ぎし、と、音を立てる床に――僕は目を覚ました。


「……ん……、ちか、げ?」
「ほう。寝起きですぐに俺を判別するとは…その忠誠はなかなか見上げたものだな、沖田総司?」

風間がいた。
まるで当たり前みたいな顔をしていたので、こちらまでそれが「当たり前」のような気がしてしまったけれど…

「…………いやいや」

深呼吸。吸って。吐いて。もう一度目を開けて。…やっぱりふてぶてしい顔が目の前にあって。
どうにもこれは夢ではないらしいと気づいてから、僕はもう一度、ため息をついた。

「…何しに、きた…のかな、見ての通り、僕は今、療養中なんだけど」
「見ればわかる。お前が体調を崩したと聞いたから来てやったのだ、光栄に思うがいい」
「はあ…お見舞いのつもりかなあ。君がいても邪魔なだけなんだけど」

できるだけ辛辣に言ったつもりだけれど、声に力がないからか、その言葉からは思ったよりも棘が抜けおちていた。風間は興味深そうな顔だ。

「俺は貴様の素直でないところも気に入っているが。しかし憎まれ口にも元気がないな?」
「………」

僕は口をねじまげた。
絶対に弱みを見せたくなんてないこの男に…そんな言葉を言われたことが、ちくちくと心臓を刺激する。
身体が重くて、頭もぼうっとして――なんて、そんなもの言い訳にもならない。

「(役立たずな僕を、この男に見られるのは嫌だ。…ひ弱な人間って、そう思われたら、…)」

虚勢を張って元気なふりをしても、目ざといこの男は見逃してはくれないだろう。
だから僕は、無言のまま風間を睨み付けた。精一杯の「帰れ」をこめて、できるだけ鋭い目つきになるように、額の中心あたりに力をいれて。

「…帰れよ、いいから、もう」

風間は何を思ったのか、僕の額に指をのせて、さらさらと撫でてくる。
…ちょっと気持ちいい、なんて思ってしまったのは内緒だ。
僕は懸命に睨み付ける。

「…なに」
「弱っているお前も、なかなかに美しいが…しかし覇気がないのはつまらんな。さっさと治せ」
「治せるもんなら…けほっ、治してるよ、」
「――そうか」
「う、…っ…けほ、…ん」

咳き込むと涙が出そうになる。そんな顔をこの男に見せるわけにはいかない。僕はおなかに力を入れて、口を手で覆った。

「…ん…けふ」
「そうか。お前は熱が咽喉に来るのだったな」
「………」

乾燥は敵だ。僕は口を閉じ、何度か唾を呑み込んで、喉を潤そうとした。しかしそんなものはまるで無駄だったようで、すぐに抑えきれない咳がのどをつく。
風間は、不快そうに眉をひそめた。それが嫌で、僕は顔をそむけ、布団に顔を押し付ける。

「ン…ッ」
「抑えるな。無理におさえようとすると余計に悪化する」
「は、…ん、…るさ…けほっ、ごほっ、」
「ふん…強がりめ。そういうところが気に入っていると言えばそうだが、しかしこういう時くらい可愛げを見せたらどうだ?」

何を馬鹿なことを言っているんだこの男は。
正直、今口を開けばむせかえりそうだったけど、これだけは聞き捨てならない。咳き込まないように注意しながら、僕はかすれた声を絞り出した。

「…こほっ…あんたに、可愛いと、思われる、なんて、…気持ち悪くて死ぬ」
「なら貴様はもう何度死んだかわからんな。馬鹿なことを言ってないでさっさとそれを離せ」

僕の反応に苛々したようで、風間は布団をはぎ取りにかかった。それが嫌で、僕は必死に、布団を掴む。
さすがにもう声を出すのは怖かったので、口を閉じて、喉の奥だけでうなった。

「んん…!」
「威嚇するな。…まあ、その情けない顔は、見ていてかなり気分がいいが」
「んー!」
「そうか、悔しいか。喋れないお前というのもなかなか新鮮でいい」
「……!」
「しかしこのままでは抱くこともできんな。やはりさっさと治せ」
「……っ、……!」

近くに置いてあった枕を投げようとしたら、その前に手首を掴まれて、布団に押し付けられた。そのまま仰向けにさせられて、無理矢理布団をはぎ取られる。
熱のせいで、手がしびれてうまく力が入れない。布団を握り締める力も弱くて、はぎとられるのはあっと言う間だ。せめて身体をねじることで抵抗しようとしたけれど、風間はそれすら面白そうに笑う。

「――否、抱くのも一つの手か…俺にうつせば、お前の治りも早まるというもの」

冗談じゃないこの色情魔!
なじってやれないのが至極残念だ。

睨み付けるだけでは足りなくて、足でけり上げた。それを鼻で笑われ、「じたばたするな」と耳元で言われ――かあっと熱が頬に集まる。
僕の必死の抵抗を、「じたばた」なんて可愛い表現で指摘されたのが、たまらなく屈辱だった。
別に剣の腕は関係ないのに、…剣で負けた時のあの感覚がよみがえってきて、

「……あ、あんたになんか、何もやるもんか…ッ僕のものは何一つあんたなんかにはやらな、…ッ」

こいつの思い通りになるのが悔しくて、僕は喉から声を絞り出す。そうしたらツンと痒いような衝撃が咽喉の奥にあって、僕はこらえきれずに咳き込んだ。

「ほお。さすがに強がるな、沖田総司」
「けほッ…っ、…!」
「…やはり貴様の泣き顔は悪くない」

文句を言おうと口を開いたら、もうこらえようのない咳がでて、その苦しさに涙がこぼれる。生理的なものだから仕方ない、という言い訳は通用しない。僕は必死に顔をそむけた。

「……ッ、けほ、…ぐ、…」

でてけ、の意味を込めて必死に手を振っても、それをからめ捕られてしまえばもう抵抗もできない。
息を止めようと躍起になるから、はなせ、の言葉もうまく言えない。


僕の咳がほんの少し収まったのを見て、にやにや笑いながら風間は僕の唇を撫でた。もう喋る元気もない僕は、咳が怖くて唇をかみしめている。いつもだったら噛みつくのに、それもできない僕を風間はどう思ったのだろう。

「…かざ、…ん、…ん」

ぺろりと舌なめずりをしたかと思うと、僕の上に覆いかぶさって――口づけを、した。
熱い。
熱をもった僕の唇でも、風間の唇は熱く感じた。吐息も、濡れた舌も、たまらなく熱い。

「……んぅ…ッ」

心臓が五月蠅い。久しぶりの口づけだからか、どきどきして、かっと頬が熱くなって。
いたずらに唇を舐められた時なんて、馬鹿みたいにか弱く震えてしまった。

「(駄目だ。駄目だ。風邪が、…このままじゃ僕の風邪がうつっちゃ…うあ)」

そのうち悪戯の延長でするりと素肌の胸を触られて、咽喉の奥の悲鳴を押し殺す。
僕はびくりと大げさに震えて、睨み付けながら、必死に身体をねじろうとした。しかし風間は悠々とその抵抗を封じ――その力の強さに恐怖する。

やばい。これは犯されるかもしれない。
僕は次に来るだろう衝撃が予想できなくて強く目をつむって――






「てめえ風間!!人のことを無視して勝手にふらふらしてんじゃ――って」




そうしたら。
なんともな現場に鬼の形相で飛び込んできたどこかの組の鬼さんが、怒声なのか悲鳴なのかわからない声をあげ。
ほんとうは悲鳴をあげたいのはこちらだったんだけど、もちろんそんなことができる訳もない僕は――



「(み、み、…見ら、…見られた…!!!)」

もう何がなんだかわからなくなって、思いっきり風間の顔を押しのけた。
















〜おまけ〜


「布団の中に籠城とは…照れているとはいえ、ベタなことをするものだな。まあその初々しさも愛らしいと言えばらしいのだが」
「おいこらバ風間。何一人で悦に入ってやがる…俺は、総司の見舞いに行けと言ったはずだが?」
「見舞っていただろうが」
「俺の目には押し倒しているようにしか見えなかったんだがな」
「気のせいだ」
「ああ?気のせいなんだろうな本当に」
「……しかし貴様が俺を招き入れるとは思わなかったな。どうした心変わりだ?俺とあいつのことに関しては、貴様は反対していたはずだったが」
「癪だが、お前がいると総司が元気になるんだよ」
「ほお?」
「心の底からお前のどこが良かったのかさっぱりわからねえんだが、惚れた好いたは理屈じゃねえからな」
「そうか。隠そうとしてもなかなか隠れない恋情というものは、愛いものだな」
「あいつはそういう意味では素直なんだよ」
「身体は素直、というやつか…」
「……いやらしい言い方をするんじゃねえ。……おい、まさかてめえ、総司に手え出してねえだろうな…?!百歩譲っても俺は清い付き合いしか認めねえぞ」
「……。………。はっ」
「鼻で笑った!今鼻で笑いやがったな?!てめえまさか総司を、…おいこらこっち見ろ目え背けんな!!」