それは、まるでマシュマロみたいに甘くて、柔らかい空気に包まれた目覚めだった。
布団にくるまれているだけなのに、綿菓子に包まれているかのような錯覚を覚える。
「(…布団…?)」
ふと違和感を覚えて僕はそれを握り締めた。暖かいけれど、…気持ちいいけれど、これは僕の家のものじゃない。というか、いつの間に布団を。そう考えて少し肩に力を入れ、身体を浮かすと、
「…ん、」
何やら愛らしい声と共に身じろぐ声。はじめくんだ。
まるで芋虫みたいに布団にくるまっている僕とは正反対で、彼は何も身体にかけないまま、ベットに転がって眠っている。
「(ああそう言えば昨晩は、僕と彼で身体をまさぐり合って、お互い弱点を探り合うみたいな愛撫をして――抱き合って、ねちゃったんだ)」
予想。
僕が眠ってしまった後、はじめくんは僕の身体が冷えぬようにと布団をかけ、一緒にくるまって眠りについたのだろう。
ところがこの布団のあまりの気持ちよさに僕が無意識にそれを握り締め、そのまま寝がえりを打つことで身体に巻きつけて、彼の分の布団をとってしまった。
まあ、こんなところ?
「(…寒いのかな。少し丸まって眠ってる)」
はじめくんは寝顔を見られるのが嫌いみたいで、普段は器用に顔を半分隠すみたいな形で寝ることが多い。寝ぞうは悪いけれど、体勢自体はごく普通のそれだ(たまにびっくりするような位置まで移動していることはあるけれど、不思議と転がっているその状況を目撃したことは無い。実に不思議である)。
男二人で寝ているわけだからそんな余裕があるわけでもないけど、直立で眠ることが多い彼にしては、丸くなって眠ること自体がなんだかとっても珍しい。
というか。
いつも「完璧」で「隙が無い」斎藤一が、こんなにも無防備でなんというか。
たまらなく可愛い、っていうか…この人が僕のモノなんだって思うと、もう、嬉しくて仕方がない、というか。
「…はじめく、ん」
僕が出せる最大限に甘えた声で名前を呼んでみる。ひくり、と動いたのは彼の指先だ。おきるかな、と思いつつ僕はもう我慢ができなくて、すりすりと鼻先を彼の肩先にすりつけた。
いつも清潔な彼から、ほんの少しだけ、汗の匂いがする。
こんな匂いも好きなんだから、僕たち身体の相性はバッチリだよね?
僕が猫だったなら、きっと今、咽喉が鳴ってるんだろうなあ。君に甘えたくて仕方ないよ。
「(…ああでもこんなに珍しい光景なのに、無理に起こしてしまうのも勿体ないか、)」
せめてこのかおりに包まれて眠りたい。これくらいの願いだったら叶えてもいいよねと、僕はそろりと起き上がった。あったかい布団を身体から引きがはして、そっと彼の身体にかける。顔を見たくて、頬杖をついてちょっと乗り出して。
横顔。通った鼻すじ。寒いからか、あんまり安らかじゃない寝顔。長い睫毛も色素の薄い肌も、ぜんぶ、ぜんぶ好き。
と。
そこで、はじめくんが目を開けた。
「…、…ん…、そうじ?」
舌っ足らずだ。掠れた声はセクシーと言えなくもないけど、まだまだ可愛さが勝っている。
「おっしゃる通り、沖田総司です。…起きちゃった?」
「……、……、」
まだ目が覚めていないのだ。いつも閉ざされている口が今は半開きで、それがまた可愛い。数秒考え事をしたあとで、はじめくんの口から零れたのは「さむい」の三文字だった。
「だから布団かけてあげようとしたんだってば。眠いなら寝てて」
「――総司」
「はいはい、何かな?お寝坊さん」
いつもお寝坊さんなのは僕の方だから、これはちょっと可笑しな言い草だ。僕はくすくすとこみあげる笑いを抑えられなかった。
はじめくんは、ニ度、三度と瞬きをする。それから寝がえりを打った。僕の方に向き直る形になって――男二人、ベットに顔を突き合わせる形になる。まあ、僕は肘をついているから、上から彼を見下ろす形だけど。
「……、……、……今何時だ」
あ。ちょっと目がさえちゃったみたい。もったいないなあ。
「まだ日が昇った直後だよ。寝てても大丈夫」
「総司」
「なあに?」
「……、…だ…、」
「?」
聞きとれない。まだ寝ぼけているのかな、と思いつつ、僕は耳を寄せてみる。はじめくんは、ふ、と肩から力を抜いたみたいに笑った。
「…珍しいな。あんたに起こされるなどと、初めての事かもしれない」
「ああ。いっつも僕が遅く起きるもんね」
「妙な話だが、少し気分が良いな」
はじめくんは、僕の髪に触れた。細長い指が好きで、僕は自分からその指にすり寄る。
「んー…まるで新妻みたい?こういうのも好きなのかな、はじめくんは」
「新妻よりは飼い猫に近いな。少なくとも新妻は、朝食を催促したりはしないだろう」
「言うねえ」
「事実だろう」
「そうだけど…、ねえご主人さま?ちゃーんとご主人様を起こした飼い猫には、ご褒美くれるの?」
「………。起きてからやる」
あ。やっぱりまだ眠いんだ。
結局はじめくんは、僕の髪を撫でる指を、ぱたりと布団の上に落とした。残念。
先ほどまで撫でられていた指先の心地よさが名残惜しくて、僕はもう一度、彼の指に鼻先を擦り寄せる。
…いー匂い。
「…んー…」
「あんたも眠いんじゃないのか」
「そうだね。はじめくんが撫でてくれたから、ちょっと眠たくなってきたかも」
そのまま頬を指先でなぞられて、あまりの気持ちよさにウトウトする。
「(なんだか僕、ほんとうに猫みたい)」
でもはじめくんだって犬みたいなんだし、おあいこだよね?
…ああ、眠たい。
もう眠ってしまおう。
起きたらきっと、朝ごはんを作って、きっちり身だしなみも整えた一君が、困った顔で僕を覗き込んでいるはずだから。
それを楽しみに、僕は意味なく瞬きを繰り返していた瞼を、そっと閉じたのだった。
和尚さんへ差し上げました!
和尚さんいつもありがとうございます(*´ェ`*)はなの舞とっても楽しかったですv