薄暗がりに溶け込んでしまうイーシャの黒髪と対照的に、彼の顔面は白くぼうっと浮いて見えて、ルシカは何とはなしに目を眇めて手を伸ばした。
顔の中でも一際人工的に白い眼帯が、酷く鬱陶しく思えたからだ。
紙細工みたいだ、と、思った。
造形が人間離れして美しい――もともと人間ではないのだけれど――イーシャから、一層のこと現実感を引き抜いていく右目の眼帯。
普段は気になんてならないのに。
明るい陽の元では、イーシャの一部として溶け込んでさえいるのに。
おかしいと自分でもそう思いながら、それでも堪えきれずに伸ばした手は、イーシャの怪訝そうな声によって遮られた。
「何、…ですか、ルシカ」
あれ、俺そんなに怖い顔してたのかな。
思わず苦笑が零れそうになる。
イーシャの声は、これが拒絶という奴なのだとルシカに認識させるに足るだけの硬さを内包し、ルシカの手の動きを止めてしまった。
「んー、葛藤してただけ」
「葛藤は己とするものでしょう。僕を巻き込まないで下さいよ」
すぐさまいつもの憎まれ口。
毒舌は彼の専売特許で、唯一無二の防御法。
「葛藤の種は案外他人にあるものなんだよ」
分かっていて追い詰めようとするあたり、今日の自分は余裕がないらしい。
そう他人事のように働く思考さえ、ルシカの視界の左後ろのほうに霞んで消えた。
頭がぼんやりする。
いつものそれとは違う、これは、10年以上前に繰り返し繰り返し刷り込まれた感覚。
「どういう意味ですか?」
少し低く後方に下がるような声音は、問いの内容とは明らかに不釣合いだったけれど、そんなものは気にならない。寧ろ彼らしいとさえ思った。
「イーシャって鈍感」
「なっ…、」
挑発して乗り出してきた身を、今度は遮る暇を与えずに腕を引いて捉える。
右手は躊躇いなく眼帯を掠め取った。
「やっぱり」
平面的でありながら深みのある金色が、月のように現れた。
光の穴、というのは、きっとこんな感じなのだろう。
ほっと、固体と紛うほどに重い塊が喉から落ちて、今まで息を詰めていたのだと気づく。
暗がりにはいい思い出がないからか。
月が、好きだった。
「俺、知ってたんだ。なんとなくだけど、イーシャの右目って冬の月みたいに冴え冴えとした色なんだろうなって」
ゆるりと意図せずに頬を緩めると、眼前でイーシャの目が――見慣れない、けれど酷くルシカを安堵させる金の目諸共――大きく見開かれた。
あらゆる段階を通り越して対応が遅れてしまっているらしいイーシャの頬に手を添えて、やっとお目見えした右目に別れを告げるように、或いは別れを惜しむようにして優しく口付けると、ルシカは怒られる前に自ら奪った眼帯をつけ直した。
何が起こったのか理解できているのか、未だできていないのか――たぶん後者だ――呆然とするイーシャの頭を二度軽く撫でてやる。
「すっきりした」
「は?」
「気になってたんだよね、イーシャの右目の色。俺の勘あたってるかな?って」
「そ、それだけ…の、ために…?」
「思ったとおりだったから、うん。満足」
「満足…って……」
わなわなと震え出す肩を見ながら「あ。いつものイーシャ戻ってきた」とルシカは呑気に構えていた。
ぼんやりと霞んでいく感覚も、繰り返し刷り込まれた不快感も、もう何処にも見当たらなかった。
そしてルシカが予想していた通りに、イーシャの声が張り上げられ、
「それはあんただけだホケホケ野郎――!!」
破裂音とも爆発音ともつかない激しい音が空気を裂いた。
「明かりもつけずに何してんだよ…って、うわっ!なっ、またケンカしてんのか!?」
繰り出された初めの一撃をルシカが紙一重で交わしたところで、外出していた二人が運悪く扉を開けてしまったが、いつものパターンと慣れているディノスが咄嗟にルーエルを庇ったので大事には至らなかった。
「……ルシカ」
「何で俺に非があるって思うの、ディノス」
「いや、なんか、…雰囲気的に」
「あ。ねえディノス、イーシャの右目ってね」
“すごく綺麗な色なんだよ”
アトガキ
叶さんから3535ヒットでリクエスト可ということだったので頂いちゃいましたっ!
ちょ 凄い勢いでルシカさんをどんどん好きになっていくんですけど!
とってもツボでした…ぐはっ
叶さん、有り難うございましたー!!