嘘吐きな猫は、平気でない時に「大丈夫」と言う。
それは、単にそいつの性格がねじ曲がっているからというのもあるのだろうが、それだけではなく――あいつは子どもの頃、本当に嘘しか口にできなかったのだ。
理由は単純。育った環境だ。
意地の悪い兄弟子たちを前に、小さな子供がよくもまあそこまで抗えたものだとすら思う。

「(総司は一人だった)」

泣き顔を見せては喜ばれる。つらくても泣いてはいけない。
それはもはや総司の身体に染み込んだひとつの生き方になっているから、だからこの嘘吐きは、楽しげな声で嘘をつく。嬉しそうな声で言う。“本当に嘘しか言えない人は、自分を嘘吐きだなんて言えないんだ。その矛盾は嘘を殺してしまうから。あんまり考えたこともなかったけど、それは少し哀しいことなのかもしれないですね”。そうやってくすくす笑う猫は、馬鹿なことを言うなと怒る俺にすら、悲しい表情など全く見せなかった。

そうしてこの男は今も。
平気でない時に「大丈夫」と言い、喜びの感情にすらに戸惑って見せ、寂しい時には一人にしろと言い張り、

恋をした時は、怯えて見せた。

愛しさを伝えれば頬を赤くするくせに、口では辛辣な言葉を吐く。
好きだと言えば「二度と言うな」と突っぱねる。
頭を撫でれば気持ちよさそうに目を細めるくせに、

「あなたが僕のこと大嫌いで、僕を傷つけたいと思うなら、抱いてもいいですよ」

こんなにまで悲しいことを、さらりと口にするのだ。
俺はそれを聞いて、脱力した。

「阿呆か」
「僕は本気ですよ?」
「それが阿呆だって言うんだ」
「……僕のこと嫌いなんでしょ?」
「好きだっつってんだろ」
「嫌だなあ、もう。土方さんは嘘吐きです」

僕、嘘吐きは嫌いですから、と、総司は赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いた。
いつだってそうだ。
この男は呼吸するように嘘をつく。

「僕のこと嫌いだって認めればいいじゃないですか」
「好きだっつってんだろ」
「嘘。嫌いなんですよそれ」
「なんでだよ」
「なんででも、です」
「意味がわからねえ」
「いいでしょ、嫌いってことにしておけば抱かせてあげるって言ってるんですから」
「―――」
「…たった三文字で僕が手に入ると思えばいいんですよ」

まったくこの男の言う意味がわからない。

「(たぶん、恋人になる気は無いという意思表示のつもりなんだろうが)」

こいつは、俺への思いを一切受け入れず、俺のことを好きだと言う事実を保留にしたまま、身体だけの関係を結びたいと、そう言っているのだ。
俺の袖をひっぱりながら、ねだるような必死の顔でそう言う総司に、俺の答えは決まっていた。

「断る」
「…なんでです?」
「お前が嘘吐きだからだ」
「………」
「そうだな、認める。俺はお前に惚れてるよ。傷つけたくないから抱かない。…それで?」
「………」
「俺にも嘘をついて欲しいだなんて押し付けはいい迷惑だ。自分の感情を誤魔化したまま、表面だけの付き合いなんてする気もねえよ」
「………」

見る間に赤くなっていく総司は、もう泣きそうな顔のまま、俺の服を引っ張った。

「――」
「何だよ」
「……、なんでも」
「ないって?だったらこの手を離せ」
「………」
「何だよその顔。文句があるなら言えばいいだろ」
「なんで言わせようとするんですか」
「何でって?」
「…土方さん、しつこいです。しつこい人は嫌われますよ」
「そうだな。俺も面倒くさい人間は嫌いなはずだったんだが」

やっと本心が聞けた。
今日のところはこれくらいで勘弁してやるかと、俺は総司を抱き寄せる。
急に近づいた体温に怯える身体をぽすりと胸に押し付けると、まだ幼さを残した身体はすっぽりと腕におさまった。

「……土方さん、嫌い」
「ああ、わかったわかった。わかったからそれ以上強がるな」

わしわしと、猫にするように耳の後ろあたりを指でなぞると、びくりと震えた総司が嫌がって頬を押し付けるように抱きついてきた。
怖がりで嘘吐きな、恋を覚えたてのこの猫は、今日も怯えた色をして、おずおずと俺に近づいてくる。


「いつか口説き落としてやるからちょっと待ってろ、餓鬼」


僕はもう子どもじゃないです。
本日最後の嘘をついて、猫は目を細め、俺の腕の中に沈んだ。