※現パロ特殊設定。斎藤さんと沖田さんが六歳ほど歳の差があります。 沖田総司は、好んで一人でいることが多かった。 近藤さんが大好きで、よくじゃれついては笑っているけれども、本質的に心を許している訳ではない。最大限の信頼を向けてはいるけれども、総司は近藤さんの前では無意識に背伸びをするところがある。 心をゆるす、というのは、自分の弱みを見せるに等しい。 総司は近藤さんにすらそれを許していないのである。 幼い総司はひとしきりに小さな指先で近藤さんの服をつまんでは自己を主張していたが、大声を上げて泣きわめいたり、我儘を言ったり、――いうなれば“子どもじみた”感情の露出を見せない。 剣に負けた時は悔し涙をすることもあるかもしれないが、幼い総司はそれを押し隠して、けして嗚咽を漏らしたりはしなかった(涙が出てしまうのは仕方ない場合もあったようだが、近藤さんには意地でも見せなかった。まったくもって子供らしくない)。 そして総司には、幼いころから、家族と呼べるものが、無かった。 ただでさえ疎遠だった父が死に、姉と離れ離れになっても、総司は泣かなかった。土方さんに他愛ない我儘を言うことはあっても、泣きわめいて「傍にいろ」と言うこともなく、夜も一人で過ごしていた。子供を独りでいさせるわけにはいかないと、近藤さんの家でかくまいもしたようだが――総司はそれに甘えない。きっと近藤さんの家族に気を遣っていたのだろう。 家事の手伝いもした。けれど家族の団欒には決して混じろうとはせず、あたえられた部屋でおとなしくしていた。 たまに部屋に顔を出すと、にっこり笑って言うそうだ。 僕は大丈夫です。 近藤さんは、近藤さんの大事な人を、大事にしてあげてください。 お前だって大事なのだというと照れたように笑いはするけれども、どこかでその言葉を信じきれない。そういう雰囲気があるのだと。――それがどうしようもない隔たりを感じさせるのだと、近藤さんはそうこぼしていた。 だからなのかもしれない。 俺は何故だか、一目見た時から、総司のことが気にかかっていた。 初めて会ったときは、幼い少年だった。どこから空虚な瞳をしているとも思った。 竹刀を手にした時はまっすぐな瞳を向けてくるけれども(そしてそれははっと息をのむほどに美しいのだけれども)、普段の総司はどこか物憂げで、どうにも心ここにあらずといった印象が強かったのだ。 人を小ばかにしたような笑いはよく見たけれども、子供らしい笑い方など見たことがない。 笑えばいいのにと思った。 せめて子供らしく甘やかしてみようかと、まるで兄にでもなったかのような気持ちで総司に接した。 時がたって、総司の背が伸びはじめ、――中学に上がった頃の総司に、告白された。 否。 「…僕、斎藤さんのこと、……、…さ…斎藤さんのこと、が、」 されかけた、と言った方が正しいだろう。 いつものように道場で手合せした後に、いきなり総司に手をひかれ、道場の端に連れ出された。 顔を赤くした総司が口にする言葉はまったくもって要領をえない。けれどその心は十分に伝わっていた。 ――その雰囲気だけで、それはもう、十二分に。 どう見ても、総司が必死に絞り出そうとしているその言葉は二文字。必死に唇を動かす総司の言葉は音になっていないけれども、その言葉は、唇の動きだけでも読めるほど明瞭だ。 “好き”の二文字に口を動かしながら、震えない咽喉に戸惑って、青くなったり、赤くなったりしている。 「…さ…斎藤さんのこと、僕、とても、…」 その二文字がどうしても言えなくて、俺の前で、こんなにも弱った顔を晒して。 たまらなく愛おしかった。 誰にも弱みを見せない沖田総司という男が、俺に“好意”という弱みを曝け出そうと、必死になっている。 結局総司は、“好き”の二文字すら口にすることができず、赤い顔のまま俺につたない口づけをして、その場を離れた。 次の日、びくびくしながら道場に現れた総司はたいそう可愛らしかったが―― 俺は、あえて、総司の行動に何の行動も返さなかった。 総司はおおいに動揺した。何らかのリアクションがあるものだと考えていたのだろう。 嫌われるにせよ好かれるにせよ、何かの変化があると期待しての行動だったのに、俺はそのすべてを流してしまっている。 そのことがひどく辛そうで、ちらちらと物言いたげな視線をよこすけれども、――何も言うことができずに押し黙った。 きっと総司は理解してしまったのだろう。俺の方に、総司の気持ちに応えるつもりがないことを。 総司は聡い。 子どもにしては、聡すぎるくらいだ。 だから総司は、やがてそれが「俺の望んだことだ」と素直に受け入れた。 きっと心は酷く傷んでいただろうけれど、つとめて今までどおりを装うと、頑張っていた。 ちらちらと物言いたげな視線をよこすこともなくなった。 挨拶もする。会話もする。剣の稽古だって今までどおり付き合うし、学校の話だって、近藤さんの話だって、今までどおりだ。 そう、今までどおり――そしてそれは、いささか異常なほどだった。 見ていて可哀想になるほど、総司は必死だったのだ。いつもと同じ雰囲気であろうと気を張って、俺と会う時はいつも顔がこわばっていた。必要以上に俺を意識しているくせに、それを表に出すまいとしている。 冗談でも俺に対して「好き」などと言うことはなくなった。いつもの通りなつっこく笑いながら、べたべたと俺に触れることもなくなった。 総司は必死だった。俺のことを必要以上に「好き」だと見せないように、必死に心を隠して、殺して。 それでもたまに耐え切れなくて、辛そうに唇を噛む瞬間があるときも。 俺に笑顔を見せながら、どうしようもなく震える手を――その細い背中に隠す瞬間だって、知っているし気づいている。 それを見て心が痛まなかった訳ではない。 それでも俺は、総司の気持ちに応えるつもりはなかった。応えるつもりもないのに中途半端に優しくするなどと、きっとその方が残酷だ。 総司のことは可愛いと思う。守りたいとも思う。わがままが見たいとも、笑顔が綺麗だとも思う。 けれども俺はこいつを幸せにしてやる自信などないし、きっと、その未来は間違っている。 総司は男で俺も男だ。総司は外の世界を知らない。 いつかは可愛い女を嫁にもらって、家庭を築くことになるのだから――俺との関係など、ないほうがいい。 そうやってずっと、総司の気持ちに見て見ぬふりを返し続けた、ある日のことだった。 ずいぶん手足の伸びた総司が、痛い、痛い、と言いながら、ひじの当たりをさすっていたのが気になった。 「…総司?どうかしたのか」 「ん、いえ、別に」 「どうした。どこか怪我でもしたか?」 「いえ、そうじゃなくて。…成長痛って言うのかな?…ここのところ身長も伸び続けてるし、関節が痛くて」 夜も眠れなくて、と、そう口にする総司は唇をとがらせていた。 「こないだ久しぶりにはかったら、4センチも伸びてましたよ」 「そうか。そういえば目線が近くなったな」 「……」 微妙な距離の取り方をして、総司は笑う。目線が近くなった、ということを、意識するのがきっと恥ずかしいのだ。 「身長が伸びるのは嬉しいですけど、身体が痛むのはどうにかしてほしいかな。あと、間合いが掴みにくいし…」 「すぐに慣れるさ」 「そうかな」 「そういうものだ。俺とて少しは経験がある」 「ふふ」 おかしそうな顔だ。何か変なことを言ったかと、少し不安になる。 「総司?」 「斎藤さんもそういう時期があったんだなーって。なんだか想像できないな。だって物心ついたときから斎藤さん、大人っぽい振る舞いしてたような気がするし。僕と同じように成長痛に悩んでた時もあったんだ?」 「別に想像して欲しいわけではないが…俺とて普通に幼少期くらいある。生まれた時からこんな仏頂面をしているわけではない」 「んー?でもまあ、仏頂面っていうと、やっぱり土方さんかなあ。斉藤さんは、なんていうか…無表情なだけで、別に怖い顔してるわけじゃないしさ」 「………俺とて、生まれた時からこんな風に無表情だったわけでは、ない。と、思う」 「でも僕の記憶の中では、斎藤さんはいつも無表情だけどね。一回でいいから、斎藤さんがおなか抱えて大爆笑するところみたいなーって、思ってた」 くすくす笑いながら、総司は肘をさすり、じっとそこを見つめている。 「生まれついてそんな覚えがないな。笑ったことはあるが、新八のような馬鹿笑いは――性分的にありえない」 「そう?でも、見てみたいな。必死に声を抑えて笑いを我慢してるの。どうやったら見れるかなーってずっと考えてるんだけど、全然思いつかないんだ」 「………」 「……えへへ」 ああ、照れている。 こいつは本当に俺が好きなのだなと、そう思える笑顔で――けれどその笑みは、きゅっと一瞬噛み締められた唇に遮られた。 総司は俺に、こういった“好意”を曝け出すまいと、頑張っているのだ。…あの日、道場の片隅で口づけをして以来、それは特に顕著だった。 「――ちょっと身体が痛いから、僕はもう行きますね。練習はまた後日付き合ってください」 少しでも距離が近くなると、総司はつとめて俺から離れようとする。俺もそれを引きとどめたことはない。だってそうだろう。ここで引き留めたら総司はきっと、“期待する目”で俺を見る。 それを見てしまってはいけないのだ。総司のプライドのためにも、俺自身の心を、自制するためにも。 「(子ども相手に何を血迷っているんだ、俺は)」 幼い総司は可愛かった。全員が口をそろえて否定するが、少なくとも俺と、…近藤さんもそうだろう。総司は可愛い。確かにあれはいささか言葉が達者すぎるから、大人に“可愛い”と思わせる心の余裕を許さないところがある。 けれども付き合ううちにわかるのだ。総司の好意には、人間らしい打算がない。 上辺だけの人付き合いは片っ端から斬り捨てるような男だからこそ、総司に“身内”と判断されることがどれだけのことなのか理解できるし――総司なりに賢明に、認めた相手を大事にしようとするその不器用さがまた、可愛いと思わせるのだ。 そうだ。総司は可愛かった。 背が伸びようと、我儘を言おうと、怒ろうと泣こうと可愛かった。 きっとこれから先、たとえば総司が俺の身長を超えたとしても、今の俺の年齢を超え、大人になったとしても――ずっとずっと可愛いままなのだろう。 そうだ。総司は可愛い。可愛い俺の、弟分だ。 「(誰よりも大事にしたくて、優しくしてやりたい。けれどこの感情はきっと、総司が持っているものとは違う、)」 総司の目に映っている俺がどういう“俺”なのか。 …よく知っているつもりだ。 総司は俺にあこがれてくれている。そのことが何よりも俺の誇りになっているのだと、――総司に告げれば笑うだろうか。 「(…困った)」 きっと総司は、たまたま俺が近くにいたから、俺のことを好きになってしまっただけだ。大人になっていろんな出会いを繰り返せば、俺に恋をしたことなど忘れてしまう。大人の判断力がつけば、男相手に恋愛をするということがどういうことなのか、考えるようになるだろうし――きっと総司は、まっとうな道を歩いたほうが幸せだろう。 俺のことなど早く忘れてしまえば、いい。 そしてもしも、総司が大人になって――それでも俺のことを忘れられないというのならば―― 「(この感情は、まだ恋愛ではない。恋愛ではないと言い切ることができる程度には、自分を自制できているはずだ。けれどきっとこの先、総司が大人になってしまったら――)」 総司と恋愛をするつもりはなかった。もしもそういう関係になってしまったら、俺はきっと総司の未来を、貪欲に食らいつくして離さないだろうから。 とにかく今は、自分の気持ちをはかるためにも、総司の心が落ち着くのを待つ意味でも、時間が必要だろう。 俺は総司を追いかけない。きっとこれから先もそうだ。 ――追いかけるとしたら、その時は。 この先は今は考えない。そう自制して、俺はその場を離れた。 |