その悲劇性がどこにあったのかなんて知らない。
自分の生きる理由がどこにあるのか。そんなもの、とっくに決められていたんだ。

わかりきっていることに思考を裂くほど、僕は子どもではない。

「ねえ、気持ちいい?」
「ぅ、…っひ、…ぁ、あん、…ァ…っ、」

愛しい兄のために、すべてを捨てること。僕が生まれた理由なんてそれだけしかない。
それだけの単純極まりない理由でも、僕はそれに満足していた。

――この世界に沖田総司は二人いる。
影である僕と、光である本物の沖田総司と。
影である僕は白い髪に緋色の瞳で。光である沖田総司は栗色の髪に翡翠の瞳で。

体内に猛毒を飼った状態で僕らは生まれ、その特殊性が故に医療機関に放り込まれた。何でも、普通の人間だったらとうに死んでいる程の毒が僕らの肺を犯しているらしい。どうして死なないのか、という研究にはじまり、今や僕らは便利なモルモットだ。――致死性は十分でありながら、僕らの肺を犯す毒は、特殊な条件下になければすぐに消えるたぐいのもの。つまり獲物をしとめた後は、影も形も残さない、暗殺に適した毒らしい。

あんさつ。
言ってみれば陳腐な言葉だ。いくら平和をうたったこの国でも、物騒な力を手に入れたがる輩は後を絶たないらしい。

「ひゃ、…ぁ、やっ」

その物騒な毒を体内に飼っているはずの兄は、弱弱しく僕にしがみついた。身体の奥を男性器で貫かれているのだから当然苦しかろうと思うが、それだけではなく、あきらかに感じ切った表情で縋るように僕を見る。自分と同じ顔だというのに、僕には到底できない表情だ。綺麗だと、素直に思う。

「ふふ。苦しいのがイイの?」
「…っぁ、ん…んっ…!」

ふる、と、懸命に首を振ろうとするのを口づけで止める。んん、と苦しげになる吐息には気付かないふり。
この“沖田総司”は、寂しがりなのだ。僕がいないと寂しくてたまらなくなる。だってここには近藤さんがいないのだ。兄は――沖田総司は、前世の記憶を持っていない。だから彼が心を許す存在も、その生きる理由も、片割れである僕にしか、無かった。

この肺の毒のために、彼と僕は親に捨てられた。味方など誰もいない。モルモットに同情などしては研究が立ち行かないからだ。
けれど。
ニンゲンであるところの兄は、誰も味方がいない中、ただのモルモットとして生きることに耐えられない。だから兄は僕に頼る。沖田総司としての、前世を持たない彼は、今は弱いただの子どもなのだから――

「(まあ、そうでないと困るんだけどね)」

でなければ、僕が生きる意味がなくなってしまう。

「好きだよ、兄さん――」
「っぁ、…あ…!」

ぐちぐちと弄るように僕は彼の奥を突く。兄は域値を超えた快楽に、訳も分からず首を振りながら、びくびくと震えた。どろっとしたものが腹にかかる。

「イった?早いね」
「…ん――っは、……ぁ、…もっ、君、が、頑張りすぎなんだよ…!」

未だに快楽の尾を引きずりながら、彼は僕を見る。
全身の力を抜いてベットに沈み込む兄の額に口づけながら、僕はニヤニヤと笑った。

「相変わらず快楽に弱いね、兄さんは」
「――ちょっと黙って。まったく、こういうときだけ強気になる…それに兄さんって呼ぶのも止めてって何時も言ってるじゃない。双子なんだから」
「先に生まれた方を兄さんって呼ぶのは、世間一般の常識じゃない?」
「そんなの、ほんのちょっとの差じゃない。普通に総司でいいよ。…まあ、君も総司だけど」
「わかりにくいよ」
「わかりにくいけど。僕じゃない方の総司は君なんだから、不便ではないでしょう」
「……ふふ」

僕は曖昧に笑う。
彼は単に自分の名前を僕に呼んでほしいだけなのだ。寂しがりな彼は、僕に名を呼ばれることで安堵したいだけなのである。

「総司兄さん、って?」
「だから、兄さんは余計」
「あはは、可っ笑しい」

僕にとっての“沖田総司”は彼しかいない。だから、兄が言いだす言葉の一つ一つが面白かった。
確かに僕らは一人の人間として一つの名前しか用意されていないけれど、それでも沖田総司は彼だけだ。

「(君のためなら僕は全てを捨てるよ、…なんて言っても、兄さんは喜ばないんだろうけど)」

わかってはいる。律儀に【沖田総司】をはんぶんこしようとしている兄は、優しい。僕にはとても優しい――けれど歪んだ心を持った、まぎれも無い沖田総司だ。綺麗で悲しい、うつくしい人だ。

「何が可笑しいって?」
「だって」

にやにや笑う僕に、兄は不服そうな視線を投げる。僕は答えずに笑って、彼の髪を撫でた。

「(影に名前なんていらないでしょ)」

毎晩こうやって抱いてやらないと眠れもしない兄を腕の中におさめて、この人のためならば何でもしようと、子どものようなくだらない決意を秘めて目を閉じた。
馬鹿みたいに単純な願いしか僕には無い。けれど、この子どもじみた願いは、世界中の誰のそれよりも強い。

生まれる前から決まっていた。僕はこの人を守るために生まれたのだと。

――兄は目を瞑った僕を、かすかに笑う気配でもって迎え入れた。その小さな笑みが愛しかった。僕が生きる理由なんてただ一つしかない。けれど、それは誇らしいことだ。
たった一つがこれほど大事なのだから。

「寝よっか」
「うん…僕、もう眠い…」
「おやすみ」

優しく髪を撫でる手つきに、柔らかい声。
僕の意識は、そこで柔らかくほどけた。