい。


酸欠で力なく水面へ浮かんでいった。




…あーあーあー。うん。


よし。


見なかったことにしよう。



さぁてと、お宝でも物色しますか。


龍の宝玉も、さがせばあるかもしれない。





そう無理矢理すがすがしい方向へ思考を持っていこうとした俺は、海底から見上げた海面にうつる太陽は実に綺麗だなぁなどと思い、その後視界の端に移った織姫の姿を脳内から消去することに全神経をそそいだのだった。