油断していた。
「身長差を気にするなんて、一くんは可愛いね」
まさかその一言でここまで拗ねられるとは思わなかった。
「…一くんってば。拗ねないでよ」
「………」
「はーじーめーくーん」
さっきから顔を覗き込もうとしているのだけれど、彼は器用に体の向きを変えることでそれを許さない。うん、流石は元・一流の剣客とでも言うべきだろうか、物腰が優雅で隙が無かった。
対する僕の方は、覗き込もうと大きなステップを踏まねばならないから――まあなんとうか、子供っぽい動きに見えるだろうけど、でも別にそんなこと気にする人もいないし。
ぐるぐる回り続ければ最終的には根負けしてくれたかもしれないけれど、それも面倒なので代わりに後ろから抱きついてみた。
若干嫌みの意味も込めて、腰を曲げて。
「一くんってば。いい加減に構ってくれないと僕もちょっと怒るよ」
「離せ。どけ」
「んー?」
喉のあたりにまわした腕をだらんとさせて、もう片方で頬をつっつく。彼は――ああ、この顔どこかで見たと思ったら例の古文教師だ。眉間に皺、表情もよく似ている。まあ、まだ皺の深さレベル1って感じで、可愛いものだけれど。
「あんたはいちいち嫌味なんだ」
「仕方ないじゃない。拗ねる一君が可愛いんだからさ」
「あんたに“可愛い”と言われるのは、俺は好かないと知っているだろう」
「ごめんね?」
もう一度、ふにふにと頬を指でつつく。斎藤くんは流石にイラついたのか、僕の指をとって溜息をついた。
「…あまりからかうな」
握られた指に、力がこもる。
あ。これはちょっと、本気でやばい合図。
……そんなに気にしなくてもいいのにな。
「僕はちいさくても好きだけどなあ」
何気ない言葉でも彼は呆れたような怒ったような視線で返してくれる。
――その表情も好きだけど、自分に向けられるとちょっとぞくぞくしちゃうかも。
この血のニオイのしない平平凡凡な世界で、彼の瞳だけが獣みたいに輝いている。
強い意志の瞳だ。この人に愛されたいと、――そう、強く思わせるような。
僕はやっと合った目線を釘づけにしてやろうと、精一杯の笑顔を浮かべて彼を見た。
「一くんが好きだから、身長なんてどうでもいい…って意味なんだけど?」
お気に召さないかなあ――と、頬に手をやる。一くんはややあって、握った僕の指を解放した。しばらく何事か真面目な顔で考えているようだったが、やおら振り返ると、
「可愛いのはあんただろう、総司」
「ん?」
「俺よりあんたの方が可愛い」
そんなことを言った。
どうだ、とでも言いたげな顔をしている。
「そう?どうもありがとう」
「…………」
別に言われ慣れた言葉だからあっさりそう返したら、一くんはまた眉間皺を寄せた。
あ。黙っちゃった。
今の、反撃のつもりだったのかな。
…悪いかなあと思いながら、ついつい笑ってしまう。
「可愛いな、一くんは。そのちょっとズレてる所とか特に」
「…言いながら俺の頭に顎を乗せようとするな。段に上って余計に差をつけようとするな」
「だって。上目遣いの一君見るの好きなんだ、僕」
「だからそういう…」
「一君が好きだからすることに何か問題があるの?」
「…あんた、そういう言葉を言えば俺がなんでも許すと思っているだろう」
「あれえ?違う?」
彼の弱った顔が面白かった。おなかを抱えて笑うのは流石にやめたけど(これ以上拗ねられるのは本意じゃない)、顔に笑みが浮かぶのだけはどうしようもない。
「ねえ、…好きだよ?」
小首を傾げて、彼が好きだと言った、僕の一番の笑顔でそう言う。一君はわずかに目を見開いた。じっと顔を見られ――ややあって、ふ、と小さく笑ってくれる。やっと機嫌がなおったかな、と、僕は少し可笑しかった。こんなことですぐに機嫌を直してしまうのが、彼らしいと思ったのだ。
「やはり、あんたの方が可愛いと思うんだが」
真剣な顔で言う。
あまり恋人をほめる口調ではないけれど、彼の場合はこれが素で――
「…俺に組み敷かれた時のあんたが、一番可愛いと思う」
…ついでに言えば、無自覚にこんなことを言えてしまうのも、恐ろしいことに彼の素なのだった。
「………」
「………」
「………」
「…?何を照れている」
可愛いどころじゃない。
「…はじめ君、ずるいよそれ…」
やっとのことでもそれしか言えなくて、
僕は赤くなった顔を隠すようにしゃがみこんで、しばらく顔をあげられなかった。
「総司。何故こちらを見ない」
「君が恥ずかしいこと言うから…顔が赤いとなんかみっともないじゃない」
「………」
「ちょっと。無言でこっちにじり寄るのやめてくんない」
「見せろ」
「やだよ」
「見せろ」
「やだよ」
「(((…なにやってるんだろうなあ、あそこのバカップル)))」