はじめ君の何が好きって?
いやあ、もう、何と言うか――困っちゃうことに何もかも好きなんだけど。
この人はほんとうに面白い人なんだ。


そうだね、じゃあ、例を示そうか。



「はじめくんはじめくん」
「何だ、総司」

甘える声で名前を呼んで、振り返った君のすぐ前に、手を差し出す。
そしてトドメに、にっこりと、君が好きだと言ってくれた甘える笑顔で言うんだ。

「お手!」













「………」

そうそうこの顔、この顔が面白い。
誰がいるわけもないのに(だってここ僕の部屋だし)周囲を一瞬で見渡した後に、ものすごく、そりゃもう物凄く実直に僕を訝る目を向けてくる。
少しは隠せばいいのにと思うと面白いでしょ?

「……、……総司、」

「総司は果たしてどういう意図でこのようなことを」と顔に描いてあるような表情で、彼はじっと僕の手を見つめ、そして視線を上げた。
眉間に皺。
ものすごく可愛い。

「……なんだと?」

ワンモア。
僕は手を軽く振る。ほら、早く早く、の意を込めて。

「だーから、お手、ってば」
「それは、犬がよくやっている、アレか」
「そうだよ」
「………」

俺は犬ではない、という顔で、はじめくんは僕を見る。

「俺は犬ではない」
「あっはっは!そんな真面目に返しちゃうんだ。はじめくんって本当に面白いなあ」
「いい加減にしろ総司、俺は――「あのさあ」」

かぶせて黙らせ、僕はとびっきり甘えたな声を出す。

「あのね、一つ質問があるんだけど、いい?」
「…、なんだ」
「今日は日曜日だよね」
「ああ」
「昼間だよね」
「ああ」
「なのに僕がこうやってソファから起き上がらずに、ずっとこうしているのは、何ででしょう?」
「………」

ぴっ、と、ただでさえまっすぐな彼の背筋が伸びる。
苦いものを飲まされた顔だ。

「“待て”もできないくせに、それでも犬と一緒にされることは心外なんだ?」

ここでとびっきりの笑顔。これは怖かろう、という計算も込みだ。
はじめ君は弾かれたように僕を見、あきらかに狼狽して見せた。

弱いところを思いっきりえぐられても、彼は素直だから(ほんとうにもう、どうやったらここまで人を信じられるのかが不思議な程だ)、悔しいとか、僕をズルい奴だとか思わない。
僕はこんなにも性格が悪いのに――言っておくがこれは子どものころから自覚済みだ――彼は、僕みたいな奴の事をあっさりと「綺麗だ」と言う。
どう考えても心が綺麗なのは彼の方、なのだけれど、まあそういうところも可愛いから気に入ってるんだ。ほら、今だって、

「…やはり苦しいのか?」

僕の心配が第一で、それ以外はニの次だしね。

「腰痛くて、起きたくないなー、って感じかなあ」
「…そうか、それはすまない。あんたが動かなくてもいいように、今日は俺が家事をしよう」
「言わなくてもいつも君がしてくれてるから、それはいいんだけど。加減を覚えて欲しいなあ」
「………」

ごほん、と、咳払い。
無表情なりに顔が赤い。きつく引き結んだ唇と、それにそぐわぬ狼狽の色と。
もうね、なんていうか、「我慢できるならやっている」感がありありで――

ね?可愛いでしょ、ほんとに。
うりうりーって、してやりたいとかさ、思うでしょ?思うよね。僕も思う。

…ほんとにしたら怒るけど、思うだけなら許してあげる。
僕のはじめ君は本当に可愛いもの。

ああでも、彼の名誉のために念のため。彼は普段はこうやって素直で可愛いけど、格好いい時はほんとに格好いいんだ、ほんとに。
まあ、それは流石に僕だけが知ってればいいことだから、詳細は秘密だけどね。

まあとにかく。

「躾が必要かな、って思って」

僕は柔らかい口調で言う。手を差し伸べるみたいにして。

「お座り。お手」

君はしかめっ面のまま僅かに困った顔をしていたが、やがて諦めたかのように溜息をついて、ソファに寝そべったままの僕と視線を合わせるために腰をおろすと、ぽん、と、軽く僕の手に手を置いた。
手を少し丸めているあたり、芸が細かい。

僕は大いに満足した。

「うん。いい子だね」

ぎゅっと手を握って、引き寄せて、僕の大好きなその手に頬を押しつける。
すべすべさらさらのはじめ君の手は、大きくて、でも細くて、触り心地が良いんだ。
手を触るともっともっと触れたくなって、腕を開く。

「ぎゅー」
「……何だそれは」
「新しい芸だよ。お手、お座り、ぎゅー。できる?」
「………」

やれやれと言った顔で、はじめくんは僕の頬に触れ、ソファに身体を起こした僕をぎゅうと抱き締める。
ふにゃりと僕の身体は、彼に合わせて形を変えたみたいに、やわらかく馴染んだ。

「俺が犬ならあんたは猫だな」
「よく言われるよ」

よしよしと頭を撫でられる。猫でも愛でる手つきだ。
僕も彼の背中をよしよしと撫でてあげる。

「……“待て”も、そろそろ覚えてくれるかな?」
「努力はする。が、あんたも悪いぞ」

誘ったのはあんただろう、と、引き結んだ唇が言う。可愛いなあ。

「…あんたの方が可愛いだろう」

憮然とした声。
おや、思わず口に出してしまっていたらしい。

男としてのプライド――みたいなもの、を、彼は持ち合わせているようだ。
褒めたつもりなんだけどなあ。
…“可愛い”が気に食わないって言うなら、仕方ないよね。

「はじめくん、好き」

可愛いの代わりにそう言ってあげたら、はじめくんは余程嬉しかったのか無言で抱きしめる力を強くしてくれた。

ぎゅうって押しつけるみたいな強引さも、今の僕には大歓迎だ。だってそれだけ僕が好きってことでしょ?
その程度が嬉しいっていうんだから、僕も結構、恋人には従順なタイプなのかもね。




「…もう一度言ってくれ。あんたの声で聞きたい」

















だってほら、こんなリクエストにも、あっさり応えちゃうよ。






one more!  













斎沖ばかっぷる話。…おそまつさまでしたーヽ(^o^)丿