“沖田総司と斎藤一は、両者ともタイプの違う一匹狼である”
これはクラスで最早当たり前の事実として受け入れられている――まあ、いわゆる周知の事実というやつだ。

沖田総司の方はいつもヘラヘラと笑っていて人を寄せ付けない。たまに近くに寄ってきたかと思えばいきなり突き放す発言をしたりと、思ったままに行動する子どものような人物だ。振りまわされる方はたまったものではないが、その独特の雰囲気からかクラスでは自然に受け止められ、「意地悪だけど格好いい」男子として君臨している。
――まあようするに他の人物がやれば「何あいつすかしてんじゃねーよ」と思われるような行動でも、沖田の場合その雰囲気と謎のミステリアスさで許されてしまうと言う、いわば特権のようなものをもっているわけだ。
嫌なものは嫌という。気に入らないことはやらない。けれど断じて我儘なだけではない彼なりの意志の強さ――のようなもの、に、惹かれる女生徒は後をたたないわけ、だが。
だがしかし、である。
最近、彼女たちが沖田総司に“惹かれる”その理由というか方向が、盛大に間違ってきているのではないかと、思うのだ。

「………」
「………」

今、クラス中の女生徒の視線はある一点に向けられていた。クラスの端、斎藤一の机を挟むように、沖田総司と斎藤一が腰かけている。いつもへらへらしているはずの沖田が、ぎゅうと唇を引き結んだ堅い表情をしていた。斎藤の方はいつものとおりの無表情だ。
長い沈黙が落ちている。
時折ちらちらと斎藤を見つめる沖田は、どこか弱っているようにも見えた。

「………」

何か言おうと口を開く。閉じる。わずかに視線をそらして、それからまた、おずおずと見上げるようにする。その一連の動作がなんとも子供らしく見えた。

「沖田。俺に何か用か?」

見かねて斎藤が声をかけるも、沖田はふるふると首を振った。

「なら、どうして目の前に座って執拗に俺を見るのだ」
「別に意味なんかない。ちょっと暇なだけだよ、僕、君のことなんか嫌いなんだから」
「嫌いな相手をまじまじと見て何が楽しいのか理解に苦しむが…」
「…う、うるさいよ」

ふいと横を向く、その顔がなんとも言えず子どもらしくて愛らしい。男ですらそう思うのだ、クラスの女性陣が反応しない訳がなく。
一様に色めき立つ気配がする。
…わかるのだ。誰も声に出さずとも、教室内に何とも言えない雰囲気が漂うから。


確かにここのところの沖田は異常に可愛い。可愛いけれどもそれが男で、しかも男のクラスメイトの前でその可愛らしさが発揮されるというのは、なんというか、常識的に考えてアウトなのではないだろうか。そう考える男子の意見は当然のように却下された。
却下させたのは沖田の何とも言えないじれったい恋心だ。


「……りょこう……」
「なんだ」
「ど」
「ど?」
「…ど、…どこっ、の、班になったの」

つっかえつっかえ、やっとのことで口にする。
しかも、それが今の沖田には精一杯なのだとわかる赤い顔だ。言い切った瞬間に頬をそらせるのがまた何とも――なんというか、こう、気高い狼か何かがしぶしぶお手をしてくるような、危うさと可愛さが見えている。
もともと沖田はこんな態度を見せるような男では断じてないのだ。
こんなに可愛い沖田総司が見れるのは、斎藤一の前だけである。
そして、だからこその、この女子の盛り上がりなのだ。そう考えると少しなんだかむなしい。

むなしい、が。
…でも確かにこれは可愛い。ちょっと応援してやりたくなる感じの、可愛さだ。
ハラハラと見守るクラス一同に、斎藤一は動じない。口調も態度もさらりとしたものだ。

「何故そのようなことを聞く?」

そしてまあこんな風に意地の悪い質問を返すものだから、沖田は実に悔しそうな顔を披露してくれた。
――男でもドキッとしてしまうような、はかなげな目の伏せかたをして、沖田は小さく言う。

「…べ、つに…君のこと嫌いだから、同じ班だったら嫌だなって思っただけ」

なんだその嘘まるわかりの可愛い言い訳は、という心のツッコミをクラス全員が咽喉の奥で噛み潰す音すら聞こえそうだ。

「つまり俺と同じ班になるのが嫌で、こんな回りくどいアプローチをしている、と?」
「……そ、そうだよ」
「そうか。確かにあんたの恐れた通り、あんたと俺は同じ班だが――あんたがどうしてもと言うなら、誰かに班を代わって貰うしかないな」
「……!」
「俺はあんたと同じ班になれて喜んでいたんだが。残念だ」

さらりとした顔で、斎藤は意地悪なことを言う。自分で言ってしまった手前引くに引けなくて、沖田はぎゅうと手のひらを握り締めながら、斎藤を睨みつける。

「――、君の事なんて大嫌い」
「そうか。俺は好きだ」
「……っ」

みるみる沖田の顔が赤くなっていく。怒りながら照れるという離れ業に、女子のテンションはだだ上がりだ。
と。

「――そこのあんた」

急に、低い声で名を呼ばれ、俺は「へ」と「ふ」の中間のような、突拍子もない声をあげた。ちらちら視線を投げていたから、気付いて声をかけられたらしい。

「え、あ、――なに?」
「今度の旅行の件だ。悪いが、俺と班を代わってくれないだろうか」
「え?」
「沖田は、どうやら俺と同じ班が嫌らしい」

………。
まさかすぎる話の投げられ方だった。

「(…え、あ、?!)」

ど、どうすれば…?
慌てて周りの友達に視線を投げるも、異常な速度で逸らされる。どいつもこいつも、沖田に目をつけられるのは嫌らしい。

「(お、俺だって嫌ですよ?!)」

沖田の怖さは身にしみて知っている。俺殺されるかも――と思ったところで、沖田の弱ったような視線が、斎藤をちらりと見上げるのが見えた。可愛い。
しかしその視線は次の瞬間には絶対零度の冷たさで俺を刺すのだ。

「(頷いたら殺すって雄弁に目が語ってるんですけど)」

再三言う。
沖田が可愛いのは、斎藤の前だけである。

「何か不都合があるだろうか」

だがしかし、斎藤相手に理由もなしに断るのも難しい。斎藤は無表情だから威圧感あるし、まあ巧く説明ができれば引き下がってくれる相手だろうけれど、理由が不明瞭だと持ち前の天然で質問攻めに合い、いつの間にか了承してしまいかねない。
その先は俺の死亡ルートしか見えない。たぶん沖田にボコボコにされる――気がする。

「あ、いや、俺は――」

ど、どうしよう、どうしたらいいんだろう。
あまりの緊張に口がきけなくなった俺をどう理解したのか、沖田が慌てたように、斎藤の服を掴んだ。

「――」
「なんだ?」

その控えめな動きに、斎藤が振り返る。沖田は赤い顔のまま、口をわずかに動かした。
それはこちらには聞こえないほど小さな声で、けれどその表情から、よほど勇気のいる台詞だったのだろうということは理解できた。

「…そうか」

ふ、と笑った斎藤はほんとうに嬉しそうに、沖田の頭を撫でた。

「すまない。先ほどの言葉は忘れてくれ」
「え、あ、…ああ…」

助かった、と胸をなでおろすと同時に、沖田の表情が気になった。
斎藤からは見えないように頬をそらしているのだが、俺の位置からなら、その表情が見えるのだ。

「(…かわいーんだもんなあ…)」

これなら男でもアリかも、そう思えてしまうのが何とも恐ろしい。

これ以上近づいては危険だと判断して、俺はその場を離れることにした。





うちのクラスの可愛い狼さん