…何してるんだろうなー、あの殺人鬼は。
さすがに“殺人鬼”のあつまりである零崎の中で、ほのぼのしたクリスマスだなんて経験、なさそうだけど…こんなクリスマスの日に、彼は何を思ってるんだろう。
…むう。そう言えば、確か以前にあったのは二週間とちょっと前だから、もう結構顔も見てない。あの殺人鬼は気まぐれだから、行動が読めないのは何時ものことだけど。
そう言えば前回会ったときも意味不明だった。いきなりやってきて、はい、って感じでプレゼントをくれた。結構趣味のいい冬物の置物。プレゼント自体は嬉しかったのだけれど、「なんで今?」って思って、でも聞く間もなく人識はどっか行っちゃって、それっきりだ。
単なる気まぐれだったのかもしれないけど…うん、そうだな、今度会えたらこないだのプレゼントの真意を聞いてみよう、と。
そんな事を考えていたら、急に、ぴんぽん、と、ベルが鳴った。
「……?」
あ。
もしかして、と、思ってドアに立つ。
零崎人識が、そこにいた。
「よ」
「…よっ、じゃ、ないよ…人識」
相変わらずの可愛い顔に、皮肉げな笑顔を浮かべた殺人鬼。でも何故か私を殺す気にはならないらしくて、おなかが減った時や寒くて宿が無い時なんかにちらちらと遊びに来る。イメージ的には、通いネコ。
「寒いから、あげてくんない?」
人識は白い息を吐きながら、そんなことを言った。私は一も二もなく承諾する。
家の中にあげると、人識は勝手知ってる感じでソファの上におさまった。
「どしたの今日は」
「どうもしねーよ。単に近くに来たからさ…というか、ほら。一応今日クリスマスじゃん」
「うん」
「だから来た」
「……?」
クリスマス→だから来た、って意味がわからない。クリスマスだったらどうして来るんだろう。まさか恋人とあいたくなって、とか、人寂しくなって、とか、この殺人鬼が思うわけが、
「ケーキはねえの?」
「…………」
あ。なるほど。
そっちか。納得。
「甘いもの好きだねー、可愛いねえ人識くんは」
「甘いもの、イコール、人生だろ」
よくわからないことを言って、笑う。
「甘味狙いとは、ロマンチックじゃないクリスマスだね」
「何だよ、ロマンチックって。まさかサンタさんを信じてるような歳でもないだろ、
ちゃんはさ」
「そうだけど。一応女だから、クリスマスくらい感傷に浸りたくもなるんだよ。サンタがプレゼントを運んでくるとかさ、ちょっとくらい、期待しちゃうわけ」
「ふうん。悪いけど、俺、プレゼントとか用意してないぜ」
「………。いいよ、期待してないもん」
「戯言?」
「嘘じゃないよ」
「へえ。そりゃ、いい感じに、傑作だな」
でもさ、と、人識は言う。
「サンタって本当はクリスマスに来るもんじゃねーだろ」
言いながら、テーブルに置いてあったお菓子を手でつまんで(許されてもないのに)勝手に食べた。その仕草は、どこか懐いた猫が勝手に家のものを咀嚼する様子に似ている。
「え?」
「サンタクロースってのは、セント・ニコラウスって聖職者の名前が変化したもんなんだよ。知ってた?」
「え…ううん、知らなかった。あれ、ってことは、実在してたの?」
「してたんだよ。意外と知られてないけどな」
人識はもう一個、お菓子をつまむ。
「で。そのニコラウスっておっさんは階級に差別なくいろんな人に贈り物を贈ったことで有名な人物で、その話から“いい子にしていればニコラウスおじさんからプレゼントがもらえるよ”と説き伏せる大人が増えたわけだ。そこからまぁいろんな過程があって、サンタってのが根付いたわけなんだが」
それで、と、人識は続ける。
「そのニコラウスの命日は12月6日、なんだよ」
「え?あれ?でもクリスマス、」
「そう。変だろ?まあニコラウスはキリスト教信者で、しかも結構有名な人だったみたいだから、聖夜であるクリスマスにプレゼント渡す日を変えてもおかしくはないけどさ。本来は別モノなんだ。だから俺はニコラウスの命日である6日にサンタが来るって話の方が、リアリティあるんじゃないかって常々思ってる。実際ドイツなんかじゃ、サンタは6日に来るんだよ」
「………」
「何?変な顔して」
「…いや、夢が潰された気がして…」
「はっ、そりゃ傑作だ」
傑作じゃない。結構重大な問題だ、と、言おうとしたけど止めた。
「だいたいクリスマスに意味もなく子供にプレゼントなんか渡さねーだろ、普通さ。俺がニコラウスだったら怒るぞ。何で俺が自分の命日も忘れて浮かれてるような連中にプレゼント運ばなくちゃならねーんだよ、って」
そもそもあの赤い服だって悪趣味だしな、と、人識は言う。
「そうだよねー…言われてみたら最近のサンタって、なんか扱いが妖怪みたいだもんね」
「だよな。やたらメルヘンちっくに変えられちゃってるし。もとはただのおっさんなのにさ」
「怒ってるかな、ニコラウスさん」
「さあ?かもしれないけどな」
俺だったら絶対怒る、と、真顔で言うのがおかしかった。
「…ふうん」
なるほど。
でも、確かに。一番一般的に妖怪化されてるのってサンタな気がする…実在する人物だとは知らなかったくらいだし。ほとんどイメージが先行して言っていて、詳しい事を知っている人は、意外に少ないんじゃないだろうか。
「人識にはさ、あるの?そういう思い出」
「ん?んー。まあ一応…俺も子供の時にさ、サンタが来たことあるんだけど」
「え?!ほんとに?殺人鬼の集団なのに?」
「いや、でも即バレだったぞ。シルエットからしてすでに針金細工だったしな。そりゃバレるっつーの」
「え?」
「こっちの話。あんたは兄貴にあったことねーもんな」
重畳、重畳、と言いながらぱくぱくとお菓子を食べる。咀嚼し終えてから、首を傾けて、聞いた。
「夢、壊れた?」
「……ちょっとね。なんか変だよね。サンタの存在はみんな知ってるのに、ニコラウスさんの存在を知ってる人なんて、あんまりいないし。子供たちだって知らずにプレゼント貰っててさ」
変な感じだ。
実態を知らず、そう言う風に騒ぎたてて。悪いことだとは、言わないけれど…うーん。
まあいっか。
「よし。じゃあ今日は、ニコラウスさんに乾杯、ってことにしちゃおうか」
「なに、それ」
急な私の提案に、人識は首を傾けて言う。
私は答えず、台所に引っ込んで、箱とシャンパンを持ってきた。
「じゃん」
「あ、ケーキ?クリスマスだからもしかしたら買ってるかなーと思ってはいたけど、ビンゴだったわけだ」
さすが人識、甘味のこととなると反応がやたら良い。ソファから跳ね上がるようにして、近寄って来た。音符が飛んでいるのが見えるくらい、上機嫌。
「そう。しかもホールだよ」
そうケーキをかざして見せると、傑作だ、と、嬉しそうに言う。何が傑作かよくわかんないけど、とにかく、喜んでいた。
「ニコラウスさんの命日からはだいぶん進んじゃったけど…まあ、いいよね。乾杯しようか、人識くん。日本では忘れさられつつある、ニコラウスさんに敬意を表して」
「つまり略すと、全国のお父さん頑張れ、ってことだな」
「そだね。とりあえず、座って?」
「ん」
素直に椅子に座る。
…ん。あれ、そう言えば。
サンタ、と聞くと、ふと、記憶が浮上するような思いがした。
そうだ、そう言えば、いつだったか急に人識が訪ねて来て、「なんで?」というほど唐突に、私にプレゼントを渡して去っていったことが…あった。
あれはもしかして6日だったんじゃないか?
プレゼントは、ニコラウスの命日だったからなんだろうか?
……ああ。
なんだ。
「人識くんも、立派にサンタしてるじゃん」
「ん?」
「あ、ううん。いいね、大人だね。粋なことしてくれるじゃない」
「………ああ、思いだしたのか。6日のアレ」
「うん」
「単に思いついただけなんだけど、とりあえず伏線はってみました。やれやれ、このまま気づかないのかと思ったぜ」
「すいません鈍くて」
「それはそれで傑作だから、いいけどさ」
「あれはサンタからの贈り物だったわけですか」
「そ。俺の命日忘れんなよ、っていう、サンタの悲しい叫びだよ」
「……うわー、夢、無いなぁ」
「傑作だろ?」
「傑作かもね」
夢ないなぁ、ともう一度言うと、人識は、また笑った。
「夢、欲しいわけ?」
「そりゃまあね。女の子ですから。ロマンチックにはちょっと、あこがれるんだよ」
「へえ。ロマンチックねえ。俺には縁が無い世界だけどな」
「そう?」
「そうだよ。でも、」
「でも、何?」
「サンタは確かにもう来ないだろうけどな。俺はお前に会いたくて来たよ」
「…ケーキ食べたくて来たんじゃないの?」
「ケーキは口実」
「………」
「ちょっとは夢が満たされた?」
「………うん。ちょっとね。有難う」
きっとそう言うことなんだろうな。
夢を壊すのも、夢をつくるのも、両方、サンタの仕事だ。
私たちにはもうサンタは来ないけど、でも、サンタになることはできるわけで。
とりあえず、夢を貰った分は返さないとね。
そう思って、私は人識くんのグラスにシャンパンを注いだ。
サンタ・クロースに乾杯を