とりあえず一言だけ言わせてもらいたい。

「僕の方がはじめ君のこと好きだもん」
「そんなことはない。程度で言えば俺があんたを想う気持ちの方が上だ」
「僕だよ」
「俺だ」
「僕!」
「俺だ」
「ぼーくーだーよ!」
「お・れ・だ」

神様、マジでこいつらどうにかしてくれ。



† † †



あの時からだいぶん見目可愛らしくなった犬猫コンビは、今日も仲良く喧嘩していた。それだけなら「勝手にやれ」の一言ですむのだが、問題は、

「ねえ、土方さんどう思います?」
「副長はどう思われますか」

この二人は、なぜか俺が判定役をやるものだと当然のように思っているらしいことなのだ。

「(何故だ…)」

この問題を考えていただけで目の前から三本ほど煙草が消えていった。頭痛の種もいいところだ。
二人は、なぜか俺の目の前で、どうでもいい話題を飽きもせずにえんえん繰り返している。

「僕の方がはじめ君のこと好きだもん。毎日毎日、腹が立つくらいはじめ君のことばっかり考えてるんだからね」
「好いた者のことを考えるのに腹が立つということは、然程でもないのだろう。俺はあんたのことを考えて時間を浪費したなどと感じたことはない。いくらでも考えていられるが?」
「違うよ。好きすぎて、腹が立つんだよ。僕が言いたいのはね、自分でもコントロールできないくらい、どうしようもない気持ちって言うのが存在するんだってこと。そんなことも知らないなんて、やっぱりはじめ君の気持ちの方が薄いんじゃないかなあ」
「あんたの理論は滅茶苦茶だ」
「そんなことないよ」
「――あまり無体を言うようなら、俺にも考えがあるが?」
「へえ、そう。それはこっちの台詞だけどね!」

言いながら、総司は俺の後ろに隠れる。高校1年の総司はまだ発達途中と見えて、一応俺の背後に隠れることができていた。

「はじめ君は土方さんに弱いから、こうしてしまえば強硬手段はとれないでしょう」
「……はあ」

斎藤は困った顔で俺を見る。「副長なんとかしてください」と顔が言っていた。そんなもん俺に言うなと言いたい。

「…俺を巻き込むんじゃねえよ」
「嫌です。土方さんなら、いいはじめ君バリアーになりますから」
「総司。副長に失礼だろう、さっさとそこを離れろ」
「嫌だよ。どうせここから出たら、……」

ぎゅ、と、総司は俺の服を掴む。

「…ま、またいつもみたいに仲直りえっちみたいな流れにな、っ…」

ぼそぼそとした声から、総司が照れているのだということはよくわかった。だが問題はそこではない。
服が伸びている。
総司に掴まれた服の裾が、驚くべき力で引っ張られている。

…おろしたてのスーツが――その繊維がたてる悲鳴が聞こえた気がした。

「ど、け。服を、掴むなっ、総司!」
「ちょっと、土方さんは大人しくしてて下さいよっ、バリアーなんだからっ」

ぐぎぎぎぎぎ、と、派手に引き延ばされる服と、負けじと俺を盾にしようとする総司。
いい加減にしてくれと強く言いたいわけだが、言っても意味がないから俺は「もうどうにでもしてくれ」と言わんばかりに、中途半端な体勢のまま、止まった。

「僕の方がはじめ君のこと好きだって、認めてくれないなら、僕はここから出て行かないからね」

それを俺の懐柔と受け取ったのだろう、総司は強気にそう言い放つ。
ここ=土方歳三の背中だということが理解できてしまう自分が心の底から嫌だ。
ついでに、

「くっ…」

斎藤も斎藤で非常に有効な攻撃をくらったみたいな顔をしているあたり、こいつらは実に似合いのカップルなのだと思う。

「(馬鹿だなこいつらは)」

この空間から抜け出せない時点で俺も結構、まあ、…あれなんだが、その点については目を瞑りたいところだ。

「…あー、斎藤?」
「すいません副長。そのまま総司を引き剥がして俺に引き渡していただけませんか」

総司はさせるものかとより強く服をつかむ。
――ここで俺が無理に引き剥がせば、服が伸びきることだけは確かだった。何故今日に限ってお高い一張羅を着て来てしまったのだろうと思うが、後の祭りすぎて失笑しか漏れない。頭痛がする。

俺は無言で首を振った。さすがにスーツを人質に取られては仕方がない。

「ふふ。――どう、斎藤くん、僕の方が君のこと好きだって認める?」

代わりに、にやにや笑っているこの馬鹿をどうにかしろ、と目で訴えた。
斎藤も目で答える。「御意」と。

「…総司」
「何さ」
「あまり副長にべたべたしない方がいい。――俺が悋気持ちだということは知っているだろう?」
「………」

うっすら微笑みながら、斎藤は一歩、こちらに向かって歩を進めた。とたん、後ろにいるはずの総司の気配が、わずかに下がる。

「…な…何」
「俺の言葉も弁明も聞きもせず、一方的に“認めろ”というのは、公平ではない。そうだろう?総司」
「…ちょ…ちょっと、近寄らなっ…」

ずるずると俺の服をひっぱって、俺を盾にしたまま逃げようとする総司だが、そんなものすぐに追い詰められるに決まってる。

「副長の手をわずらわせるな。わかるな?総司――ここで逃げたら、後が酷いぞ」
「……っ、う」
「いい子だ」
「……、…――」

じりじりと総司は弱った顔で、俺の服から手を離す。それでも俺の身体を壁にして、上手いこと斎藤の視線から逃げているようだ。

「自分の方が俺を好いていると主張するのなら、比較の対象となる、俺のあんたへの気持ちも、心から体感してから言うべきだ。そうだろう?」
「…そ、そういうこと言って。またえっちな方に話を持って行こうとしてるでしょう」
「………。いや、別に」
「嘘だ!間があった!」
「………」

困った顔で、斎藤はまじまじと総司の顔を見た。それから何かを考えるかのように俺に目を向ける。

「どう思われますか、副長」
「そうだよ、土方さん。ねえ、どっちの方が相手のこと好いていると思います?」

振り出しに戻った。
――実はこの流れも今日で5回目である。
いい加減疲れていた俺は適当に答えた。

「ああ?どっちでも大差ねえだろ」
「…副長がこうおっしゃっているのだからもういいだろう、総司」
「よくないよ、だから、そもそも大差があるからこそ普段のはじめ君が――」

わいのわいの。
実にやかましい。やれどっちが先に見染めただの、普段の生活の愚痴やらさりげない惚気やら――聞かされるこっちの身にもなって欲しいものだ。
俺は溜息をついた。

「どうせ斎藤が総司をどっかの空き部屋に連れ込んで喧嘩終了だろ。総司も微妙な抵抗してるんじゃねえよ」

「なっ、」と、かあっと頬を染めた総司が、すぐに噛みついてくる。

「セクハラ発言やめてくださいよ!そもそも僕は、そういう方法で僕の言い分をろくに聞きもせずに煙に巻くそういうはじめ君の態度も気に入らないって、そういう話をしているんです!」
「そうは言うがだいたいはあんたの方から誘うじゃないか。ようするに寂しいから慰めろと、あんたの話の結論はそこだろう?」
「なっ――」

総司はぴーぴーとやかましく怒る。

「誰のせいで僕がこんな気持ちを味わっていると思っているのさ!」
「寂しがらせているなら俺の責任だが。それで気持ちを疑われてはたまったものじゃない」
「だってはじめ君、口ではいつも言ってくれないじゃん!だ、――抱くときはそりゃ大事に抱いてくれてるかもしれないけど、それも最近は意地悪ばっかりだし!僕ばっかり君のこと好きみたいで悔しいよ。いつも余裕がないのは僕の方で」
「…言いたいことはそれだけか?」
「――、だ、…だってそんなの、」

斎藤が少しでも厳しい声を出せば、不安のために総司の口調が鈍る。今だ行け、と、俺は目で斎藤に目配せした。斎藤も目で答えて、また一歩、総司に近づく。

「――っ」

驚きながらも、ここまで来たら総司は逃げなかった。ようやっと俺の背中から離れ、おずおずと、斎藤をうかがう。

「そ、その程度で寂しくなっちゃうくらい、はじめ君のこと好きなんだよ。悔しいけど」
「ああ――わかっている。俺は、あんたのそういう所も恋しく思う」
「……っ」
「総司…」

ああそろそろか、と思ったのでさりげなく視線をはずす。背後で二人が重なる気配と、まあ濃厚な口づけをしているのだろうなと想像がつく程度の水音と、総司の甘えた声が聞こえた。まちがっても健全な高校生に聞かせてはならない音だ。
やれやれ、である。

「は、…はじめく、」
「もういいだろう。いい加減に機嫌を直せ。――あんたが俺を好いていることくらい、知っているから」
「…すごくすごく好きだってこと、ちゃんとわかってる…?」
「あんたこそ、俺がどれだけあんたを好いているのか、わかっているのか?」
「ん…わかんない。教えて」

どうせすりすりと擦り寄っては甘えているのだろう。背後で斎藤のスイッチが入った音が聞こえた気がする。
こいつらの仲直りは激しすぎるのだ。健全な交際どころではない。
やっとここまでこぎつけたかと、俺はもう一度、今日何度目かわからない溜息をついた。

「あー。どうでもいいが、さすがに俺の前でおっぱじめるなよお前ら」
「副長。隣の部屋を貸していただいてもいいですか」
「風紀委員のための部屋なんだろ。好きにしろ」
「それでは失礼して」

斎藤は総司の手を引き、部屋を出て行った。
心の底から思う。

「――馬鹿だな、あいつらは」

平和なのはいいことだと思いながら、俺は今日4度目の煙草に火をつけた。












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