目の前にはまさに白銀と呼ぶがふさわしい、白く染められた世界が広がっていた。
白い雪は一粒一粒がなかなか大きい。大きい割にゆっくりと、けれど頻度はそう多くもなく、雪が降る。しんしんと、しみしみと。振り積もった雪の上にはまだそう足跡も多くなく、地元人としてひいき目に見なくとも、素直に綺麗だと思えるような光景だった。
そして、そんな中を楽しそうにころころと走り回る影が一つ二つ。姫ちゃんと崩子ちゃんだろう。そんなほのぼのしいことこの上ない光景を前に、
ぼくと萌太くんは窓の内側にいた。
一階、姫ちゃんの部屋。目の前にはストーブ。カーテンは開けているから外は見えるが、窓はしっかと閉めてある。断絶、という印象を強く与えさせるほどしっかりと。
ぽかぽか、という表現が似つかわしくない程度には激しく熱気を放つストーブの、その熱を離すまいと手をかざしているぼくと萌太くんには各々、毛布が巻かれていた。二人とも、ふわふわのもこもこな風体だった。
うん。しかし、猫背になりながらストーブに手をかざす男二人…
…めっちゃ不健康って感じ。
「…ぶっちゃけさ、こう寒いなかで、雪をぶつけ合うとか信じられないよね」
「ですね。“寒い”なら我慢もしようがありますが、“冷たい”までいくともう駄目ですよねえ」
ぼくと萌太くんは至極真顔でそう言う。
毛布に包まれ、膝を抱え、もこもことした物体となり果てつつある萌太くんの顔はストーブの光にあてられて少し赤く染まって見えた。ちなみにぼくも、たぶん人のことは言えない状態で座り込んでいる。
寒いのだ。寒いのである。
「雪なんてもう、どれだけ気をつけていたって、少しでも服の隙間から入ってくるだけで駄目ですし。寒すぎです。…せめてぶつけるモノが、雪でなければまだ許されるんですけどね」
「ほう。たとえば?」
「んー、たとえばですか?…そうですね、どうせなら暖かい…温かい…焼きイモ?」
焼きイモときたか。
どうやら萌太くん、寒いのは苦手らしい。寒さで思考回路すらも飛ばしてしまったようだ。
…ぼくも人のことは言えないが。
とりあえず、意味不明なその言動にいっそ感嘆すら覚えつつ、麻痺した思考で真面目に返すことにした。
「なるほど。そういえばこの間萌太くんバイト先でたくさんサツマイモ貰って帰ってきたしね…やりようによっては、合戦ができるほどの量の焼き芋を生産できるかもしれない。それならばむしろ熱いくらいで、冷たくはないだろうね」
「です。しかし、いー兄。芋を使うと殺傷力が高くなりすぎてしまうという弱点があります」
意外と硬いんですよアレ、と、萌太くんは真顔で言う。
「なるほど。阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される可能性も無きにしもあらずだね…だいたいこのアパート、全体的に戦闘レベル高すぎだしな」
「ふむ。意外に難しいですね」
「…ふかし芋にすれば幾ばくかはダメージが軽減されるのではないかな?」
「ああ、なるほど。では、できるだけやわらかく煮ることにしましょう。あれも一応芋なんですから、根性入れて焼きまくればジャガイモみたいにほこほこになるかもしれません」
「で、それをいっぱいつくって、ぶつけあって、雪合戦ならぬ芋合戦にするわけか。で、」
ぼくは、ふむ、ともっともらしく頷いて萌太くんを見た。
「ぶつけた後の芋の処理は?」
「……。やっぱり食べるしかないんじゃないですか?」
「ふむ。まあ、節分だってぶつけた後は食べるしね」
「………」
「………」
湯気のたった焼きイモをぶつけ合う、という光景を、ぼくらはたぶん同時に想像した。
はあ、と、溜息をつく。
萌太くんはどこを見ているのか視点があっていなかった。きっと窓の外、遠くを見ているのだろう。
たぶん思考の半分もこの話題には費やしていないのだろう萌太くんは、ぶっちゃけた話、と、言った。
「…それだけの芋を作り出す熱量があるならば、それを暖房に使った方が効果的ですね?」
「そうだね。どう考えても、食べモノを粗末にしちゃ駄目だしね」
「しかも芋が冷えてしまったら余計に虚しくなるだけな気もします」
「賢明な考察だ」
「………」
「………」
「…怒られますよね、提案しただけで」
「………それはもう、まず間違いなく」
「ん。んー…」
ぽかぽかのストーブを透かして見ると、熱さで空気がゆがんで見る。その奥は冷たい雪景色だというのに、何故だか不思議な気持ちになる光景だった。
萌太くんは唇に指を押し当てるようにして、首を傾けた。
「じゃあ焼きイモじゃないもので、いー兄は何か思い浮かびます?」
「………。ホッカイロ、とか?」
「なるほど」
萌太くんは神妙に頷く。
「あれは確かに暖かいです。しかし、焼きイモと違い今度は殺傷力が低すぎるという難点がありますね」
「ま、ぺらっぺらだしね。ぶつけてもまず痛くはないよね。しかし暖かさにはかえられないと、ぼくは思うわけだよ。実用性よりも暖房重視」
「なるほど。でも、いー兄。それでは実用性が皆無すぎてそもそも遊びとして成立しない上に、予算的に無理がありますよ。第一、どう考えてもそのカイロを体中に巻きつけて普通に雪合戦する方が現実的に得策ではないかと」
「…ふむ…確かに。じゃあ萌太くん。萌太くんは、他に何か、雪の代わりになるものが思い浮かぶのかい?」
「………そうですね。ここは可愛い妹の喜びそうなものを考慮して、…」
「考慮して?」
「小動物の死骸とか?」
「未協議で即却下だ萌太くん」
どんなホラー映画だ。
というか、まず喜ばれないだろうそんなモノ。
萌太くんはもぞもぞと布団に絡まったま、器用に動くと、ストーブから微妙に距離をとった。さっきからストーブの近くを行ったり来たりしているのは、どうやら温度を調節しているらしい。
まあ、なんだ。ぶっちゃけた話この状況。
ぼくと萌太くんは今現在でこの上なく、暇、なのだった。
暇だからこんな不毛かつ意味のわからない会話をつづけているのだが…。
「………」
「………」
「…ねえ、萌太くん」
「はい、なんですか、いー兄?」
「そこまで暇なんだったら、外に出てみんなと遊んでくれば?」
「だって寒いんですよ」
「まあ、寒いよね」
「いー兄こそ。外に出てみんなと遊んできたらいいじゃないですか」
「寒いからヤだ」
「ですよね。寒いですよね」
うんうん、と、ぼくらは頷き合った。まったく、すがすがしいまでに出不精な男どもだった。
萌太くんは外にちらりと視線をやる。
「…彼女たちは異様に元気ですけどね」
「…そうだね」
特にみいこさん。
あのお子様二人についていっているみいこさんは、本気で、なんというか、パワフルだった。大人なのに。…きっと本気で楽しんでいるんだろうな。
羨ましくなんかないけど。断じて、羨ましいなんて、思わないけど。
うん。まあ、戯言だよな。結局のところ。
「お子様たちは当然としても…みいこさんはパワフルな人だからなぁ。ぼくらより年上だけど、活動的で活発だ」
「ですね。実に楽しそうです。…しかし、パワフル、と言うのなら、伴天連爺さんもある意味みー姉と同じくらいパワフルだと僕は思いますけどね」
「ああ」
うん、と、ぼくは頷く。
「あの人ならこの寒い中に上半身裸で登場して筋トレ始めてもおかしくな…いや一般的にはこれでもかと言うほどおかしいんだけど、あの人はそんな一般論気にやしないだろうしな」
「そうですね。女性三人にまぎれてマッチョな男の人が一人で筋トレ始めたら、それはそれで物凄い違和感でしょうね」
「…そこまでいくと、もういっそ意味不明だよね。その意味不明が日常になってるのなんて、ぼく達くらいのもんだろう」
「そうですね。…まったく、つくづく面白いなあ。僕の家族は」
萌太くんはとても嬉しそうに笑った。彼は、相も変わらず、ほんとうに、心から家族が好きなのだろう。その輪の中に参加するのはもちろん、見ているだけでも楽しめてしまうくらいに。
…ぼくにはよくわからない感覚だけども。
まあ、でも、こういうのもたまにはいいよな、と、思い始めたところで、萌太くんがいきなりぼくを見た。
「いー兄」
「何」
「崩子も姫姉もみー姉も、身体を冷やして帰ってくるでしょうから…少しでも身体があったまるように、準備しておきませんか」
「うん?」
「たとえば、焼きイモとか」
「………」
萌太くんは、実に普通にそう言った。
…どうやらさっきの、雪玉・焼きイモ代理説は、単に彼の願望からくるものだったらしい。
仕方ない、と、ぼくは布団を脱いで立ちあがった。
「焼こうか。みんながつかれて帰ってくるころに、みんなで食べよう」
萌太くんは、にっこり笑って頷いた。
「そうしましょう」
アトガキ
なんだかわけのわからない小説になってしまいました…が、わけのわからないものが書きたい気分だったんです(コラ)意味わからんくてごめんなさい…。
いー兄は出不精言うてますが、とりあえず萌太くんが外に出ないのは出不精なんじゃなくて崩子ちゃんの暖房に給料ほぼ全部つかっちゃったから自分の分の厚着がなくて仕方なく毛布にくるまっている、とか、そういう設定で。服があればみんなでじゃれてると思います。可愛いよ萌太くん…!(わかったから)
彼は雪合戦というよりは雪だるま派な気がしますが(笑)
いー兄は真正の出不精です。当然です(真顔)
いー兄もいいな!書いてて凄い楽しい何だこれ。