土方さんはとても強い人だ。

頼りがいがあって、見た目はとても綺麗だけど内面は男らしくて――格好良くて。
いつだって、僕が助けて欲しい時に傍にいて助けてくれる。

「(ずるい。いつだって僕を守って、――守らせてなんてくれなくて)」

平然と僕の前を行くこの人のことが僕は羨ましかった。
悔しくて悔しくて――土方さんになりたいなんて、言えなくて。

素直じゃないから「貴方にあこがれている」なんてことも言えない僕は、ただ、ひたすらに剣の腕を磨いた。
それも、ただの一度だけ、あなたが褒めてくれたからっていう、馬鹿みたいな小さな理由で。

この人の隣で胸を張れる人間になりたかった。誰よりも土方さんに、認めて欲しかった。

あなたを追いかけて、隣に立とうと頑張って。
頑張って頑張って、がんばって。
それでもどうしても彼みたいにはならなくて――辛くて、苦しくなった。


土方さんは僕の前を行く。僕の目には土方さんの背中しか見えないのに、土方さんは、その背中を追いかける僕の姿を見てくれない。

「(どれだけ土方さんを追いかけても、土方さんは僕のものにならないんだ)」

そう気付いたら、何故かひどく自分が惨めに思えて、悲しくて、切なくなった。
生まれてはじめて泣きたいような気分になった僕は、――けれど必死にその激情を押さえつけた。
土方さんはきっと、みっともなく涙を流す人間のことが嫌いだろうと思ったのだ。





そんな僕がはじめて涙を流したのは、土方さんの隣に綺麗な女の人が立った時だ。

細くても凛々しい彼の隣で、華奢な腕をあの人の腕に絡めて、弱い肉体がその体温を分かち合っているのを、見た時。
土方さんがその女の、口紅の毒々しい赤に唇を落としたのを見た時――

僕は、初めて、悲鳴のような嗚咽が自分の咽喉の奥から零れるのを聞いた。
苦しかった。悲しかった。辛くて、――嫌だった。

なまなましい、濁ったような、てらてらと嫌らしい欲望の音とその色。
その女が土方さんを誘うのを聞いて、その先に続くだろう行為を想像すると怖くて――僕は土方さんから逃げだした。
徹底的に避け続けた。
あれだけ大好きだった広い背中を、見つめ続けることも、もうできそうになかった。あんなに苦しい感情を味わったら僕は死んでしまうかもしれない。
土方さんの背中を追いかけることは、もう、止めようと。




ニ回目に涙を流したのは、そんな僕を土方さんが抱きしめた時だ。
逃げる僕を、土方さんは無理矢理僕を抱きとめた。
この人は自分のものにならない。だったら忘れてしまいたい、そう思っていたのを無理に抱きとめられて――その腕の力強さに驚いて、びっくりした拍子にうっかり涙がこぼれたのだ。
土方さんの腕は、とても暖かかった。こちらがびっくりするほど熱くて、その胸にもたれかかったのも初めてで。
びっくりの延長で必死に彼の腕を振り払って僕は逃げ出した。



そして三回目に涙を流したのは、
「俺はてめえに惚れてるよ。だからそんな可愛い顔するな」
土方さんにそう言われて、唇を奪われたときだ。
抱き締められて、逃げて、また避け続けて、その三日目のことだった。
鬼ごっこの末、僕を捕まえた土方さんは、ひどい顔をさらしているだろう僕のその表情を無理に覗き込んで、そのまま僕の唇に熱い唇を押しつけた。
驚きすぎて僕はしばらく呼吸もできなかった。
パニック状態の僕を土方さんは長い間抱きしめ続けていた。
今自分の身に何がおこっているのかわからない僕は長い間ひたすら首をひねっていたが、大好きなその声が、信じられないくらいの甘さで「愛している」を囁いた時、――

咽喉が震えた。





「ぼ、僕――も、土方さん、」
「なんだ?」
「僕も、あなたのことが、」

肝心な言葉が言えなかった。きゅうっと心臓が締め付けられている。
生まれて初めての、嬉し泣きだった。









「僕も、あなたが好き…」


今まで追いかけ続けてきた、あきるほど見続けたその背中に腕をまわして。

そうしたら当然みたいに抱きしめられる腕に力がこもって、嫌になるくらいそれが息苦しくて、幸せだった。