厳しい瞳だった。冴えた刀身を思わせる、深い色をたたえた蒼。空を幾重にも重ねれば、こういう色になるだろうか。幼子のようなことを思って、沖田はようやっと、視線を下げることができた。 焼けるような熱さを秘めた咽喉元に、くたびれた指で触れる。 熱をもった咽喉にそれは酷く冷たい。 冷たさに息が詰まるなどとまるでお笑い草だ。 笑おうと思ったのに、どうしても上手くいかない。震える咽喉を手で押さえつけて、みっともなく動揺を抑えきれない自分に、 「あんたはそう思っているのか。今もって、自分を、一番組組長であると」 彼は、そう言った。 呼吸すらも凍りつかせて、沖田は斎藤を見る。 背筋が凍るような、そんな、重い塊が胸の中を転がった。 熱さゆえに疼く、その熱を根本から冷ますようだ。 彼のそれは、どうしてこうまで感情を殺せてしまうのかと訝るほどの、冷たい瞳だった。 厳しい。 強く、問いかけるような、感情の失せた色だ。 「一人で動くことすら満足にできない、その身体で」 滑稽だとでも言いたげな唇のゆがめ方をして、斎藤一は、笑った。 「あんたにそんなことを言う資格が、本当にあると、思っているのか?」 その厳しい瞳を受けて、自分は、何も言えない。 何も言えないと知っているから、彼は自分にそう告げたのだ。 わかっている。 わかっているからこそ、――沖田は緩く、唇を噛んだ。 「(一くんはずるい、)」 ずるい。ほんとうに。 ――その時はじめて、沖田はこの人を憎むことができるような気がした。 総司が泣くところを見るのは初めてだ。 斎藤一は、一人床についている彼の、その濡れた目元を見てそう思った。 冗談のように綺麗に泣いている。 透き通るように白いその顔に、鮮やかに目元だけが赤い。こするか何かしたのだろう、涙が目尻にわずかにたまっていた。 「(血を吐いたのか、)」 口元に、血に濡れた布がある。まず間違いないだろう。 「(…この涙は、生理的なもの……では、ないな)」 否。 喀血の際は息苦しさに涙も出ようが――今も溢れて止まないのだ。それは、単にきっかけに過ぎない。 不器用な男だ。 理由がないと泣くことすらできないらしい。一人布団にくるまって、今は夢の中にいる。 自分は総司のこの不器用さが嫌いではなかった。 総司、と名を呼ぼうとして、直に止めた。 喀血し、体力をそぎ取られた彼は、どう楽観的に見ても余命幾許もない病人のそれ。 それがこんなにも憂鬱に胸を重くするのは、自分が沖田に好意を寄せていたからなのだろう。 声にならない声で名を呼んで、斎藤は押し黙る。 ――自分は、土方に頼まれてここにきた。 彼には用がある。 いずれ幾分細くなった彼の肩に触れ、起こさねばならないだろう。だが今は、声を殺して、沖田の涙を見ていたかった。 最後の情けのつもりだった。 この男は、涙を見られることを良しとはしないだろう。 だからせめてこの涙が乾くまでは、と、斎藤はそう考えた。 「(…見て見ぬふりを、している)」 今までもずっとそうしてきた。総司の病に気づいてから、ずっと、だ。 いつまでもこんな風に出来はしないとわかっていて、それでもなお、思っていた。 この時間が続けばいいと、子どものような甘え方を、してきた。 それが総司を傷つけていると、気づいていても、なお。 …もう限界だ。もう潮時だ。何時その時が来るだろう。いつまでそう、怯えて待っていればいいのだろう。 総司は時々、そう言いたげな顔をした。 あれは聡い男だから、そういったことをすらも、とうに理解してしまっている。 総司には。 …どうしても、言い出せずにいる言葉が、あるはずだ。 だから、自分が、ここに来た。 …今から自分は、総司にとても酷い言葉を投げかける。 新撰組を離れろ、と。 ――お前はもう、近藤局長の役には立てないのだと。 その役目だけは、誰にも譲りたくはなかった。不思議なことに――沖田の心に傷をつけるなら、どうしても、それは自分がやらねばならないような気がしていた。 同情でこの場に居続けるなど、きっと彼の矜持が許さない。 「(きっとあんたは泣かないだろう。どれだけ苦しくとも。俺は、あんたのそういう所が、――)」 この先は、言葉にはならない。 言葉にするくらいなら、無かったことにしてしまった方が、いい。 この沖田を泣かせているのは自分だ。それを、自覚しなければならない。 斎藤は、沖田の涙をぬぐうことをしなかった。 ――沖田は、数秒瞳を揺らめかせた後、微笑みを浮かべた。 「……うん」 そして、頷いた。がたがた震える指先を、布団の下に、隠した。 「ごめん。そうだね」 声帯が上手く動かないらしい。沖田は、斎藤の瞳を見た。 「…ほんとうに、そうだ」 ――そして、その先は、言葉にならなかった。 沖田は泣かない。 泣かずに、俯いた。 「ずるいなあ、一くんは。何、その“頑張って無表情にしてますーって顔。そんなの見せられたら、黙って頷くしかないじゃない?土方さんも酷いよね。僕が君には我儘言えないってこと、よく知ってるから、自分は引っ込んで君に嫌な役を任せたんだ」 「総司」 「わかってるよ。ちゃんと」 気だるげに顔をあげ、照れたような笑顔を浮かべた。 「…わかってる。だって僕は、これでよかったと、思ってるんだ」 斎藤は沖田の手を握らない。声をかけもしない。視線だけを、注いでいる。 沖田はゆっくりと、泣き笑いの顔を浮かべて、目を閉じた。 「一番組組長、沖田総司を殺すのが、君で本当によかった」 |
斎+沖。
沖田さんは意地っ張りで、かつ、本当の意味での我儘は言わないと思います。
沖田さんは俺の心の嫁です←