…何をしているんだろうなー、あの死神は。
そう考えて、そんなの決まっているじゃないか、と、思いなおした。
稼ぎ時だってことで働きまくっているに決まってる。
彼はどっちかというと、クリスマスに夢見るタイプじゃなく、クリスマスを利用するのに頭を働かせるタイプ…というか、夢見せる方のタイプだろう。
プレゼントは貰うことよりも、あげる方を優先的に考える。きっと今日も、嬉々として崩子ちゃんへのプレゼントを選んでいるに違いない。子供のくせに。
「………」
でも、だから。
…だから私は、子供なのに与えることしか考えない彼にもどかしさを覚えたんだ。端的に言えば、プレゼントを与えることばっかり考える彼に、それはそれで子供としてどうよ、と、思った。思ってしまった。そうだ、だから。
そもそもそれが原因だったのだ、と、私はちらりと視線を横にやった。
「………」
袋に入れられて、申し訳程度にラッピングされて。渡す準備万端の状態で、出番を待っている、それ。
「………」
本当は今日渡したかったんだけど…まあ、いつだっていいか。渡すのはいつだってできるわけだし。時計を見る。11時。萌太くんは、さすがにバイトも終わって、家に帰っているころだろう。この時間に訪ねるのもしのびないし、明日あたりに呼び出そう、と、
そんな事を考えていたから、はじめはその音に気付かなかった。
こん、こん。こん。と、ベランダにつながるドアが音をたてたのだ。びくっとしてそこを見ると、「ええと」、と、戸惑ったような声がその奥から。
「サンタです。開けてください」
響いた。相変わらず美しい声が、殊勝にも戸惑った色を浮かべているものだから思わず笑ってしまう。
カーテンを開けた。
先ほどまで考えていた、当の死神が、そこにいた。
「あ、こんばんは」
「…うわー、ほんとだ。サンタだ」
萌太くんは、サンタ服を着ていた。商店街で店員さんが着ているのをよく見る、アレだ。おそらくバイトで来ていたのだろうその服は、けれど彼のサイズに合わせて作られたものではないようで、少しだけぶかぶかして見える。
「そんな恰好で、しかもこんな場所から登場して…目立つよ?普通に玄関から入ってくればいいのに」
私は笑いながら言う。
萌太くんも、笑って答えた。
「サンタが玄関から入ったら興ざめじゃないですか」
「…そんなことないと思うけど…むしろサンタが素で家の壁よじ登ってたら、そっちの方が夢壊れるよ。ていうか、え?よじ登って来たの?ここまで?どうやって?」
萌太くんは、秘密です、と言いたげに唇に指先を押し当てた。妙に似合っている。
まあいいか、と思って、とりあえず萌太くんを家の中に入れようとした。が、萌太くんはふるり、と首を振る。
「心遣いだけ頂いておきます。長居するつもりはありませんから」
「そうなの?」
「はい。実はこの後、アパートのみんなでケーキを食べようって話になってるんで」
「へー…うん、いいね、楽しそうで」
はい、と、萌太くんは笑った。そういうわけで、と、手に持った箱を手渡してくる。
「いきなりで申し訳ないですが。これ、プレゼントです」
「ありがとう。…でも、まさか萌太くんが私にプレゼント用意しているとは思わなかったよ。なんか嬉しいなぁ。中身は何?」
それを手に取ってさっそく開けようとしたら、ひょい、と止められた。何事かと怪訝な顔で見上げれば、「明日の朝までおあずけです」と、綺麗な笑顔を返される。
「…朝まで待つの?なんで?」
「一応、今日の僕はサンタですから」
「ああ、なるほど。全世界の“明日の朝をワクワクで待ってる子供たち”に不公平にならないようにってことだね」
萌太くんは控えめに微笑んだ。それから、「僕が思うに、サンタが子供の前に姿を現さずにプレゼントを置いていくのは、単にプレゼントを開ける場面に出くわすのが気恥ずかしいからだと思いますよ」と言った。
「……ほほう。つまり、これを開ける場面に出くわすのが気恥ずかしいんだね?萌太くん」
「ふふ」
萌太くんは、はい、とも、いいえ、とも言わず、ただはぐらかすように笑って、サンタの帽子をかぶりなおした。
意外と可愛いとこあるなぁ、と、私は思う。萌太くん、普段が大人びすぎてる上に滅多に感情がぶれないから、そういう面を見るとなんだか新鮮で、ちょっと嬉しい。
と。そんな事を考えていると、急に。ピピピピピ、と、萌太くんの携帯が反応した。
萌太くんは大して驚きもせずにポッケから携帯を取り出す。
「あ、電話?」
「そうみたいですね、…あ。妹からみたいです」
失礼、と断ってから、萌太くんは慣れた仕草でボタンを押し、電話に出た。
「はい。どうかしましたか?………、……はい。…はい、そうですけど…?え、」
え、と、言いながら、露骨に困ったような顔で眉を下げる。意味もなく携帯を握りなおしてから、もう一度、え?、と言った。わざとらしいくらい大きな声だった。
「え、待って下さいよちょっとくらい」
珍しく慌てた声だった。
電話の奥にいるらしい崩子ちゃんはけれど萌太くんの言葉に耳を貸さず、もう一言だけ何かを言って、そのまますぐ電話を切ってしまったようだ。萌太くんは、諦めきれない様子で携帯を見、少しだけ顔をしかめる。
「何?何かあったの?」
「いえ。早く帰ってこないとケーキを先に食べるぞ、と、脅されました。どころか、30分以上遅刻した場合は、僕の分のケーキまでみんなで分けるって」
………。
「っく、あっははっははっははははははは!!」
「笑わないで下さいよ、結構大ゴトなんですよこっちは。あのケーキ一体いくらしたと思ってるんですか…バイトであくせく働いている兄に向かって、あと30分も待てないとは、懐が狭い妹です」
「あはっ、…さ、最近のサンタは、ケーキで拗ねたりするんだ?」
「…拗ねますよ。滅多に食べれないんですからね、ケーキなんて」
萌太くんは、仕方ないなぁ、と言いたげに肩を落とした。
「本格的に時間が無くなっちゃったみたいなので、これで失礼しますね。すいません、本当はもう少しくらいはいたかったんですけど」
「いいよいいよ。ケーキがかかってるんでしょう?…っくく」
「…そんなに面白いですか?」
「う、うん。ごめん。超面白い。というか、可愛いところあるじゃん、萌太くん」
「ですか?」
「ですよ」
「…多くの場合、男性に“可愛い”っていうのは、褒め言葉じゃないと思うんですけどね」
小さく嘆息する。
私はまた、にににこと笑った。だって可愛いじゃないか、と、言いたくなる。
…そうだった、萌太くんは意外と寂しがりなのだ。おいてけぼりは嫌なのである。珍しく、焦っているようだった。そわそわと落ち着かない。私は気にせずさっさと帰らせようと思ったのだけれど、
「あ、」
…あ、でも、そうだ。
「ごめんね。ちょっと待って萌太くん」
「はい?」
萌太くんは不思議そうな顔で振り返った。寒さのせいか頬がわずかに赤らんでいて、白い肌がわずかに染まって綺麗だ。さすが美少年、と思いつつ、ちょっとだけ待ってね、と言い、一度部屋の中に引っ込んだ。
再びすぐ近くに置いてあった袋を手に取ってベランダに出る。手すりに腰かけるようにしていた萌太くんに、少し背伸びをしつつ、袋から中を引きずり出して、それを彼の首に巻いてやった。
「?」
「マフラー。私からも、プレゼント」
そう。
今年のクリスマスは、萌太くんにもプレゼントを用意しようと、思っていたのだ。きっとサンタからプレゼントを貰った経験なんてないだろうこの少年は、流石にもうサンタの伝説を信じてはいないだろうけれど…それでも、ちょっとでも驚いて欲しくて。子供扱いしたくて、買ったのだ。
「崩子ちゃんの防寒具ばっかり買って、お金ないんでしょう。毎回寒そうな格好でバイトに来てるから、マフラーにしてみました」
「………」
「…ど、どうかな?」
「…ああ、いえ。ちょっと驚いて」
萌太くんは、目を大きく見開いて、そのマフラーに手をやって、首を傾けた。ふふ、と、何故か悪戯っぽそうに笑う。
「なんだか恋人みたいですね」
「ええ?!」
「だってほら。プレゼント交換」
「…あ、ああ、そっか。うん。そう言う点では、そうかもね」
確かに。
打ち合わせもしてないのに偶然、両方面から贈り物があるとは。恋人っぽいと、言えなくも、ないのかな?
しかし不意打ちでドキドキするようなこと言うなぁ、この子。
わたしは、ほどけつつあるマフラーをぐいと引っ張って、前の部分でとどめてあげた。
「でも、なんていうか…恋人とかそういう意図じゃなくってもさ。よい子のサンタさんにも、ご褒美は必要だろうと、思って」
「………」
“よい子のサンタさん”が自分のことだと理解するのに間があったようだが、萌太くんはにっこりと、笑った。
「ありがとうございます。とっても嬉しいです」
「ううん。こっちもプレゼント、嬉しかったよ。ありがとう」
「それじゃあそろそろ帰りますね」
「あ……、うん。わかった」
私は慌てて、マフラーから手を離した。
…ん、やっぱり、ちょっとさみしいかな。仕方ないけど。少しくらいは、うん、なんていうか、クリスマスくらい好きな人と過ごしたかったとかそういう願望があったんだけど…
「……あ、最後に
姉」
「へ?」
萌太くんは、去り際に私の手をとった。
にこ、と、笑う。
「?」
笑ってくれたので私も何となく笑いを返した。最後にまた何か用でもあるのだろうか。ああでも本当に綺麗な笑顔だな、と思ったら、その顔がちょっと近づいた、
と思ったら、
キスされた。
「……!!」
内心、ぎゃあ、と悲鳴をあげつつ私はざざっと萌太くんから距離をとる。触れられた場所が異常に熱く感じた。
え、
な、何?
今のキスだよね。…キスだよね?
しかし目の前には、目を丸くして「?」と可愛く首を傾けた萌太くんしかいないわけで、二人しかいないんだから必然的に第三者に意見を求めるわけにもいかず…ついでに現実逃避をするわけにもいかず。
「…な、ななななななん、なん、なんで、」
「?いえ、して欲しそうに見えたので。何となく」
萌太くんは何でもないことのように、さらり、と言う。猫が主人を舐めるよりも躊躇いが無かった。ほんとに無かった。
「何考えてるのさ萌太くんはっ」
萌太くんはきょとんとした顔だった。私の剣幕に驚いている風にすら見受けられる。何をそんなに大げさに騒ぐのかと、不思議そうな顔付きだった。それから、ややあって「ああなんだ単に照れているのか」と、私の内情を理解したらしい。悪戯っぽい笑顔でにやりと笑うと、
「ふふ。来年は、もっと恋人っぽいことできればいいですね?」
そんな台詞をからかうように言ってくる。…こっちが照れているのを、さらにからかっているのだ。
思惑どおりに赤くなるのも癪なのだが、抗いようもなく顔じゅうに血が集まるのを感じた。
…うう、なんだかしてやられてばっかりな気がする…。
悔しい。
「…もういいよ…はあ。まったく、最近のサンタさんは、子供まで口説くわけ?」
「え?だって
姉は子供じゃないじゃないですか」
何を言うのかと不思議そうな顔だった。綺麗な笑顔で笑ったあと、そっと、私の手を離す。
熱が離れるのを、今度は寂しいと思わなかった。萌太くんは綺麗に微笑んだまま、言う。
「“メリークリスマス”」