俺の恋人は極端に悋気持ちである。 誰ぞと長い間話していただけで、何を話していたのか、等、それとなく詮索されることもある。 女と特別に仲良くするなどもってのほかだ。 一度その場面を目撃されれば、「ずいぶんと仲が宜しいことで」の嫌味から始まり、拗ねて、ずいぶんと根に持つ。 そして二度同じ女に会うと、今度はやや焦る。「前も会ってましたよね」の台詞から始まり、俺とその女がどういう関係なのか、遠回しに尋ねてくるのだ。 まさか本気なのか、と、俺の本意を知りたがる。 その時の総司の頑なさにはやや骨が折れるが――まあたいていの場合、俺が惚れているのが誰なのか、とっくりとわからせてやれば次の日には落ち着いているから問題はない。 「(問題は、ないんだが…)」 ようするに沖田総司とは、そういう奴なのである。 ヤキモチ妬きだ。気まぐれなくせに執着が強い。浮気に関してはまるで寛容さの欠片もなく、怒ったり悲しんだり落ち込んだりと、大いに振り回されてくれる――それが面白い、と言ってしまえば、それはそうなのだけれども。 もう一つ、こいつの面白い点は、本人がそれを認めようとしないことだ。 俺の恋人であるところの沖田総司は、妬いている時に、本当にヤキモチを焼く。 「…総司。わざわざ俺の部屋で餅を焼くな、こげくせえ」 「仕方ないじゃないですか、部屋の外は風が強すぎるんです」 「今は来客中だ」 「知ってます。だから歓迎の意思を込めて焼いてあげてるんですよ」 「餅をか」 「ええ」 わざとらしいくらいの棒読みで、総司は唇を引き結んだ後にこう言った。 「焼き餅焼いてるんです」 晴天。眩しい日差しの中で、珍しく屯所内に女の客が来た。 多摩の実家からの使いだ。 馴染みの女である。どうやら近くに用があり、もののついでに立ち寄ってくれたそうだが―― 総司は、俺と親しいこの女を警戒して、何も間違いがないかを確認するかのように傍にいるのである。 バレバレな嫉妬心から来る行動だが、総司自身は、その“嫉妬心”を認めようとしない。 そのため、傍にいるための理由としてこの焼き餅を持ち出してくるのだ。 襖をあけ放ち、少し離れた位置――俺と女の動向を観察はできるけれども、話の邪魔にはならない。そんな程よい距離感をおいて、餅を焼く。 「(…………)」 言葉だけ聞けばまんまだが、総司本人は「餅を焼く」ことは認めても「妬いている」ことは認めない。 実際絶対に妬いているくせにだ。 「(…まあ、そこも好きっちゃ好きなんだが)」 俺が女と二人きりになるだけで、嫌がるのだ。ずいぶんな悋気持ちと言えるだろう。 そんな総司の甲斐甲斐しい邪魔のおかげで、ついぞその女と俺がまともに二人きりになることはなかった。 …まあ、総司が背中だけで無言の圧力をかけているのが面白くて、俺はついつい女を引きとどめ、当初よりも長い滞在になってしまったが…それはまあ何というか、ある意味不可抗力のようなものだろう。 総司が素直じゃないのが悪い。 最終的に、総司はすっかり拗ねて、部屋の隅で一人で餅を食う運びになってしまった。 昔馴染みのその女に別れの挨拶を告げ、門まで送った後で部屋に戻ると、総司はまだ餅を焼いて拗ねている。 「……おいこら総司。いつまでヤキモチ焼いてるんだよ」 言葉通りの意味だ。俺はもう腹いっぱいで食えそうにない。 しかし総司はまだ拗ねているようだった。 “まだ怒ってます”ということを主張するためだけに、えんえんと餅を焼く。 “餅を焼く”口実でこの部屋に居座ってやろう――という腹積もりらしい。別に嫉妬しているわけではない、という、嘘丸出しの主張をしたがる。 「…うるっさいなあ、おなか減ったんですよ。お餅食べたい気分なんです」 嘘をつけ。 さっきから何個餅を食うつもりだお前。やけ食いか。 「煙くせえんだよ。いい加減止めろ」 「換気してるから大丈夫でしょ」 「はあ…あのなあ総司、ちょっと女と話をしていただけだぞ。こんな大げさに嫉妬しなくてもいいだろうが」 「はい?何の話です?誰が誰に嫉妬しているって?」 「あのな、」 「まさかとは思いますけど僕が土方さんにとか言わないでくださいね。僕は別に嫉妬なんてしてないですよ。ええしてませんとも。へらへらしてる貴方のことは嫌いですけど」 棒読みかつ早口でそう言って、腹の立つ言い方で付け足してくる。 「ああでもまあ、昔馴染みの綺麗な女の人に久しぶりに出会えたんですものね。ちょっとくらい浮ついた気持ちになるのはわからなくもないかなあ――ええ、いいですよ別に。僕はあなたが何してたって、ぜんぜんまったく気になりませんから。どうぞお好きにしたらいいじゃないですか。僕は僕で好きにさせてもらいますから」 「確かに、あの人は美人には間違いねえけどな。旦那がいるのに手を出すほど節操なしじゃねえよ」 「……。旦那がいなければ考えたってことですねそれ」 らしからぬ低音に、笑ってしまいそうになる。 総司はやつあたりのようにうちわで七輪の火を煽り、ごうと燃える炎を瞳に映らせて、俺を睨んだ。 「――餅が焦げてるぞ総司」 「燃やしてんですよ」 「焦がしてどうするんだよ」 「土方さんにあげます。ほら」 そして、長箸でひっつかんだ餅を俺の口に向けて押し付けようとしてくる。 すんでのところでかわせた…と思った次の瞬間には方向転換した箸が俺をとらえていた。 唇にクソ熱い餅が押し付けられる。飛びのいた。 「熱ッ…何しやがる!!」 「美味しいヤキモチだから食べさせてあげようと言う親切心デスヨ」 「嘘つけ明らかに悪意だろうが…!」 ひりひりと表面がかゆいような、痛いような…もしかしてこれ、皮が剥けたんじゃないか? 舌で唇を舐めたら、べろりと皮膚が剥がれ落ちた。 …やっぱりか。ちくしょう、痛い。赤くなってるんじゃねえだろうな。 総司は、やや溜飲を下げたようで、ニヤリと黒い笑みを漏らした。 「そうそう、そういう顔をしてればいいんですよ。ニヤニヤしまりのない顔しちゃってさ。さっきの土方さん、正直見てられませんでしたから」 ふふん。 総司は長箸をくるくると回しながら、楽しげに言う。 「ちょっとばかしモテるからっていい気にならない方が身のためですよ。いつか刺されますから」 …この野郎。 そっちがその気ならこっちだって考えがある。 「その心配はねえよ」 「そうかな、十分にあり得る未来だと思いますけど。ああやって誰にでもいい顔をしていたら、恨みが積もってしまいには――」 「それでも問題ねえって言ってるんだ。俺には最強の護衛がついてるからな」 「……。はあ?」 「お前が俺の傍についてんだろ?だったら俺が死ぬわけないだろうが。お前は新撰組一の剣客で、俺の恋人で、かつ、俺がただ一人命を預けられる男だ」 「なっ…?!?!」 キッ、と睨み付けるついでに、長箸で俺を指す。行儀の悪いことだ。 「意味わかんないんですけど?!なんで僕が土方さんの護衛なんか、」 「お前は俺の恋人だから、ずっと傍にいるしな。俺を守るのはお前の役目、その逆もしかり、だろう?」 「…ぼ、僕はこんな不誠実なコイビトを持った覚えはないです!だから守ってあげたりなんか、」 「本当にそうか?」 「そうですよ。…ばか」 爆笑したいのをこらえるのに必死だ。総司は顔を赤らめている。 …実はまんざらでもないのが丸わかりだ。 剣の腕を認められることを、こいつはことさらに喜ぶ。 「……お前はごく稀に物凄く可愛いから手に負えないなあ」 「ああ、はいはいすいませんね、“ごく稀”で。普段は女の人と違って素直じゃなくて、しかも面倒くさい奴だって思ってるんでしょう」 「そうだな、女と違って素直じゃなくて、面倒くさくて、でもごく稀に世界一可愛いことを言う俺の恋人だ。俺の背中はお前にしか任せられねえよ」 「…だからっ、ごく稀にって何なんですかっ…!」 幾分噛みつき方が弱ってきているから、…どうやら多少は誤魔化されてくれたらしい。悋気持ちな俺の恋人は、同時に口説かれるのが多分に苦手である。少しでも甘いことを言えば、条件反射でまぜっかえすか、逃げる。 「――いつも可愛いって言ってほしいのか?」 だから敢えての甘い言葉で追撃した。 「…ッ、そ、んな訳ないでしょ!もういい!僕のこと邪魔なんだよね?出て行けばいいんでしょ、出て行けば!」 とたんに総司はソワソワして、慌てて七輪を片付け始める。 甘い言葉に耐性が無いのだ。 逃げるつもりらしい。 「(…面白い)」 思わず真顔になるほど、総司の慌て方は面白かった。 「さよなら!」 らしくもなく、足音をたてて、慌てたように厨へと駆けていく。 ここで追いかけるのもそれはそれで楽しいのだろうが…、さて、どうするか。 「(からかいすぎるとまた拗ねるんだが…まあ、いいか)」 あんな素直にヤキモチを妬く方が悪い。 機嫌よく立ち上がって、俺は総司の部屋へと向かうのだった。 |