一言で状況を説明しよう。

総司が猫になった。
ついでに女になった。
さらに、……、否。俺はこの先は認めねえ。認めねえぞ。

「何故そうなった」
「僕にもわかりません。山南さんに言ってください」
「だから山南さんから貰い受けたモノをおいそれと口にしてるんじゃねえよ!てめえは反省って言葉を知らねえのか!」
「知りませんねえ。僕は今を生きる男ですよ」
「いけしゃあしゃあと言うな、そのせいで今まさに男じゃなくなってんだろうが!」

原因は山南さんの薬、という、もはや有り触れたと言っていい理由からなのだが、それにしても今度のはなかなか、性質が悪いと言わざるを得なかった。

山南さん曰く。
今度のは、猫の耳や尻尾が生え、性別が代わり、――なんと惚れ薬の効果まで付け足した、いろんな意味で盛りだくさんの妙薬らしい。
妙すぎるだろそんな薬。
つっこみどころしかないが、少なくとも今はそれよりも先に優先すべきものが目の前にある訳で。

たまたまこの場に居合わせた原田と平助は、俺の後ろで呆然自失している。それはそうだろう。

総司は総司である。生意気な口のききかたも変わらねえ。
ただし、体つきが幾分か小さくなり、肩幅がずいぶんと狭く、華奢になった。顎のあたりも細くなったし、全体的に小柄になったせいか瞳がいやに大きく見える。もともと顔立ちの整った男ではあったけれども、どこか儚げでありながら挑発的で、妙な色気が漂っているものだから――

「(そういやあ、惚れ薬の効果もあるとか言ってたか…)」

いやいやいや。落ち着け。落ち着い、…いやいや。落ち着いてるよ。十分冷静だ俺は。
そうだ。
確かに今の総司は何というか、とても俺好みの外見だ。だがそれだけだ。
そう。それだけだ。
もともと中身も、可愛くないところがまた可愛いというか、そう悪くは思っていなかったから、少し動揺しているけれども。

…こいつは俺にとって可愛い弟分だ。いくら女になっても、猫耳がついていても、それがめちゃくちゃ似合っていても、こちらを見上げる顔つきが愛らしくても、声が普段より高く感じられても――これは弟分、なのだから。

俺は別に惚れてなんていない。薬などに負けてたまるか。

「――土方さん?」
「近づくな」
「…おやおやあ?顔が赤いみたいですねえ。ふふ」

実は土方さんって、猫とか好きだったりします?
なんて言いながらニヤニヤしている。猫のように上ずった口元の小ささが、女のそれだった。吐く息すらどこか甘く感じられそうな、不思議な色気がある。

「ちげえよ。ていうかお前、服着替えろ。女の身体でそんなだぼだぼの服着たら気になるだろうが」
「胸元とかですか?いやらしい人だな」
「てめえが!!無頓着なんだろうが!!」

思わず怒鳴る。そうすると、そこでやっと、後ろの幹部隊士たちも状況に頭が追いついたようだった。

「そっ、…そ、そそっそそうだよ総司!いくらなんでもその服はヤバいって!ただでさえ総司、いつもと違って、なんか、その、…可愛いっていうか…お、女なんだしさ!」
「平助までそんなこと言う。身体は女だけど、僕、心は男なんだけどなあ。胸くらい別に恥ずかしくともなんとも…」
「わー!!ひっぱるなって!!」
「平助の言うとおりだぜ、総司。確かにお前が戸惑う気持ちはわかるけどよ、平助みたいなお子ちゃまもいることだし、ま、この男所帯で無防備な姿をさらす必要もねえだろう。窮屈かもしれねえが、服くらいかえとけよ。な?」
「左之さんまでそういうこと言うんだ。こんなものでも、見せてあげたら、むしろ目の保養になって喜ばれるかなって思ってたんだけど…」
「だ、駄目だって、年頃の若い娘が、そんな…!」

真っ赤になって手を振り回す平助は、言うのもなんだがほほえましい。総司はニヤニヤ笑いながら、「年頃の若い娘?」と反復する。完全に悪い顔だった。
ずい、と、平助に詰め寄る。

「ねえ平助。僕、男なんだけど」
「いや、それは、そ、…そうだけど…」

おい、もう涙目になってるぞ。やめてやれよその辺で。
というか楽しそうだな総司…。

「――女の子に慣れてないんだ?可愛いなあ平助は。ちょっと触ってみる?ちょっとくらいならいーよ」
「な、ば、…ばばばば馬鹿言うなよ、俺は別にそんな、…!」
「斎藤くんみたいなこと言うんだね。もったいないなあ。せっかくの機会なのに」
「おい総司、あんまり平助をいじめてやるなって」
「ふふ。じゃ、左之さんはどうする?揉んでみる?」
「やめとくよ。うっかり本気になって間違いでも起こしたら、お前、傷つくだろ?」
「………、…」

素で返されて、さすがの総司もわずかに赤くなった。耳がぱたぱたと動く。

「自覚しろよ。今のお前は、男にとって、ちっとばかし刺激が強すぎるんだ」
「…そんな風に返されると、なんだかちょっと、さすがに照れますね。そっか…うん、…じゃあ僕、着替えてきます」

少し慌てたようなそぶりで、俺を見る。

「土方さん。僕も着れそうな、小さめの着物とか、あります?できれば男物がいいんですけど」
「ああ?…いや、俺はさすがに…」
「そうですか。…じゃあ、平助の着物とか、どうかな?身長はそんなに変わらないけど」
「そ、そんなことねーよ。さすがに今の総司よりは大きいって…たぶん…」
「――だから、ごめんってば。いつまでも照れてないで、いい加減こっち向いてくれないかな?ほら、ちゃんと胸元正したし」
「べべべ別に照れてなんかねえし」
「あのなお前ら、ほのぼのしたやりとりは結構だが…総司。流石に男物はねえんじゃねえのか。平助のでもでかいだろ、たぶん」
「…そうかな。あ、千鶴ちゃんに借りるのはどうだろう。桃色は僕には可愛すぎてちょっと不服だけど、一応男物だし…」
「ああ、それはいいかもしれないな。そうなると、お前には少し窮屈かもしれないが」
「まあ、試すことにしますよ。じゃあ僕、行きますね」
「いや待て。お前が行くのか?その格好で?」

思わずひきとめた。原田と平助もうんうんと頷いている。そうでなくても、総司の胸はそれなりの大きさだ。その格好で外を出歩けば、嫌でも目を引くだろう。

「俺が行けばいいだろう」
「え?良いですよ別に。僕が行きますって。自分のことですし」
「いや、だがしかしお前その格好で…!」
「その格好その格好って、これ、普段着なんですけど…多少袖は余ってますけど、別にいいでしょ。外出するわけではないんだし」
「女だって見せびらかしながら歩くようなものだろ。あとその猫耳、どうするんだ」
「胸は隠しながら行きます。耳は――土方さんの羽織でもかぶって歩こうかな」
「完全に不審者じゃねえか」
「いいですよ少し歩くだけですし」
「いい、俺が行く」

ため息をついて、立ち上がる。総司は露骨にむっとした顔を見せた。ぴんと耳を立たせ、いらだたしげだ。尻尾が、たし、たし、と地面をたたく。

「変な心配しないでください。こんな身体になったって、僕の腕は衰えたわけじゃない。隊士に絡まれたって、はねのける力くらいあります」
「別にお前が弱いって言ってる訳じゃねえ。余計な火種をまかねえようにだな、」
「…女になって、こんな変な耳と尻尾つけて。土方さんは僕が弱くなったと思ってるんだ」
「ちげえよ」
「違いませんよ」

睨み付ける顔は確かにいつもの総司だ。その表情にほんの少し安堵する。
惚れ薬の効果がどうこう言われた時は動揺したが――そして確かに、この俺ですら、惚れ薬の効果はあったようだが――それ以上にこいつのことが大事だ。この沖田総司という人間を、大事にしたいと、俺はもうずっと昔から思い続けているのだから。
条件反射というか、今更揺らぎようもない。
だから惚れ薬などという得体のしれないモノに踊らされることもない。
こいつが傷つくようなことはできないように、身体に染みついているのだ。
それを再確認できて、安心した。

「(だが、惚れ薬の効果があるのは本当だ。俺でさえ、やたらこう、そわそわするというか、抱きしめたくてたまらねえ気持ちになっているんだから)」

総司のことがやたらと色っぽく見えたり、抱きしめたく思ったりするのは惚れ薬の効果だろう。
猫耳がひょこひょこ動いて可愛く思う――のは、惚れ薬の効果ってわけじゃなさそうだが。
こいつ男だった時から、ある意味では可愛かったしな。

とにかく――このまま外に出たらどうなるか、想像がつくってもんだ。
とてもではないが一人で出すわけにはいかない。

「いいからお前はここにいろっつってんだよ」
「……いいです、僕が行きます」

総司も立ち上がり、俺の隣に並ぶ。ぶかぶかの服は重力に倣ってずり下がる。

「…胸元見えてんぞ」
「めんどくさいなあ。ほら、これでいいでしょ」
「またすぐずり下がるだろ。そんな状態で戦えるのかよ、お前。手がふさがってちゃ刀も持てねえだろうが」
「じゃあ、胸に見とれてる隙に倒しちゃえばいいんじゃないですか」
「絶 対 許 さ ね え」

お前は自分の身体を何だと思ってんだ。…いや、男だから、ある意味その反応は間違ってはいないが。

「いいから、お前はここにいろ」
「…ああもう、面倒だなあ!」
「何怒ってるんだよ…」
「いいですよ、じゃあ、ほら、これでいいでしょうこれで!」

総司はやけになったかのように俺の羽織を奪い取ると、それを頭からかぶり、首の下で紐を通して括り付けた。
巨大かつ真っ黒な照る照る坊主のできあがりだ。
胸も隠れ、足元はぶかぶかだが――そこはまあ、紐でくくりあげればつまづくこともあるまい。だが顔だけ浮き上がっていて、なんとも滑稽である。

「これなら、変な人だけど、女だってことはわかんないでしょ?胸だって隠れてるし!」
「だから。完全に不審人物じゃねえか」
「もうそういう遊びだってことにしておきますよ。こんなみょうちくりんな格好した人の服をはごうなんて思わないでしょ」
「それはまあ、…」

そうかもしれないが。

「――土方さんは心配しすぎなんです。心まで女になっちゃった訳じゃないんですからね」

つん、とそっぽを向いて、動きそうになる尻尾を押さえつける仕草をしてから、総司はさっさと部屋を出て行ってしまった。
それを見送ってから――はあと、大きなため息を漏らす。

「大丈夫かあいつ…」
「心配な気持ちはわかるぜ、土方さん」
「なんていうか、総司、すっげー可愛くなってたもんなあ」

原田と平助の気遣わしげな声に、適当に頷いて、俺はもう一度、その場に座した。着替え終わった総司は、もう一度ここに戻ってくるだろう。今追いかけたらあいつは確実に逃げるだろうし、余計にややこしいことになる。

「…惚れ薬か…難儀なもんだな」
「やっぱ惚れ薬の効果なのかな?」
「だろうな。やたら胸がどきどきするっつーか、衝動に押し負けて抱きしめちまいそうになる」
「――やっぱ左之さんもそうなのか。うわー、意外と侮れないんだな、惚れ薬って」

総司は大事な仲間だからそんなことできないけど、なんだかちょっと申し訳ない気になっちまったよ。
そう言う平助の声はとても澄んでいて、平助らしいなと思わせる。

「いやーしかし心臓が凍ったな。あの総司が女に、ねえ…自分が飲まなくてほんとによかったと思うぜ」
「左之さんが女になるとかマジで想像つかないって!…でも、総司はほんとに美人になってたなあ
…もとから整った顔立ちだとは思ってたけど、なんかちょっと驚いた」
「おい平助、微妙に赤くなってんじゃねえよ」
「な、なってねえよ!」
「鏡見ろとりあえず」
「…そ…そうだとしても!総司は仲間だから、流石に口になんかできないし、本気にしたりはしないけどさ。ああいう人が別にいたらいいなって、そう思うのは自由だろ?」

…まあ、それはそうだが。
しかしどこか気に入らないのは何故だろう。

「あれを嫁にしたら死ぬほど苦労するぞ。それだけは断言しておく」
「その苦労が楽しいんだろ?土方さんも素直じゃねえなあ」
「原田、お前は少しばかり黙れ。…はあ、まったく、いつまでたっても…」

餓鬼のままなんだ、あいつは。
こういう時、総司はことさらに俺には頼りたがらない。俺はあいつの兄貴分だから、きっと照れもあるのだろうが――待っているだけというのもつらいものだ。

ため息が止まらない。

じっと障子を眺めていた原田が、ふと視線を投げてよこした。

「しかし土方さん、山南さんに言わせれば、あの薬の効果はそう長くはないはずなんだよな?」
「あ?…ああ、そう言っていた。飲ませた量からすれば、二日三日で治るそうだ。もしかしたら今日中に治るかもしれないってよ」
「そうか。早く戻るといいな。…あの姿でいられたら、こっちがソワソワしちまう」
「原田てめえ。いくら女になったからってあいつに手を出したら、」
「違う違う、そういう意味じゃねえって。まあ確かに今のあいつは魅力的だけどよ、女ってのは、男の背中で守られるもんだろ。総司にはそんなことする気になんねえから、ソワソワするんだよ。あいつはもともと強い奴だからな」

隣で戦って貰わないと落ち着かないが、女の姿だとどうしても後ろに回したくなっちまう。変な気分だよと、そう言って、ほんとうに困った顔を見せた。なるほど原田らしいとは思う。

「しかし、ま、なんつーか見たこともねえような美人だったな。あの総司に女物の着物着せたら、そりゃ似合うだろう」
「てめえ…再三言うが総司に変な気起こすんじゃねえぞ」
「そうは言うけどよ、あんだけ綺麗な女が傍にいたら、変な気になるのはしょうがねえだろ」
「原田!」
「大丈夫だって。思うだけで、あいつ相手に無体はしねえよ。総司を女扱いする気はねえし――それこそ嫌われちまうだろうからな」

身体は女だが心は男だから、扱い方に困る。つまりそう言いたいのだろう。

…しかし何故だろう、平助は何故だか絶対に大丈夫だろうという気になるのだが(純真無垢というのはこいつのためにある単語ではないだろうか)、原田がこういうことを言うとやたらと心配な気持ちになる。
いや、総司は男だ。男なのだから、原田になびくことはあるまい。原田だって、心まで女ならともかく、総司相手に無体を働くつもりはないと公言しているからには、そうなのだろう。そうなのだろうが――

「(もし原田が本気になったら、あの総司すら口説き落としちまうんじゃねえか)」

まさかのまさかとは思うが、過ちでもあっては困る。
あいつの兄貴分として、一応、注意しておかなければ。

俺は先ほど総司が出て行った障子を睨み付けた。
早く帰ってこいと、そう強く思いながら。