僕は悪くないよ。
僕は君のことが大好きなんだから、ああ、そうだなあ、そもそも君が優しいのがいけないんじゃないかな。
だって、ねえ?
「ねえ、はじめくん」
「?なんだ、総司」
「ねえねえ、愛してるって言って?」
ほら。
君がそんなに可愛い顔をするから。
…だから、悪いのは君の方だって思うんだけど。どうかな?
口の中に含まれた液体を、努力の末になんとか吐きだすことなく終えた彼は、涙の浮かんだ顔でこちらを見た。どうしたの?、というわざとらしい台詞に加え、不思議そうな顔で僕は首を傾ける。我ながら実に心こもらない演技だ。当然、はじめ君は怒って眉をつりあげる。
「……」
が、真っ赤な顔でさんざん何を言おうか迷い、ここは無視をするべきか否かという考えが透けるような百面相の後、投げられたのは「なんなのだ急に」という極々平凡な言葉だった。
「えー?別に、聞きたいな、って思っただけだけど」
僕は上機嫌に応える。
当たり前だ、僕の部屋、邪魔者は無しと、あつらえたような好環境。なにより彼のことを独占できるこの時間、この僕が楽しめないはずがない。
ソファを背もたれにして勉学に励む彼を、それとなーく邪魔することだって楽しいのだ。
「…、今は勉強中だ」
それに、君のその、苦しい逃げ口上も楽しいしね。
「はじめくん?」
「……っ」
「ねえ、どうしたのさ。そんなに怯えなくてもいいでしょう」
「…あんた、絶対よからぬことを企んでいるだろう」
「企んでなんかいないよ。君が面白いからちょっとからかってやろうとは思っているけれど」
「今は忙しい」
「だからさあ」
僕は、にっこり、満面の笑みで彼の肩に体重を寄せる。
急に近くなった体温に、けれど彼はひるまない。顔を近くに寄せて、目を合わせて。
「愛してる、って言って?」
「………」
「愛してるって、僕に言ってよ。そしたら今日は大人しくしててあげる」
「………」
ああもう、その反応たまんない。
みるみる顔が赤くなって、けれど表情は憮然としたままで。
恥ずかしいんだ、可愛いなあ。
「…あんたは唐突過ぎる」
「君は僕の恋人でしょう?不自然な流れではないよ」
「そ、それはそう…だが…男たるものそういった言葉は軽々しく口にするものでは」
「まあね、誰にでも軽々しく口にされるのは確かに嫌だけど。でもこの場合は別でしょう。恋人にねだられて、“愛してる”の一言も言えないってのは男らしくないんじゃないの」
「それは、」
「違う?」
はじめ君は、わざとらしーく僕の顔から目をそらした。困ったような顔をしているのだろうなあと予測はつくけれど、追いかけて見上げたらそれはそれで怒られるのがわかっている。だから言わない。
ただ、横からでも見える真っ赤な耳朶に、ぺろりと舌舐めずりをするだけだ。
「ねえ、はーじーめーくーん」
噛みついてやろうか、とも思ったけれど、さすがにそれはやりすぎだろう。ここは可愛くおねだりするにとどめようと、僕は彼の肩口にすりすりと額をこすりつけた。はじめ君のにおいがして、すごく落ち着く。
「言って?僕、聞きたいなあ」
「…俺があんたを、その、…す…好いていることは前にきちんと伝えただろう」
「そんなんじゃ満足できません。ね、僕、君の“愛してる”が聞きたいな。だめ?」
「あのな…」
「だって君、豆腐が好きだとか、勉強が好きとか、何にでも好き好き言うじゃない。そんなのと同系列にしないでほしいな。もっと上の言葉が欲しい。僕だけにしか言わない言葉が」
…まあ、本当は単にはじめ君の照れた顔が見たくてこんなこと言ってるんだけど。まあ、ものは言いようってやつでしょう。
君が悪いんだよ?
だって面白い反応するんだもの。
「……ぐっ…」
彼はようやっとこちらを向いた。困った顔。眉間に皺。ぐりぐりしたいなあと思いながら、僕はなおも彼に密着する。ぎしっと動きが固まって、
「あ、あんたはどうなんだ」
「ん?」
「あんただって俺に愛してるなどと言ったことはないだろう」
彼は、かろうじてそうとだけ言った。
どうだ、恥ずかしかろうと言いたげな顔だ。
が、
「僕は言えるよ。はじめ君、愛してる」
「………」
「だーい好き」
僕はすぐさまそう切り返す。
…残念だけど、反撃のつもりならお門違いだ。こんな言葉ごときで赤くなってしまう沖田総司ではない。彼は、「ですよね!」とでも言わんばかりのヤケになった顔で、また頭を抱えてしまった。
「…あー…総司、」
「うん。なあに?」
「…その、なんだ。……ぁ…、あいしている…」
「駄目だよ、そんなの。目をそらしながら言われたって全然雰囲気ないじゃない。ちゃんと僕の目を見て言ってよね」
「なっ、あ、あんたはできるのかそんな恥ずかしいこと」
「はじめ君、愛してる。愛してる愛してる大好き。ね?ほら言えた。だからほら、はじめ君も」
「………っ」
「はじめくん?」
「だからっ……あ、」
「あ?」
「い、」
「…いー?」
すごい赤い。
ものすごく、赤い。
可愛いなあこの人。やっぱり大好きだ。
普段は冷静沈着で格好いいのに、僕の前でだけ、こういう不器用で可愛い面を見せるところとか、ほんとたまんない。
「…はじめ君?」
ちゃんと言って、次はちゃんと聞くから、の意味を込めて、僕は彼の手を握る。
はじめ君はものすごく恥ずかしそうに、けれどぎゅっと僕の手を掴んで、
「……、もういい」
「ん?」
「俺は言葉で伝えるのは下手だと、あんたも知っているだろう」
「……。ええと、つまり、言葉じゃなく、身体で伝えるって?」
「何か問題があるか」
おっと、攻守逆転。
何時の間にやら握られた手ごと絡め取られて、ぐいと胸を押されて、――このままいくとこの体勢のまま後ろに押し倒されちゃう。
「…怒ったの?」
「怒っているわけではないが。あんたを甘やかすのは、俺の仕事だろう?」
ちゅ、と髪に口づけられ、頬を掠めるように撫でられて、思わず背中がぞわっとしちゃう。
…まあ、この反応も想定内。
攻守逆転は少し悔しいけれど、僕は、男の顔をした彼も大好きなんだ。
「――ふふっ、はじめ君らしいなあ」
「なんだ、不服か?」
「いーえ。可愛いね、って、思っただけ」
頬をくすぐる彼の手を取って、細長い、大好きな指先にキスをする。ぺろりといやらしく唇を舐める仕草をすると、彼はあっさりと煽られて、僕の唇を奪いにかかった。
「(愛してる)」
触れた先から気持ちが伝わってくるみたい、だなんて。馬鹿馬鹿しいなあと思うけれど、恋に落ちた人間なんて誰しも感傷的になるものだろう。
僕のこの気持ちも少しは伝わればいい、そう思って、僕は彼の服にわずかにしがみついた。