なにがどうなってこんな状況になってるんだか。
「飲んでください。土方さん」
恋人にしなだりかかられ、無理矢理押しつけられた猪口に並々と酒を注がれて。
どうすりゃいいんだと眉を押さえる俺を、総司の野郎は明るい声でなおさらさとす。
「ねえ、飲んでくださいって」
「さっきから何なんだ・・・俺はいらねえつってんだろ。あと酔っぱらってへべれけになるのは構わねえが、俺に絡むな」
「はあ?なに言ってるんですか、僕は酔ってませんお」
「………」
酔っぱらいはたいていそう言うのだ。
「(つうか呂律が回ってねえじゃねえか)」
俺は押しつけられた猪口を前にかなり逡巡していた。これを突っ返せば、たぶん、もったいないという理由で総司はこれを口に含むだろう。現段階でかなり酔っぱらってる総司に、においだけでもそれなりの強さがわかるこの酒を、飲ませてよいものか。
答えは否だ。
…否、だが。
素直に飲んでも、おそらく次がくることは目に見えている。
力が入らないらしい腕ででっかい酒瓶を持った総司は、どことなくふらつきながら、ねえねえと甘えた声を出した。
「ひじかたさん。飲んでくださいってば」
「なんでそんなに飲ませたがるんだよ」
「だって僕、土方さんが酔っぱらったとこ、みたことないんで」
「は?」
「土方さん、酔うと気が大きくなるとかー、大胆な行動にでるとかー、おんなのひとにあまくなるとかー、いろいろ聞いちゃったんです、僕。だから酔ってください」
「なんだそりゃ」
「見てみたいんです」
「………」
「さのさんとか、へーすけは知ってるのに、僕だけ土方さんが酔ったところ知らないなんてずるいじゃないですか」
「なんだその理由」
「だってずるい、…ん」
ふらつきに、総司は手に持った酒瓶を落としそうになる。俺はすぐにそこに手を添えた。危ないところだった、と冷や汗をぬぐいつつちらりと総司を見ると、なにが楽しいのかニヤニヤと笑っている。
酒瓶を支える俺の手をきゅっと握るようにした。
そのやたら子供らしい仕草に、ちょっとドキリと…いやいや。落ち着け。
「ひじかたさんは、僕の酔ってる姿知ってるんだから、おあいこに見せてくださいよ。僕にだけ見せないのはずるいです」
独り言のようにそう言い、その言葉にまた自分で腹をたてた様子で、ついと頬をそらせた。その仕草もやけに子供っぽい。
「まー、土方さんはいっつも狡いですけど。僕ばっかりドキドキさせられてるんですもん」
「…なんだよそりゃ」
「だって狡いでしゅ、…ずるいで、す。ん、あー…呂律まわんない…」
もごもごと口を動かす。
「(まずいな)」
酔ったせいでかなりの素直さだ。普段とのギャップに涙すら出そうである。これが普段ならばまだ可愛げがあるのに、と思いつつも、この珍しく愛らしい総司をどう扱っていいものやら。
「いいから寝ろよ。お前もう呂律が回ってねえじゃねえか」
「そんなことないでしゅ」
「でしゅってなんだ」
「…そんなことないで、しゅ、…す」
「だから、バカなこと言ってないで寝ろって」
「いやです。飲んでくれないと帰りまし、」
「し?」
「…かえりません」
いいながらすり寄ってくる、その仕草に嫌らしさがない。普段の総司ならば、何か理由があってこちらを貶める時ぐらいにしかこんな可愛い仕草をしたりしないのだが、今の総司は、単純に、俺に甘えるためだけにそうしているようにしか見えない。
そのあまりの珍しさに頭を抱えた。
「(ああもう、仕事が山積みだって時に)」
認めざるを得ない。
今の総司は、据え膳以外の何者でもなかった。
「…わかった、もう俺の負けでいい」
「?…ん、ゃあっ…?!」
しなだれかかる体をなでると、総司は機敏に反応し、背中を反らせた。よほど驚いたのだろう、目をまんまるく広げ、こちらを見る。
「…ひじかたさん?」
「………」
酒のせいで、頭がぼんやりして言葉が出てこないようだ。必死に言葉を探してはいるらしいが、潤んだ瞳の中に、焦りはあっても怒りがない。
「総司…」
「やですよ、今日はそんなつもりじゃなくて…今はお酒、」
今度は露骨な意志をもって、総司の腰をなでる。
「ぃ、…っ、…!」
「うるせえ、酒なんかもうどうでもいい。てめえが可愛いことばっか言いやがるのが悪いんだろ」
「やだって…僕はっ、あなたの酔ったとこがみたいんれすってば!」
「そこまで言うなら酔わせてみろよ」
「はあ?」
「口移しなら飲んでやらなくもないぜ?」
「ふ、ぁ…なにそれ、…んっ…」
目論見通り、総司はすぐに快楽にも酔ったらしい。とろけたような、涙の浮かんだ表情は、いつもの情事の時に浮かべるそれよりも露骨に見えた。普段はなんだかんだと必死に理性を手放すまいとつとめる総司だが、今日は酒のせいでそれもうまくいかないらしい。猫の子のような喘ぎをあげて、肩をすくめた。
「ぁ、やっ…ひじかたさ、…ひじかたさ、っん…」
「お前ほんと、酔うと素直になるんだな」
胸の突起をつかむだけで、くうと喉を鳴らし、甘えるように鼻先を俺の腕にくっつける。喘ぎをかみ殺そうと俺の着物を緩く噛み、あとはもう、先の快楽を期待する目を俺に向けるだけだ。
「いい子だ。褒美にたくさん虐めてやるよ」
俺は苦笑して、総司の唇に指でふれる。声を殺さなくていいという合図だ。
総司はとろけるような甘い声で俺を呼び、手をのばす。
その手を絡めとるのに、なんら躊躇いはなかった。