「…ひ、じかた、…さ…」
「総司、無理するな。少し横になっていろ」
「……ッ、ん」
「全く――ああいう行為はお前らにとって負荷が強いって知っているはずだろう、」

低く言う土方さんの声にはありありと心配が浮かんでいる。弟の様子が妙だったことに気づいているのだろう。

「(――身体、熱い…)」

嫌がるところを無理矢理押さえつけられたのは、はじめてのことだった。

弟はいつも優しい――というより、甘い。僕にはとことんまで甘くて過保護だから、まさかこんなことをしてくるなんて思わなかった。
だから抱かれている時は混乱していた、…というより、恐怖していたと言ってもいいかもしれない。

「(あの子があんな顔をするところを、僕は初めてみたかもしれない)」

でも。
今は、少しどころじゃなく冷静になった。

「辛いか?」
「…ッ、辛くない訳ないじゃないですか、」

喉の奥が熱い。身体がだるい。火を持つように食道あたりが痛んでいる。
僕は腕に力を入れてみた。びりびりとしびれ、皮膚の内側を虫が這うような、妙な感覚がする。だが、これならまだマシだ。本当に酷い時は感覚すら失せる。

「総司」

ぐ、と腕に力を入れて起き上がろうとする僕を、驚いた声で土方さんが制止する。

「…、どいてくれます?」
「何やってる、馬鹿!そんな身体で無茶をするな、寝ていろ!」
「無理ですよ、だってあの子が傷ついてる」

疲れているのは僕だけじゃない。この身体の熱も、何もかも――僕よりもむしろ辛そうな顔をして、あの子は僕を抱いていたのに。
それを放って寝てろって?
そんな馬鹿な制止意味がないって、土方さんだってわかってるはずだ。

言外にそう含めた視線でねめあげると、土方さんは渋面を作った。

「あいつなら斎藤が追いかけてる。しばらくは大丈夫だ」
「――嫌ですよ」
「総司」
「僕はあの子が傷ついているのに放っておくなんてできないんです。知ってるでしょう?」

あの子がどれだけ僕に心を砕いているか、土方さんだって知っているはずだ。自分のことなんて後回しにして、いつだって僕の背中を見てくれていた。僕の心が壊れないように、大事にしてくれていたんだ。
僕はそれを知ってる。
自分は化け物なんだと、あの子は言った。十にも満たない子どもの身の上で、兄であるはずの僕に、「だから怖がってもいいんだよ」と言ってのけた。
そう言ったあの子の方が、むしろ恐怖に怯えた瞳をしていたくせに。

「(ばかだなあ、)」

僕は覚えているんだ。
触れたら壊れるんじゃないかと怖がるみたいに、大事に僕に触れる指先だって。

…あの子はとっても心配性で、怖がりで、寂しがりで。
僕が眠れるようにといつも一緒にいてくれるけれど。
本当に眠れないのは、僕もだけど、むしろあの子の方だってこと、気付いていないとでも思っているんだろうか。

「怖がりなんですよ、あの子」
「知ってるよ」

土方さんは、あの子の出ていった方を軽く目で追うような仕草を見せた。

「だからこそだ。今お前に無理させたら、後で自分を責めるのはあいつの方だろう」
「…それは、」
「あいつが何よりも恐れるものは、お前の“死”だ。お前が肺に毒を飼っていることを忘れるな――医者として言う。体力の落ちた今、お前が発作を起こす確率は段違いに上がっている。今日は絶対に部屋から出るな」

思わず睨みつける僕を、土方さんはまるで気にも留めなかった。すらすらと続ける。

「肺への負担を減らすべきだ。抗菌されているこの部屋とは違って外の空気はそれだけでお前の肺に悪影響なんだよ」
「…でも!」
「でもじゃねえ。そもそも、今ここであいつを追いかけること自体、あいつが望んでいない。お前の自己満足のためだけに犯すにはリスクがでかすぎる」
「自己満足、結構じゃないですか。いいからそこをどいてください」
「行かせねえよ」
「土方さん!」

土方さんはいつも正しい。それはわかってる。わかってる、けど。
でもこれは譲りたくないと睨む僕を、土方さんは小さく笑った。

「――昔っからそうだったな、お前は。“あの時”からずっとそうだ。大事なモノに関わることとなるとただただ盲目で、ひたむきで、相手の事を考え過ぎるあまり馬鹿になる。普段は器用でそつがないのにな。体調が悪い癖に、“近藤さんが誘ってくれたから”なんて馬鹿な理由で無理して倒れたり…ほんとうに手のかかる子どもだったよ、お前は」
「…はあ?」

意味がわからない、と、僕は眉をしかめる。

「誰ですか、近藤さんって。…そんな人、僕は知らないですけど?」
「……、…そうだろうな」

土方さんは「寂しいことだな」と小さく言って、何の説明もする気がないのだとよくわかる冷静な声で、続けた。

「お前を止めるのはいつだって俺の役目だった。それだけの話だ」
「なにそれ、…ん…ッ!」

急に。
土方さんの手が、僕の咽喉に触れた。まるで生き物じゃないみたいに冷たい。でもたぶんこれは土方さんが冷たいんじゃなくて、僕が熱いのだ。
指先の感覚が、失せ始めていた。

「……っ」
「…その状態じゃまともに眠れもしねえだろうな」

やれやれと溜息をついた土方さんが、ベットの上に乗り上げる。僕は思わずと言った感じにベットの端に避けた。先程まであの子がいた場所におさまりながら、土方さんは僕のお腹のあたりに手をやる。

「ここも辛いだろう。一度イくか」
「や…っ」
「このままじゃ眠れねえだろう。手伝ってやるよ」

まさかの展開に、僕は身体をよじる。当然のようななめらかな動きで、土方さんは僕の頬の横に手をついて、顔を寄せてきた。

「意地をはるな。辛いんだろう?」
「…僕のことなんかどうだっていい!あの子を、」
「そういう態度があいつを何より傷つける。いい加減にわかれ、お前は“大事にされている”んだよ」

睨みつけたってびくともしない。ふてぶてしい整ったその顔に、せめてものあがきとして悪態をついた。

「ここで僕に手を出したら、本気で軽蔑しますからっ…」
「出さねえよ、ばーか。餓鬼は黙って甘えてろ」
「………」
「イかせるだけだ。安心しろ」

なんだかんだでこの人と性的な接触なんてしたことがない僕は、――正直言うと少し緊張していた。この人がないと言ったのだから、僕を抱くことは絶対にないだろうけれど、…そして確かに中途半端に止められた快楽の続きは欲しいけれど、でも。

「…う、…っ」

せめてもの抵抗にと弱い蹴りを繰り出すと、土方さんは鼻で笑った。

「…あいつならちゃんと後でお前のところに帰してやるから。今は自分の身体のことだけ考えろ、いいな」

敏感な部分に触れる指先が、いつものあの子のものじゃない。そのことが酷く違和感で、勝手に身体が震える。嫌悪感はないけれど、土方さんのふてぶてしい冷静な顔がなんだかとても癪に障って、僕はせめてもの嫌がらせとしてその唇に唇を押しあてた。