※沖田女体化、斎沖です。苦手な方は注意して下さい











「沖田くんと仲が良いんだね」と言われることはよくあった。
それは、たとえば放課後、人気のない教室などで。たとえばクラスに一人二人はいる、特に話した記憶は無いけれど懐っこい性格が特徴の女子生徒だとか、教師だとかである。
それは唐突に言われることが多い。
言われるたびに俺は「そうだろうか」と首をかしげて見せるのだが、全員が全員で首を縦に振る。そういった人間は「沖田くんのことをよく理解しているんだね、」と興味深そうな顔をしていて、俺にはそれが不思議だった。
――そんな台詞が出てくるということ自体、つまり彼らから見れば沖田総司とは「理解できない」存在であるということを示唆していると解する他が無い。
今日もそんなことがあった。
俺は再度首をかしげる。

奇妙なことだ、と思った。
俺には、沖田総司の考えることなど何一つわからないというのに、他人には俺があいつを理解しているように見えるらしい。





沖田は幼馴染、だそうだ。一般にはそう言うだろう。親同士が仲がよく、昔から付き合いがあった。とは言え学校は別々だったからそう多く顔を合わせているわけではない(幼馴染の代表と言えばやはり藤堂と雪村のような関係を言うのだろう)、が、何かにつけ相手の家を訪れる機会もあったから、まあ、親友と言っていい間柄ではあると思う。

なのだが、俺はこの男がいま一つわからない。
近づけば逃げるくせに離れることは許さない、そんな不思議な雰囲気をまとう男を相手に、そう対人関係における経験の多くない(堂々とした初心者である)俺に接し方などわかるものか。

「(否、これは最早そういった次元の話ですら、)」

というかこういった場合、どういう対応をすれば正解なのか、即決できる人間がいるならばお会いしたいものだ。

くだんの幼馴染にのしかかられ、
しかもその相手がいつの間にやら女になっていた、などと。

「(どこのファンタジーだ…)」

思わず呼吸すら止まってしまった。取り乱さなかったことが奇跡だと思う。

「もしもし?ねえ。さっきから数十秒ほどだんまりだけど」
「……沈黙が数十秒ですんだだけで、俺は褒められていいはずだ。悪ければ卒倒ものだぞ」

幾分か小ぶりになった唇で笑うそれ、――“それ”などという表現は人間に向けては不適切かもしれないが今の俺に“彼女”なる代名詞は違和感しかない――沖田総司は、薄いYシャツを押し上げるように主張している二つのふくらみ(否、それが何なのかはわかる、わかるけれども断じて認めたくは無い)、女ならば当然あるべきそれ、を、あろうことかむんずと鷲掴みにして俺に見せつけた。

「山南さんに薬をもらってね。それを飲んだら女の子になっちゃって――だからさ。僕が元に戻るために君の協力が必要なんだけど」
「………」

言葉を無くす俺の頬に、総司はためらいがちに触れた。
実に言いにくそうに、目をそらす。

「あ、えと。…あの。その、…僕の処女、君に貰ってほしいんだけど」

それは。
まあ。
ほとんど半裸の女に押し倒されのしかかられた、この現状から導かれる憶測から、そういう話に向かうのだろうかという予感はしていた。
だが、実際総司の口からそういった言葉が発されるということ自体が、目眩にも似た錯覚を起こさせる。

「(…まったく…)」

神はそんなにまで俺のことが嫌いなのか。

「話がよくわからないのだが」
「だから山南さんに薬を、」
「薬で女になるものなのか?」
「そ、それは知らないけど――」

実際になってるじゃん、と、困り果てた顔だ。むにっと自分の胸を掴み、「何なら本物か試すか」と問われたので即答即決で断っておく。

「山南さんにどうやったらもとに戻るかを聞いたんだけど、誰かに処女を貰ってもらえばなおるんだって。だから」
「待て。何故、」
「細かいことはいいから!君もどうせ抱くなら女の身体の方がいいでしょ」
「だからそういう問題では――」
「いいじゃないヤっちゃおうよ。僕は痛いかもしれないけど君は気持ちいいだけでしょ、減るもんじゃないし。終わったらこのことは忘れてくれたっていいし、なんなら沖田総司を抱いたなんて思わずに見ず知らずの女を抱いたつもりでいればさ、」
「総司」
「……な、なに。どうしてそんな怒ってるの」
「その程度で身体を投げ出すな」

総司は驚きに目を見開き、必死さのにじんだ唇を震わせた。

「だから何度も言わせないで。これは僕の身体を戻すために必要で、」
「他の方法を探せ。薬の効果だか何だか知らんが、そんなことで身体を許すべきではない。あんたはもともと男だし、セックスは想い合う者同士がするものだろう。俺はあんたとするつもりはない」
「…頭が固いんだよ君は。いいでしょ、男だったら抱けないかもしれないけど、今の僕は女なんだから」
「そういう問題ではない」
「何。好みじゃない女は抱けないってわけ」
「そういう問題でもない」
「男は気持ちがのらなくたってできるでしょ。いいじゃない…!」

癇癪を起したように、総司はやけになって自分のYシャツをたくしあげる。あらわになった胸から下、へそまでのラインはやけになまめかしいと思った。このままだといろいろと危ないことになりそうだと、ようやく別の意味での危機感を覚える。

「総司、どけ」
「どかない…!」
「総司」
「……っ、僕じゃ、駄目なの…?そんなに魅力ない?」
「そういう訳ではない。だが俺はあんたを抱くつもりはない」
「誰か他に好きな人がいるんだ?」
「………」
「そ、…そうなの…?」

見る間に総司の瞳に絶望が広がっていく。――それを見ると何やら胸が痛んだが、こうとなっては仕方がない。俺は大きなため息をついた。

「――そういう訳ではない、が」
「嘘だ」
「は?」

何やら厳しい目をした総司の、その、「頑張って吊り上げてます」とでも言いたげな瞳に、見る間に涙が盛り上がった。
総司が泣くなどとよっぽどのことである。
思わず俺は焦って、腹筋だけで起き上がると総司の肩を掴んでそっと揺さぶった。

「総司、何を泣いて――」
「泣いてないよっ」
「…一般に涙がこぼれている状態を泣いていると言うのではないのか」
「だって、き、君に好きな人がいるなんて、聞いてない…!し、親友なのに、そんなの欠片も、」
「当たり前だ。親友だからとて何でもかんでも教える訳ではない」
「そ、そうだけど…そうだけど、卑怯だ」
「何がだ」
「――」

しばらく沈黙してから、総司は、涙に濡れた目を伏せた。

「誰なの、君の好きな人」
「聞いてどうするんだ」
「お願いしに行く」
「何を」
「僕からはじめ君を取らないで、って。…お願いしに行く…」
「……………」

何を言っているのだ、この男は。
そんな台詞、必死そのものの顔で言われても困る。

――混乱しているのだ、そういう雰囲気だけは伝わってくる。総司の瞳には僅かの陰りも見られない。ただ必死なだけで、それ以外の感情など、何も。

「(総司がこんなにも取り乱す姿は、初めて見たかもしれない)」

弱さを強調するような細い首筋が、いやに真新しくうつった。
…妙なことを考えている。落ち着かねばならないのは俺も同じらしい。

「どうして俺に想い人がいることで、あんたが泣くんだ。意味がわからない」
「僕にはこれで意味がわからない君の方が意味わかんないよ」

ぽす、と力ない腕で胸のあたりをたたかれる。まるで痛くは無い。

「…総司」
「名前、呼ばないで」

もういい、と、総司は自棄になったように俺の上からどき、立ち上がった。
嫌な予感しかしない。声をかけると、振り返った総司は酷く冷たい目をしていた。

「どこへ行く」
「君のいないところ」
「まさか自棄になって他の男に抱かれに行くなどと言うんじゃないだろうな」
「そうだとしても君に何か言う権利があるわけ?」
「ある。俺はあんたの親友だろう」
「――…ばかじゃないの」

唇をかみしめたまま、女の身体で、男の目をした総司が呟く。

「その肩書きが嫌で僕はこんなことになったのに、君は本当に馬鹿だよ」