薔薇の夢
首に指が絡む光景は、植物の蔓が壁を伝うのにどこか似ている。
酷く静かな動作であるのにどこか暴力的だ。まるで子供が親に縋る細い指のようで、酷く、いたたまれない。
けれど止めるつもりはなかった。
綺麗な首だ、そう思ったら、無性に手折りたくなって。
だから、手を、伸ばした。
するり。
白くて白くて。
恐ろしく手に馴染むその肌に、のせられた赤が歪んだ。
笑みの形に歪み、細い空洞から吐息が零れる。
「…
姉?」
「ねえ。聞いて、私ね、」
首に触れれば肉の感触。
それが何故だか笑っちゃうほど嬉しくて、思わず食いこませた指はけれど酷く震えていた。
「萌太くんに、殺されたいの」
「…ええ、知ってますよ」
微笑みながらも少年は私に首を絞められた。
圧迫感に眉をひそめもせず。
くすくすと、咽喉から笑う。
「そう。私も知ってるよ」
どれだけ泣き叫んだって、
貴方が、すべてを私に、くれないってこと。
「だって貴方は」
貴方は。
「……。ふふ、」
全てを手に入れておきながら、放棄する道を選ぶ。彼はそういうことを躊躇いなく実行できる人。
わかってた。
彼は、精一杯、彼のすべてで私を大事にしている。
まるで薔薇でも愛でるように私に触れて。
触れれば棘が刺さるとわかっていても、その細い指先で私の茎に触れるんだ。
まるで真綿で包まれるような曇りない優しさに、けれど痛みを感じる人間の心など彼は理解しない。
知っている。
聡いこの死神が何よりも恐れるものが、なんなのか。
「(馬鹿だね、萌太くん)」
それはきっと、今、君の目の前にある、ただの夢で。
夢、で。
おそらく誰もが一笑にして忘れることを、この少年は心底恐れて、恐怖が故にそれから目を離せないでいるだけなのだ。
いつまでも、いつまでも。
死神は、愚鈍なまでに一直線に恐怖を見据えている。
「知ってる?人が生きていくうえで決して失くしてはならない最後のモノは何か。それはね、忘れることだよ」
そうだ、…忘れてしまえばよかったのに。
それでも彼は忘れなかった。覚えていた。執拗に。縋るように。
「(そう、私は知っている)」
自ら戦慄を脳に叩きつけるように生き、同時に飲み込んだその恐怖に殺され続けた彼の15年を。
そして、そうしてもがき苦しんでまで、彼が拒み続けた世界があることを。
だから。
「ねえ、…萌太くんが欲しいよ」
欲が告げる。
死神は、人間の女の愚かな妄執を一笑すらもせずにかき消した。
「いいえ。僕は、たとえ死んでも、貴方のものにだけはならない」
私は微笑む。
「知ってるよ」
ねえ。
貴方の気持ちを言い当ててあげようか、萌太くん。
「殺したいくらい、私を愛してるくせに」
手折られることが薔薇の喜びだと、貴方は知っている?
儚い儚い、薔薇の夢