斎藤くんはとてもキレイだ。美しくて美しくて、ずっと見ていたくなるような――見ているだけで少し怖くなってしまうような。とにかく綺麗な人なのだ。凛とした横顔に冷たい表情、立ち振る舞いにわたるまでそのすべてが秀麗で、隙が無い。こうまで美しいものを見たことが無いと思うのは、もしかしたら欲目なのかもしれないと疑ってもみるけれど。
「(きれい、)」
それでも、心の奥底から、いとも簡単に溜息が漏れてしまうのだ。それほどまでに綺麗なのだと思うこの気持ちだけは、嘘になりようがない。
――たとえ欲目だとしてもいい。そう思えてしまうのだから。
「………」
だから、寝ている斎藤一に近寄って、まじまじと寝顔を観察してしまうくらいは許されると思う。
木陰からこぼれる光が、部分的に髪を照らし、白い頬をなお明るく照らして、首元で影を作っている。長い睫毛もぼんやりと影になっていて、ああ、やはりこの人はほんとうに美しい人なのだと、思った。
――この頬に触れ、この瞳を睨みつけ、少しでも気を引こうと懸命に名を呼んでいた先ほどまでの自分が酷く滑稽だ。どうにか愛してほしいと子どものように駄々をこねて、もう十分愛してくれているかもしれないのに、恋人にしてくれなどと――わがままを言って。
こうやって時折抱いてくれるだけでも本当は感謝しなければならないのかもしれないのに。
――それでも、どうしても、確たる証が欲しいと願うのは、過ぎたことなのかもしれないのに。
「ごめんね、はじめくん」
本当は、わかっているのだ。
わかっていても彼の優しさに甘えて、恋人でない人間を抱いているのだという負い目を刺激して、…ずいぶん自分勝手なことをしている。
僕は君が好きだから抱かれているのだと――抱かれたいなどとはしたなくも願い、誘う僕が悪いのだと――そう素直に言えばいいのに、何故か口から出るのは正反対の言葉になってしまって。だからこそこうやって彼の意識が無いときくらいはと、僕は僕の精一杯の寂しさをぶつけるのだ。
さらさらと流れるような彼の髪に手をやって、軽く撫でた。頬に手をやる。顔を近づけてみる。
それでも触れる寸前でいつも唇は止まって、代わりに自嘲のような息が漏れる。
「(…キス、したいな)」
それでも僕にその権利はなかったから、彼の唇を軽く指でなぞるにとどめた。
――沖田総司は、斎藤一に恋を、している。
けれど斎藤一にも想い人がいる。
沖田総司ではない、誰かが。
「(そんなこと、…とっくに気づいてる)」
僕を愛おしいと思ってくれている、その一方で、強く誰かに焦がれている。痛いほどにわかるのだ。
僕を抱いてくれている時、誰かと自分を比べていることを知っている。
抱きしめてくれる時、誰かを抱きしめるように力強く抱いてから、戸惑ったように力を抜くのを知っている。
愛おしそうに僕を見る傍ら、酷い違和感に眉をひそめる瞬間も。
他でもない斎藤くんのことだから、知っている。痛くても、やっぱり気づいてしまう。
沖田総司は――斎藤一に恋を、しているのだから。
その事実がこんなに痛いなんて、知りたくはなかったけれど。
「好き。…大好き…はじめくん、好きだよ」
それでもこの感情だけは、どうしようもないから。
強い自分でいるために、泣いてしまわないように。
「ごめんね。大好きなんだ、」
だからどうしても君を離してあげられない。
言い訳のようにそう口にする、
その程度の言い訳で戦っていかなければならない自分が、悲しかった。
「(沖田総司は、斎藤一が好き。
はじめくんが僕を好きじゃなくても。
同情でもいい、――僕の後ろに誰を見てたって、いい。
憐れみでもなんでもいいからその腕に抱きしめてほしい。
沖田総司を、…捨てないで)」
どうあっても声にはならない声を噛みつぶして、僕は少しだけ、泣いた。
せめて彼が目を覚まさないうちに、子どものようなこの泣きごとを言い終えてしまいたかった。
――はじめくんが目覚めたら、まず抱きしめてもらおう。
反発して、甘えて、素直じゃない僕のままで。思いっきり拗ねて、可愛くないことをたくさん言って。いつもどおりの、僕で、
いつか来る終わりに備えて。