総司は口づけが苦手らしい、ということは、すぐに気付いた。
触れるだけの軽い口づけならばむしろ好きなようだが、それが深いものになると、わかりやすいくらいに硬直する。ぞくぞくと背中を震わせ、意図せず身体から力が抜けて行く感覚がどうやら嫌いなようなのだ。
否、嫌い、というと語弊があるかもしれない。まあ、嫌いと言うよりは――

「土方さんって口づけ上手いですよね腹立たしいです」

まあ、そういうことなのだろう。
今日も元気に人の句集を盗んだ総司は、隠れようとした縁側の掃除具置きでつかまった。そのまま自室に連行して、今現在、気丈に俺を睨んでいる。
顔が赤いのは先程の口づけのせいだ。初心なことだと思う。


総司は色恋に疎い。こいつはこれで見目はいいから昔は男どもの好色な視線を受けていたが、元服して、体格もよくなってからは女にも言い寄られるようになった――というのに、一向に相手をする様子が見られない。まわりの男が親切のつもりで島原につれて行き、女を買ってあてがうようなことも幾度かあったそうだが、どうにも食指が動かないようで、酌をさせることはあっても抱いたことはないらしかった。
で、だ。
誰か想う奴でもいるのかと観察するつもりでじいと見つめていたら、総司と目があう回数が格段に増えた。まあこちらが見ているのだから目が合うこともあるだろうとはじめは思っていたが、それにしてもやたらと高頻度で目があうものだから訝しく思わざるをえなかった。それと同時にすぐにそらされる視線とその頬の赤さに勘づくものもあって、ああこいつは俺の事が好きなのかと、そこでようやく総司が見ているのは俺なのだと意識するに至り、まあ――

「…お前が素直じゃねえからだろうが。構ってほしいなら素直にそう言え」
「冗談、誰が…ってちょっと触らないでください、離して下さい気持ち悪い」

頑張って俺を見ないように奮闘するこいつが思ってのほか愛らしかったというのもあって、それなりにまあちょっとすごく仲が良い、程度の関係にはなっている。
恋人ではない(総司は意地でも俺を好きだなどと言わないように頑張っている)、けれど、ただの上司と部下でもない。口づけすると驚かれるが、拒絶はされない程度のどこか曖昧で不思議な関係だ。

「離してって言ってるのに、しつこいなあ」

総司は力の抜けた顔で、けれど気丈にもそう強がる。「はなせ」と言う割に自分では振りほどこうとしないあたりバレバレだ。

「口づけまで許しておいて触れるなってのはどういう了見だよ」
「はい?そんなものを許した覚えはないですけど」
「抵抗しねえだろうが」
「………」

目をぱちぱちさせた後、ふい、と横を向く。赤らんだ頬に指を添わせると、総司はやっと、こちらを向いた。

「それはっ、…て、抵抗できないだけで、あんなこと許した覚えなんてないですよ」
「ほお。一番組組長たるものが、なんであの程度に抵抗できないんだよ」
「それは、」
「なんだよ」
「………」

ぎゅっと手のひらを握り締め、「…僕にだってわかりません」と、言った。嘘だ。本当はわかっているくせに、こいつは本当に素直じゃない。

「(…お前、俺の事好きだろ)」

どうせこいつは怒るし否定するだろうが、言わないのが正解だとわかっていても言いたくなるものだ。

「おら、さっさと句集返せ」
「はあ?嫌ですよ」
「そもそも俺のもんだろうが、何ちょっと迷惑そうな顔してんだてめえは」
「だって土方さんがしつこいから」
「だからなんでお前はそう、…いいから返せ!」
「嫌です」
「総司!」
「やですってば」

埒が明かない。
俺は、総司の着物に手をかけた。

「…へえ?やるつもりですか、…って、ちょッ…」

喧嘩でもするつもりだったのか、強気に言う総司の声はすぐに弱る。
俺がそのまま顔を伏せ、総司の首元に唇を寄せたからだ。
そこに数回キスをしてから、伸びあがって慌てる総司の口をふさいだ。

「…ふ…、ぅ、」

唇をこするようにあわせ、ぎゅうと固くしぼられた唇の割れ目を舌でなぞってやる。そうするだけで肩を震わせた総司が、なんとか後ろに逃げようともがくのを腰にまわした腕で封じた。そのまままさぐるように身体を撫でると、余計に身体が固くなる。

「総司」
「や、……んな、なに、…ッ」
「なにってお前、」

そのままはだけた胸のあたりに手を差し込むと、大げさなくらいに慌てた総司が俺の肩に爪をたてた。いっきに顔に血が上り、どうしたらいいのかと混乱した様子の総司に、

「ああ、ここか」


構わず俺は総司の懐から句集を取りだした。

「………。え?」
「返してもらうぞ、これ」

言いつつ、ひらひらと総司の顔の前でそれを振り、自らの懐にしまう。

「………」
「……なに呆けた顔してるんだよ、お前は」
「……、……。……!」

ぶるぶると震える総司の顔が屈辱に歪んでいく。
…こんな顔はじめて見るかもしれないと思いつつ、俺は嫌な予感しかしなかった。
総司はまだ、震えている。

「口づけでごまかして、その間に盗ったんですね…?」
「?何怒ってんだよ」
「他の女の人にもこんなことしてるん、だ?」
「いや、しねえよ。どうしてそうなる」
「嘘ですよねわかりますどうもありがとう、実に最低です土方さん」
「だから待て、どうしてそうなる」
「…あなたのそういう、女の人の扱いにたけてるところ、凄く嫌いです!」
「だからどうしてそうなる?!」
「僕にそんなの通用すると思って、……お、思わないでくださいよっ…」

唇を噛みしめ、「僕は女の人とは違う」といった内容の意味不明な言葉を呟いた総司は、次の瞬間には呆然とする俺を突き飛ばしていた。
怒りのためなのか、それともそれ以外の理由なのか、ほてった頬を冷ますかのように必要以上に素早く駆けていく。
あっと言う間に見えなくなった背中をなんとなしに見つつ、俺は溜息をつくしか手がなかった。









「(…何がどう間違って、アレを可愛いなどと思うようになったんだか。俺も馬鹿だな)」


















手遅れですよ土方さん。