沖田と恋仲になって数週間。 今日は、はじめての部屋デートである。 デート。 そう、デート、デート……だったはず。だったよな? 「何やってるんだよ沖田!」 「え。何って――エロ本でも探してみよっかなーなんて」 「座ってろ!いいから!そこを動くな!一歩もだ!」 「動かなくたってベットの下は探れるんだ、よっと!」 「お前なああああ」 沖田はとても楽しそうである。ご満悦、というか、にこにこして楽しそうで、機嫌もすこぶるいい。 ただし機嫌がいいからといって無害かというと、この男、けしてそんな簡単な人間じゃない。 まったくもってどこに惚れたのやら自分でもわからないが――からかうのが好きで、いじめることが大好きだから、俺たちはいつもこんな感じだ。沖田が俺をからかって、いじめて。俺は怒るけれども、最終的にはいつも沖田が勝って、俺は負ける。 とはいえ、一つだけ声を大にして強調しておく。俺は断じてマゾヒスト的な趣向はない。 仕方がないな、という諦めが板についてきたのは事実だけれども、別に沖田にいじめられることが嬉しいとか楽しいとか、そういう感情は、持ち合わせていない。 「(ならなんで一緒にいるんだよ、と言われると…返答に困るんだけどなあ…)」 好いた惚れたは理屈ではない、というのは本当らしかった。 部屋デートのしょっぱなから沖田は、珍しく綺麗に掃除をしている俺の部屋の、あろうことかベットの下だとか、本棚の下だとか、エロ本を隠していそうな場所を探索しはじめていた。 手に取った本をパラパラとめくっては、実に楽しそうな声を出す。 「意外だなあ。君のエロ本の隠し場所ってベットの下じゃないんだ?犬にしては頭使って隠してるんだね」 「お前は!俺の部屋に!何をしに来てるんだ!」 「それは、まあ。とりあえずは初のお部屋デートなんだし、コイビトの弱みでも握ってやろうかなーと思って」 「なんで恋人の部屋で弱み探しに張り切ってるんだよ…」 「ま、別にいいじゃないそんなことは。それよりもエロ本の位置さっさと白状しなよ。ベットの下じゃないとしたら、あとは本棚の奥の見えにくいとことか…」 「聞け!そして座れ!ベッドの上に!もう、動くなって…!」 もう楽しくて仕方ないらしい沖田がどうにも落ち着かないので、俺は無理矢理肩を押さえつけてベッドの上に座らせた。沖田は目をまたたかせて、ふわりと笑う。 「怖い顔だなあ。君のおかずがどんななのか、恋人としてちょっと興味があっただけじゃない」 「頼むからそのお綺麗な上品顔で、おかずとか平然と言うな」 「……だめ?」 そしてこのタイミングで通常めったに聞けない甘えた声を出さないでほしい。 心からそう思う。 「(何から何まで、心臓に悪いんだよ、お前は…!)」 沖田を前にするといつもこうだ。土下座でも何でもしてやるから、頼むからそんな風に煽らないでくれ――なんて、そんな気分になってしまう。 「…勘弁してくれ、もう」 しかしまあ、俺の弱弱しい声は、おおいにお気に召したらしかった。よしよしと頭を撫でられる。 「そこで下手に出ちゃうあたりが井吹君だよね」 「うるさいな…お前が好き勝手しすぎるんだよ!もうほんと勘弁してくれ、俺にだって男として立てたい面子ってもんがあるんだからな!」 「仕方ないな、じゃあ上手に僕のご機嫌をとることができたら探索はやめてあげるよ」 「…ぐっ」 沖田は、ぽんぽん、と自分の横を叩く。 ここに座れ、と言いたいらしい。 「だいたいさあ、言わせてもらえば、これは君が招いた状況なんだよ。だって僕を部屋に放っておくから」 「はあ?放っておいてはないだろ、ずっと一緒の部屋にいて、こうして構ってんだから」 「あのさあ、恋人なのにどうして“一緒の部屋にいる”程度で満足しちゃうの?君って馬鹿なの?」 ぽふぽふと、近くにあるクッションを手にとって、沖田はそれにぎゅうと抱きつく。 「この部屋、君の匂いがするものばっかりなんだけど。クッションだってそうだし、布団もそうだし、机とか、本とかも全部そうなんだけど」 「匂いって…沖田?」 「恋人の私生活を実感できる部屋に来てるんだよ。ちょっと嬉しくなっていろいろ見て回りたくなっても、自然なことでしょ?部屋の中うろうろさせるのが嫌なんだったら、もっと恋人らしいことをして僕の気を引いておけばいいんだって。たとえば」 たとえば…沖田は空を見るような仕草で、続ける。 「キスをしている時は、僕、君のことしか考えられないし。君が抱きしめてくれればきっと動きたくなくなるだろう。それが気恥ずかしいなら手を握ってくれれば――ってホントもうそれだけで、僕は結構大人しくなると思うんだけど、どう?」 「…ど、どう、と言われても…?」 「せっかくの部屋デートなんだよ。恋人を満足させる義務が君にはあるんじゃないの?」 「…………………………。ど、どういうことデショウカ」 「ここまで言ってわかんないとか大爆笑。あーあ、もう、しょうがないなあ。君みたいな馬鹿にはエロ本の一冊でも見せつけてその気にさせるしかないかもね」 「はあ?どういう…って沖田お前、ちょっ、」 「――ねえ。もっと直接的に言ってほしい?」 ぐっ、と。 細まった翡翠が近づいた。顎が細い。化粧なんてしていないのに、つくりものみたいな綺麗な肌をしている。薄い色素の髪の下、その瞳の色だけが、いやに鮮やかで―― 思わず見惚れた。 この薄い唇の柔らかさは、すでに知っている。この唇が確かに俺の唇に触れたのだ。そう考えると、なんだかものすごく心に来るというか、…なんというか、ああもう、 …あああああああ、もう! 「…おき…ッ」 「はいストップ!」 ばっ、と、気づいたら目の前に掌。 先程までの妖艶な雰囲気はどこへやら、沖田はにんまり笑った。 「待て。お座り」 「………………………」 「聞こえなかった?待て。お座り」 「……………………………おい…」 「気が変わった。やっぱり君とはシたい気分じゃないや。ということで、はい、お座り」 「沖田、おま…お前なあ…!」 「上手に“待て”できたらいい子いい子してあげるよ?」 「何当然のように言ってくれちゃってるんだよ!いい子いい子ってそんなもんがご褒美になるか!」 「んー?なるでしょ。だって君だし」 謎の自信を持って沖田は言い放った。きっぱりと。 それから、猫がそうするような甘え方で、俺の肩に額をすり寄せる。 ……。 ……単に甘えたい気分なだけらしい。猫だったらぐるぐる咽喉を鳴らしていたのだろうなと容易に想像のできる様子で、沖田は機嫌がよさそうだった。 「――どうしてもシたかったら、頑張って僕の機嫌をとってよね」 ほらほら、ちゃんと構ってくれないと、部屋の中をめちゃくちゃにしちゃうよ! そんな顔つきで、俺の肩先に額を押し付ける。 すり寄られて悪い気はもちろんしないけれども…… 「(めちゃくちゃになってんのは部屋だけじゃないだろ…!)」 身についた習性とは恐ろしいもので。 無意識に“待て”と“お座り”を実行したまま、俺は沖田を抱きしめるために腕を伸ばしたのだった。 |