※性描写はないですが、途中ちょっと直接的な表現あります。苦手な方は注意してください↓
僕とはじめくんが恋人になってまだ一年足らず。
彼との仲は順風満帆だし不満なんてないけれど、だんだんと“慣れ”が浸透してきたのも事実。
だからこそ、たまにはイベントにはしゃぐ…ってのも、アリだと思うんだ。
だってほら、コイビトだからこその可愛らしい欲求とかさあ。いろいろあるわけで。…ねえ?
そういう訳なんだよ。
そういう訳、だから――
「はじめくん、トリックオアトリート。お菓子、ちょーだい?」
諦めてね?はじめくん。
甘いお菓子なんかじゃ、僕は満足してあげないから!
とりっく、おあ、……。
そこまで口にして、斎藤くんは、ああ、と得心がいったような声を上げた。
今日が【ハロウィン】であるという意識くらいは、彼の中にあったらしい。
「それでわざわざ…狼男か?」
「そ。学校でやったでしょ、仮装。あの衣装まだ持ってたんだよね」
ハロウィンなんだし、雰囲気も大事でしょ?
少しでもそれっぽい雰囲気に持っていくために、形から入るのって大事だと思う。
…まあ、別段目新しい衣装というわけでもないけど。それでも少し気になるらしい一君は、どこかソワソワしているように見えた。
「菓子か…、飴でいいか?」
「んー…?」
飴、ねえ。彼のカバンから出てきたそれを、僕は堂々と値踏みする。
「却下。それのど飴じゃん。甘くないのキライ」
「そうか。リビングに行けば干菓子が、」
「洋菓子でないと雰囲気ない。却下」
「……あんたがこのあいだ勝手に作ったケーキの、余ったクリームが確か冷蔵庫に」
「却下。カスタードクリームで何か作ってあるならともかく、クリーム単体ってありえないでしょ。そんなの渡されたらお化けも戸惑うよ」
彼の家には甘いものがあまりない。あるとしたらそれは僕が持ってきたものがほとんどだし、こんなこともあろうかと、彼の部屋に洋菓子がないことなんて確認済み。
というか。
「(そもそも、いたずらが目的ですし?)」
くすくす笑う僕に、はじめくんは呆れた顔だ。
「…成程な。あんたの目的は、そっちか」
「お菓子を用意していない悪い子にはお仕置き。だよね?」
「何がしたい?」
「セオリー的には、いたずらかな」
「具体的には」
僕は、はじめくんのきっちり着こなされた制服に、おもむろに手をかけた。しっかととめられたボタンを、ぷちぷちと外していく。
「見てからのお楽しみってことで。じゃ、いたずらするからおとなしくしててね?」
「………」
“なんなんだそれは”と言いたげな顔で黙る。
それを尻目に、制服を脱がせて、ネクタイを取って、シャツを脱がせて…ここまでは順調。でも、さすがにアンダーウェアは脱がせられない。僕の目標は、上半身裸にさせることだし…うーん…
「…ね、脱いで?」
「何故」
「黙って脱がないと、斬るよ」
「何を」
「服」
「………」
「だいじょうぶ、身は斬らないから。…どうする?下着一枚無駄にする?」
はじめくんは、変わらずクールな表情で、するりと首から布を通すと、男らしくそのまま地面に落とした。
……あ。
…………。…いやいや。この程度で照れたりしないけど。でも、ああそっか、僕ってあんまり彼の裸とか、見たことないんだ。
あれだけ肌を重ねておいて今更だけど。
はじめくんは、あんまり外だと肌を見せない。夏でも長袖のほうが多いくらいだし(日焼けでもするのかもしれない)、もちろん新八さんみたいに筋肉自慢することもないし。
見慣れないから、…変な話だけど、ちょっとドキドキしちゃうかも。
この腕が、僕を引き寄せる時の力強さとか――いろいろ知っちゃってるから、余計に。
はじめくん、セックスの時とかも、あんまり服脱がないし…脱いでも冷静に見る余裕なんていつも、……。
「……あー。あー…ええと、うん。」
「なんだその反応は」
「何でもない」
しまった、これは失敗だ。変なこと考えてる場合じゃないんだから。僕は彼から目をそらして、ごまかすように、あらかじめ用意していた包帯を、彼に突きつける。
そして一君が何かを言う前に、胸に抱きつくようにして、腕を回した。
ぐるぐると、巻きつける。
「…包帯?」
「うん。はじめ君のミイラ男がもう一度見たくて」
いけないいけない、本題だ。
ハロウィン。
僕だっていろいろ考えた。いたずらって何が効果的かなって――いくらなんでも対土方さん用の、いつもやってるいたずらじゃ芸がない。僕と君は恋人なんだし。ちょっとくらいいつもと違うこと、できるかなって期待してる。
そういうことで。
彼に包帯を巻きつけた僕は、こほん、と、咳払い。
「これで僕のいたずらは終わり」
「…これだけか?」
「そうだけど?僕は君とハロウィンがしたかったんだよ。だから、ね?」
「…あんたのことだから、もっと手酷いいたずらを計画しているものかと」
「僕だって、たまにはいつもと違うことしてみたくなるんだよ」
「……そうか?」
はじめくんは、拍子抜けでもしたみたいな声の調子だ。僕の髪をさらさらと撫でて、猫にでもするみたいな愛撫をする。
…ああもう、やっぱりわかってないなあ。
これで終わるはずがないじゃない、察してよ!
「…あのさ、はじめくん」
「なんだ?」
「今日、僕、珍しく何もお菓子持ってきてない」
きょとん、と、一君は目を見開く。“だから?”とでも言いたげな空気を感じる。
…ああもう、鈍い!
「だからどうした?」
「だからさ。僕甘いもの好きだよね。いつも絶対甘いもの持ってくるよね。でも今日は持ってきてないんだよ」
「忘れたのか」
「違う」
もー、わかんないかなあ。
仕方がない。彼の裸の胸に丸めた手を置いて、寄り添ってみる。
…ちょっとは雰囲気でないかな?
「どうした?」
「はじめくん鈍すぎ。僕は、君と、ハロウィンがやりたいって言ってるんだけど」
「……。…ああ、…?」
わかんない顔のまま、頷かれる。
僕は、ちょっと焦りながら、続けた。
「ヒント。僕は君に、言ってほしい言葉がある」
「言ってほしい言葉?」
「何かあててみて。あてられたら褒めてあげる」
「……」
「………」
「…………?」
はい、長考に入りました。
予想はしてたけど。
してた、けど、…それでもこんなに鈍いなんて!
「(ああもう、……変なところで察しがいいくせにイベント事では頭が回らないんだから)」
いっそ情けなくなってきた。
…僕なりに頑張ってるんだけど。
これでも精一杯誘ってるんだけ、ど!
「…だから、僕、お菓子持ってないんだってば…っ」
「?いや、それは確かに、俺も持ってないが…」
「もういい!はじめくんのばか!君なんか干からびてしまえばいいんだ!」
こんな雰囲気になってしまったなら、もう盛り上がるはずもない。
いっそ自分が可哀想な気持ちにすらなって、僕は精一杯「怒ってます」アピールをすることにした。こうなったらもうヤケだ。
「(…せっかくハロウィンらしいことしようと思ったのに!楽しみにしてたのに!)」
ちょっとくらい僕とイチャイチャしようとか思わないわけ。僕にいたずらしたくないの?あっそう。じゃあ、もう、いい。
彼の顔に包帯の残りを投げつけ、一君がひるんでいる間に、さっさとリビングへ逃げ込んだ。
今日一日は一君と口をきかない。そう決めることでほんの少しの心の余裕を取り戻した僕は、リビングのソファの定位置についた。
狼男の衣装そのままなので、座ると尻尾がお尻にあたって痛い。
「………」
一瞬迷ってから、僕はズボンに取り付けていた尻尾を外した。
どうやら僕のご機嫌伺いに来たらしい一くんの気配があったので、そっちに尻尾を投げる。
「総司?」
「…………」
無視。
僕はちらと彼を見――戸惑ったようなその表情にほんの少し溜飲を下げて、でも、それを顔に出さずにそっぽを向いた。
「無視をするな」
「………」
「総司」
「…………」
目だけで「うるさい、放っておいて」と訴えると、戸惑ったまま一君が僕の横に座った。僕はすぐさまその場から離れようとしたが、その前に腰を引き寄せられる。
む。
「…何を拗ねている。俺がそういったイベントごとに関して無知なのは知っているだろう?」
「………」
…それは、そうだけど。
それにしたって、僕が“期待”してる目で見てるのにろくに考えようともしないで――甘えて見せたって抱きしめてもくれなくて。
ここのところご無沙汰だっていうのに、――触れることすらなくて。
僕だけ盛り上がって、馬鹿みたいじゃないか。
「素直に口に出せば聞いてやるから、あんたがハロウィンで何がやりたかったのか教えてくれ。…菓子が欲しいなら今から買ってきても」
「違う」
ああもう、鈍い。
きっ、と、僕は睨み付けた。
「そういうのすっごくむかつくんだけど。僕はさあ、いちいち言葉にしないとわかって貰えないわけ?これから先もずっと君に、いちいち言葉にして」
「…それは…すまない、俺なりに察しようとはしているんだが、あんたが何を望んでいるのか…」
「君とセックスしたい」
余計な謝罪を聞く前に、僕はそっけなくぶった切った。
思った通りの意外そうな顔だ。ややあって、はじめくんはほんの少し、困ったような顔になる。
「お菓子なんかより君の精子がほしい、僕の中に君のを突っ込んでぐちゃぐちゃにして、中で君の性器を締め付けて、君のこと感じながら一緒に気持ち良くなりたい。ああ、胸だっていじってほしいかな、髪にも触れたいしキスマークつけたいし抱きしめてほしいし、イチャイチャしたい」
「………」
「なーんて、ね。こんなムードもへったくれもないこと、いちいち言葉にしないといけないの?僕」
「…………それは」
「ほうらね、こんなこと口に出していうと萎えるでしょ。念のため言っとくけど、もう今の僕は君と寝るつもりなんてないから安心してよ。君だって乗り気じゃないみたいだし?」
僕らが恋人って呼び合うようになってまだ一年足らず。
なのに一君は、最近は前ほど僕を求めてこなくなった。彼とのことに文句なんてない。付き合いたての頃みたいに毎日セックスしてるほうがどうかと思うし、…ちゃんと、順風満帆だって思ってる。君はとても優しくて理想的な僕の恋人で、僕は君が大好きで――でも。
君は変わらず僕を好きでいてくれるのかな。
今までに僕は何度も君に抱かれたけど、たまに刺激がないと飽きられたりするんじゃないの?
「…もう、いいよ。いつも僕ばっかり君にちょっかいかけてるから、たまには、なんて。馬鹿なこと考えた僕が悪いんだってわかってる。でも今は機嫌が悪いから放っておいて」
僕は怒っているのだということをアピールするかのように、低い声で告げる。
腰を引き寄せる彼の腕に手を置いて、ぐいと押して、距離を取ろうと――
「総司」
「……」
冷たくあしらう僕の耳のすぐ横で、彼の唇がうごめく気配がした。腰に来る低い声。
「…なに?悪いけど僕のほうにはもうまったくその気はなくなっちゃったから。今の僕には君に抱かれるつもりなんてないんだけど。ついでに言えば今は君の顔も見たくはないかな」
「そうなのか」
「そうだよ」
「俺はあんたがそうやって、俺のことで拗ねて見せるのがかわいくて仕方ないんだが」
……。
「…、誰のせいだっての」
「俺のせいだな」
彼はいつもそうだ。僕が拗ねるのが“珍しい”からって、そんな風にまじまじ見られて気分がいいとでも思っているのだろうか。いつもクールなくせに、こんな程度のことでちょっとテンション上がっちゃったりして、まったく!
「(かわい、…い…いやいやいや。僕はいま、怒ってるんだから)」
この程度で許したら僕も馬鹿の仲間入りだ。そんなことにはなるまいと、僕は己の心を自制する。
「そうだな。せっかくこうやって可愛い仮装をしているのだから、たまにはいつもと違うことをしても――いいの、か」
はじめくんは、とても気になる独り言を言うと、僕の方に顎を乗せた。必死に顔を見せまいと頑張る僕の膝に手を置いてくる。
もぞ、と、その手がうごめいて、僕は悲鳴を上げた。
「!ちょっと…っ」
「Trick or treat」
「!!」
さっき僕が、君に言ってほしかった言葉…!
このタイミングで言われても、どういう顔をしていいのかわからない。
「……、い、今更…」
「なんだ。ハロウィンがしたいんじゃないのか?」
「…それは、まあ、そうだったけど、」
「ああ、せっかく似合っていたのに、尻尾も取ってしまって。…勿体ないな」
「なにを今更。当然みたいな顔して…、ッ」
腰とお尻の中間あたりを撫でられる。もぞもぞと、おなかの下のほうに、なんとも言えないくすぐったいような感覚が熱を引き連れてやってくる。それが妙に悔しくて、僕は唇を噛んだ。
「誰が僕に触れていいって許可したわけ。僕は気分じゃないんだけど。…あんまりいい気になってると、ほんと、殺すよ」
「そのうちに許可したくなる。言葉を返すようだが――俺をいい気にさせてるのはあんただ、総司」
「はあ?!」
そっと、先ほどまで噛み締めていた唇を撫でられる。細長い指の動きに思わずびくりと身体を震わせて、僕は――彼を睨み付けた。
彼の指を噛みちぎってやればいい。そうやって痛い目を見せて、「あんまりいい気になるな」と言ってやればいいのだ。
わかっていてできないあたり、確かに僕は彼を“いい気にさせている”。
「……ッ、」
この屈辱。
彼以外にはあり得ないことだ。それは、一くんもよく知っていて――知っているからこうやって、時々言葉でいじめてくる。
強がれるのにも限度がある。
精一杯睨み付けたって涼しい顔どころか愛おしそうな顔で見つめ返されるのだ。
勝てる訳もなく、僕は目を伏せた。
手を取られて、指の間に舌をいれられて。どうしようもなく淫猥な雰囲気に呑まれて、頭がくらくらする。
「……、やだ……」
「何故だ。俺にいたずらされたかったんだろう?」
「…ちがうよ、僕は、楽しくハロウィンができればそれで」
「嘘をつくな。セックスがしたかったんだろう」
「……ちが…」
「違わない。さっき自分で言ったはずだ」
違わない。違わない、けど…されっぱなしは気に食わない。
「………」
赤らんだ頬を、恥ずかしげに伏せ、うなずく。そんな可愛らしい仕草をしてしまわないよう、僕はぐっとソファをつかんだ。
「(これは、もう、逃げられない…、)」
観念して、僕はそっと、唇の端を緩めた。
…本当のところは余裕なんてまるでないんだけど、そんな表情、見せる訳にはいかない。僕はか弱いだけのオンナノコじゃない。一君の右に並ぶことを許された、元新撰組の一番組組長――だ。
か弱く鳴かされるだけなんて、そんなの僕じゃない。
心臓はバクバク五月蠅い。それでもいつまでも攻められているわけにはいかないんだ。
「ね…僕に悪戯したい?」
ちょっとでもえっちに見えるように、僕は彼の唇に舌を押し付ける。猫がするみたいに、触れるだけ。それでも舌の柔らかい粘膜を押し付けられて、彼が興奮しないわけもない。
一君だって、結構単純な頭をしてることくらい、僕も知ってるんだから。
「…ね?悪戯したいなら、ちゃんとそう言って」
はじめくんも応えるように笑って、僕の腕を取ると――そこに軽い口づけを残した。
余裕のにじんだ瞳にぞくぞくする。
舌を差し出せば当たり前のように絡められ、粘膜をすりあわせ、たまらなく心地いい気分にさせる。
吐息が混じるのすら心地いい。
はじまりの合図はいつもキスだった。
背中を震わせながら、僕は伸し掛かる彼の体重を受け止める。
こんなものすら愛おしく思うのだ。きっと、僕も馬鹿だ。
ええいもうどうにでもなれ、と、僕は彼の首筋に鼻をすりつける。まるで犬がそうするみたいに、すりすりと。
せっかく彼が甘やかしてくれるのだから、これは最大限に利用しないと勿体ない。
急激に甘くなる雰囲気に酔いながら、僕は目を閉じて、もう一度彼の唇が下りるのを待った。