非番が重なり、総司と紅葉狩りに行くことになった。
言ってしまえばそれだけのことなのだが、何やら妙な気分になるのは何故なのだろうと思う。
「…でね、その時土方さんったらね」
「総司。その話はもう何度も聞いた」
「え、そうだった?ごめんね、でも、あの時の土方さんの顔、思いだすだけで何度でも笑えちゃうからつい」
「………」
人の心など知りもせず(この男の事だから、知ったところで気にかけることなどありはしないだろうが)、総司は機嫌よく俺の隣を歩く。隣を歩いているにも関わらず視線は俺にそそがれていた。時折危なっかしい横歩きなんかも織り交ぜたりするものだから、前を見ろと忠告するも「僕が転ぶようなへまをやらかすように見える?」とすげなく叩き返され閉口する。
総司は上機嫌に俺の顔を覗き込んでは、くすくすと笑った。
「今日は非番が重なって良かったなあ」
俺と一緒に出かけることができて嬉しいのだと、総司は、わかりやすく伝えてくる。子どものようにあけすけで、見え透いた好意に、――けれど俺の心は複雑だった。気持ちを寄せられるのは嬉しいのだが、
「(…これではまるで子守の延長だ)」
否。俺が総司を子ども扱いしているわけでは無い。むしろ総司は、俺の方をこそ子ども扱いしてくるような気がする。そんなことはどうでもいいのだ、問題はそこではなく、これが、恋仲にある相手への対応ではないということが問題なのである。
男同士、道中で手を繋ぐだのなんだのできるわけもないことはわかっているのだが、そういう問題でもなく、だ。
――晴れて恋仲になって数日。
軽い接触はあっても、口づけたこともなければ同衾したこともない。そういう雰囲気になったこともない。それが今の俺の悩みだった。
別にいきなりどうこうするつもりはないのだが、少しずつ関係が変わって然るべきだと思っていたのに、いつも通りすぎて戸惑う。
それで今日は、いつものように散歩の延長ではなく“紅葉狩り”にしたのだ。街中の往来を歩くより、人目を気にせずにすむから、というのがその理由なのだが。
「でね、近藤さんがね…」
総司はさっきから近藤さんと土方さんの話しかしない。人目などなくとも、恋人らしい接触など、する気配も無い。口づけなんてもってのほかだ。
――思わず遠い目になってしまった俺を、総司は目ざとく発見して声をかけてくる。
「?なあに、はじめ君」
「いや。何でも無い」
総司は本当に俺が好きなのだろうか。好いた人間と二人で出掛けて他の人物の話ばかりというのは、通常ありえないことなのではないのか。…経験などないに等しいから、こういう時どうしていいのかわからないのだが、これはどう考えても妙な気が。
「………」
だんだん面倒になって、俺は思考を放棄した。代わりに、土を踏みしめて足を止める。
「総司。そろそろいいだろう」
「あ、そうだね。結構登って来たし――うん、ここの奥に大きな岩があるから、そこに腰かけてご飯にしよう」
美味しいお団子買ってきたんだ、と、総司は嬉しそうだ。
もう総司が楽しそうならそれでいいじゃないか、という気になってしまった俺は、適当に頷いて総司の後に続いた。
* * * * * *
大きな岩、と言ったが、さすがに成人男性二人が腰かけるとやや狭い。これは、ともすればちょっとでもひっつけるんじゃないかと言う僕のささやかな下心だったのだけれど。
はじめ君はあっさりと、当然のように端に座り、浅く腰かけた。
「………」
なんでやねんと言いたい。
「(せっかくの非番に二人で出掛けて人目も無くて紅葉が綺麗で雰囲気ばっちりなのに、なんで恋人を引き寄せようともせず端に避ける…)」
斎藤一が何を考えているのかなど僕にはわからない。恋愛に疎いだろうとは思っていたし本人もそう言っていたけれど。
「(…むう)」
僕はわずかに拗ねて、けれどしぶしぶ、はじめ君がわざわざ広く開けてくれた方へ腰かけた。
――恋仲になる前からべたべたとひっついたり、接触が多かったのが悪かったのかもしれない。はじめ君は鈍いから、どういうのが恋人らしい接触なのかがわからないのかも。
…そう自分に言い聞かせること数日、僕はそろそろ限界だった。
「(全然、触ってくれない…)」
別にいやらしい意味ではない。とにかく接触が少ないのだ。それは前からだったけど、恋仲になったんだから、はじめ君の方からも少しは行動を起こしてくれたっていいじゃないか。
これではまるで、僕ばかりが恋仲になれたと喜んで、はしゃいでいるみたいだ。
「(…まあ、そうなんだろうけど、さ)」
それは――惚れた弱味という奴だから、仕方ない。僕は一緒にいれることだけで嬉しいのだ。…ただ、何も無いと、ちょっと寂しいだけで。
僕は、彼の隣に腰掛けつつ、じっと彼を見つめた。が、もちろん彼はそんな視線になど気付かない。
「見事な紅葉だな」
「そうだね。近藤さんにも見せてあげたいなあ」
ヤケになってそう言う。
…そうだ、これもだ。せっかく二人きりになったというのに、会話の内容にも色気がない。
さっきから僕は他の男(まあ近藤さんと土方さんだけど)の話ばかりしているというのに、意にも介さず彼はいつも通りだ。僕だったら、二人きりの時に他の男の話ばかりされたら盛大に拗ねる自信があると言うのに。
少しは何か文句が来るかと思っていたのにそんなこともなく、彼はいつも通りだ。それが少し悔しい。
「…でも、ほんとに綺麗だなあ」
あんまりはじめ君にばかり気を取られるのも癪だったので、僕も目線を紅葉にうつした。少し見るだけで満足して、僕はすぐにはじめ君に視線を戻す。涼しげな横顔に意思の強そうな瞳が、今は少し緩んで見えた。
「はじめ君って、紅葉好きなの?」
「ああ。美しいと思う」
「へえ。思ったより、風流のわかる人だったんだね、意外」
「風流…ではないと思う。絵画や骨董はよくわからんが、こういう、大きな物を見るのは好きだ」
ふうん、そっか、と適当に相槌を打つ。
…その言葉、僕に言ってくれたら嬉しいんだけどなあ。
「(…駄目だなー)」
うーん、何かないかな。この朴念仁に、少しは僕を意識させる、何かいい言葉が。
「あ!ねえ、はじめ君。ちょっと冷えてきたね」
「…そうか?動いている間はそう感じなかったが――」
彼は、そう言いながら何か僕に貸せる防寒具を探す。
「(惜しい)」
僕が欲しいリアクションはそれじゃない。傍によって「ぎゅー」ってしてほしいだけなんだけど。
…自分から行ったらいつも通りだし。
「…ん、やっぱりいいや。言うほど寒いわけでもないから」
惜しいなあ、違うんだよなあ、と思いながら僕は、彼が襟巻をはずそうとするのを丁重に辞退する。はじめ君は怪訝な顔で、「そういう訳にもいかぬ」と言った。変に意固地になってしまったらしい。
「あんたは風邪をこじらせやすいのだから」
「いや、ほんとに寒くないんだよ。さっきのは――」
下心ゆえの発言でした、とは言えない。
困っていたら、はじめくんが溜息をついて、僕の手に触れた。
「!」
思わずびくついてしまう。はじめ君の方から僕に触れてくれるのなんて、情けない話だけど、本当に少ないのだ。だから驚いたのだけれど、はじめ君の方はまるで動揺などせず冷静なまま、
「…冷えている」
そう、憮然とした声で言う。
「そ…う、かな」
握ってもらえたことが嬉しくて、僕も少しだけ力を入れ、彼の手に触れる。しかめっ面のはじめ君は、そのまま手を自分の首元に持っていき、ぐいと襟巻を引っ張った。
ちょっと色っぽい仕草だなあ――などと考えてしまってから、何を考えているのだと慌てて目をそらす。
「総司」
「いいよ。いらないって。はじめ君も過保護だよね」
「いいから着けていろ」
「いいってば」
「いいから」
「いらないって」
「総司」
「……」
少しでも怒った声を出されると、弱い。本日二回目の惚れた弱味だ。僕は大人しく、彼の綺麗な瞳を覗き込んで、目をそらした。
「…あんたは自分を顧みなさすぎだ」
「…斎藤くんの方が過保護過ぎなんだよ」
「過保護で結構。あんたにはそれくらいで丁度いいだろう」
ぐるぐる、と、首周りに彼の襟巻が巻きつく。僕は、ぐいとそれを引っ張って、恨めしくはじめ君を睨んだ。
「はじめ君の頑固者」
「何とでも言え」
「あーあ。こんなものより、はじめ君に暖めて欲しかったのに」
「………」
「ちょっと、何で顔赤らめてるの。そういう意味じゃないよ馬鹿!」
…でも、まあいいか。
はじめ君の、こういう優しいところが好きなのだから。
鈍いところも可愛い。ぜんぶ、ぜんぶ、好きだ。だからもういいや。
たまには強引に来て欲しいと思わなくもないけれど。
「はじめ君、紅葉もいいけど、僕の事もちゃんと構ってね?」
せっかく二人きりになれたのだから、楽しまなくては。
僕はとびっきりの笑顔を浮かべて、困った顔をしているはじめ君に、団子を差し出した。
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