「僕は君が好きだよ、」 鈍い光沢を放つ美しい刃の奥に、さらに美しい碧を見た。 囁くような、唇の動きを最小限にとどめるような小さな声で紡がれたそれは――確かに愛をささやくようなものでは、あったのだろう。殺意と共に沖田は笑っていた。笑いながら殺気を発することのできる男など、俺はこれ以外に知らない。 「――」 軽く体調を崩した総司の見舞いに行った。それだけのつもりであった俺は、あっけにとられたと思う。とりあえずは条件反射のように、引きぬいた刃で総司の刃を受けた。それは単なる自己防衛のために本能が起こした行動だったが、刃を向けられたとあっては自然俺の瞳にも殺意の色が混じる。総司はそれがお気に召したらしい。反撃を喜ぶような男もこいつ以外には知らないと、鍔迫り合いの様相のまま俺は溜息をついた。 「…総司。急に斬りつけてくるな」 「だって。君のその目、すき」 ケラケラと子どものように笑うこの男の意図など読めはしないが、哀しいかなそれはいつものことだった。 「(…いいようにしてやられてばかりだ)」 自覚はあれどどうすることもできない。 総司は布団の上に身体を起こし、刀の手入れをしている最中だったようだ。油をぬぐうための紙が手元に落ちている。 「僕のお見舞いに来てくれたんだ?嬉しいな」 刀を間に挟んで普通に日常会話をつづけようとするこの男の内心などわかるわけもなく。 けれど刀の奥に見える総司の瞳は美しかったから、俺は違和感なくさらりと答えた。 「…その割には、随分な歓迎だが」 「愛だよ」 「ふざけるな。さっさと刀をしまえ」 くすくすと笑う瞳は上機嫌である。久方ぶりに刃を持てたことが嬉しいらしい。頬が赤く、うるんだ瞳をしているくせに、強がるのは確かにいつもの総司だった。 …最近の総司が、どこか妙であることには気づいていた。 やたらと俺と刃を合わせたがる。稽古でもそうだし、巡察中でも俺の傍に来たがるそぶりを見せた。総司と並んで戦うのは居心地のいいものではあったが、これまでの所業を考えるにどうにも違和感が拭えない。 近藤さんのことばかり口にして、他のことになど興味を示さなかったこの男が、何故俺のような者にべたべたと構うのだろう。 …そして俺も、どうしてこんな物騒な男に、こうやっていちいち突っかかりに行くのだろう。 振りまわされている自覚はあれど、それはそれで悪い気がしなかった。 俺は変になってしまったのかもしれない。 「(あんたは俺の瞳が好きだというが、)」 剣の奥に見るその碧に、本当に魅入られているのはこちらの方だ。 「――総司」 「なあに」 「風邪が治っていないのだろう。刃を引け」 「やだよ。もっと君とこうしていたいもの」 「言うことを聞け。さもないとあんたを、」 「僕を?」 「………」 小首をかしげるこの男が憎らしい。 この先を口にしてはこの男の思う壺だと、無言で身体を引き刀を収めた。鞘にしまい、少し離れた場所に置く。折り目正しい正座をすると、途端に目の前の男は先ほどまでの妖艶な笑みはどこへやら、子どものように頬を膨らませた。 「え。ちょっと、いい所なのにその刀しまっちゃうの?」 「病人の床で抜き身の刀を持つなどと常識に反する」 「この新撰組で“常識”なんて言われても説得力無いよ、どうだっていいじゃないそんなの。もっとしよう?」 「何を」 「斬り合いっこ」 「――病人に本気など出せないし、第一真剣でふざけるものではない」 「………」 しばらくこちらを窺うように見ていた総司が、にやあと笑った。 嫌な予感がする。 「…なんだ」 「僕を前にして刀をしまっちゃうとか、本当、君って怖いもの知らずだよね」 「―――」 「今なら君も、簡単に斬っちゃえるかな?」 ふと、美しい瞳が迫った。きらめく刃の奥――今度は俺の方には刃がない。顎の少し下あたりに刃をすべらせ、ぐいと顔を近づけ、思わず寄り目になった俺を、総司はうすく笑った。 「ふざけるのは寄せ」 「……。斎藤くんって、こういう時でもちっとも恐怖が顔に出ないから詰まらないよね。平助なんて真っ青になって後じさって逃げたのにさ」 「あんたが俺を殺せないだろうということくらいわかっている。だから、悪ふざけはよせ」 「やだ。ねえ、やっぱりもう一度君も抜いてよ。これじゃつまらない」 「何を言っている」 「僕ね、君の、殺意に濡れた瞳がすきなんだ。――だからもう一度、あの顔を見せてよ」 「好きだなどと簡単に口にするな」 「ふふ。とにかく抜かないと、」 斬るよ? 囁く言葉は確かに俺の背筋に冷たい何かを残すもので、それが何故だか、無性に腹立たしい。 「(斬ることもできないくせに、強がるな)」 何故こんなにもイライラするのか。それは、こんな簡単な言葉さえ口にできないからなのかもしれない。とにかくも俺は総司を睨み、それがまた総司を喜ばせたことだけは確実だ。 笑みの形にゆるむ瞳や唇はうつくしくはあったが、これではしてやられてばかりで詰まらない。 その時の俺はどうにかしていたのだろう。碧の瞳に当てられていたのだとしか思えない行動に出た。 ぐいと、こちらから身体をのりだしたのだ。 「!」 これにはさしもの総司も驚いたようで、すぐに刀を引いた。当たり前だ。 刃は俺の、顎の下あたりにある。もしも総司が引かなければ、俺は喉をかっ切られて血まみれだ。自ら刃に向けて進んだのだ、危ないことをしている自覚はある。 しかしそれでも俺は動きを止めず、ずいと総司に顔を近づけた。総司はその分慌てて剣を引く。その動きが、剣の扱いに慣れた総司らしくないものであるということに、気づく余裕は俺にはなかった。 「――あんたは俺を斬ると言うが、本当にそれができるのか?」 「…ちょっと、一君、あぶな…」 「総司」 「ッ、」 できるものかと調子に乗って近づきすぎた。喋れば吐息が頬にかかるぐらいの近さに、総司は驚いて身体を後ろにのけぞらせている。 「…ちょっと、なに、はじめくん近いよ!」 「ああそうだな」 「ちょ…離れてって、」 「断る」 「…っ、…」 意外にも総司は逆境に弱いタイプらしい。この男にしては珍しいくらいに困惑をありありと顔に出していた。近づけた視界に、上左右下左右左右と動く、総司の目が入る。何やらものすごく意識されていることだけはわかった。 先ほどまでの苛々とした気持ちが僅かに薄れ、総司の反応に気をよくした俺は、そのまま囁くような口調で言う。 「総司」 「…な、なに…?」 「あんたは今、迫る俺に怖気づいて刀を引いた」 「…な……」 「できもしないのに斬るなどと、あまり強がるな」 「……ッ、!」 よく冷静になれば、こんな仕打ちをされて沖田総司ともあろうものが黙っているはずなどないのだ。それくらいわかろうものなのに、その時俺は気づかなかった。 「…僕に度胸がないって言いたいわけ…?」 「否、そういう訳ではないが――」 言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。 怒り狂った総司が俺の襟巻をむんずと掴み、思いっきり引きよせたからだ。 ついに首が斬れるかと思ったがそういうことはなかった。恐らく総司が直前に刃を下してくれていたのだろうが、俺はその程度のことに気づく余裕すらもなく、 「ん、」 「……っ」 総司の口づけを受け入れる羽目になった。 それは子どもがするそれよりも浅く思われる程で、唇の感触すらよくわからなかったが、まさかのまさかすぎる事態に俺は完全に凍りついた。事態に頭が追いつかない。完全停止、という言葉が似つかわしいほどに俺は固まった。呼吸すら止まっていたかもしれない。 口づけなるものは、確か恋仲にあるもの同士で行う行為ではなかったか。 総司は総司で、その場の勢いというか、怒りに任せての行動らしく自分でも驚いたような顔をしていた。わずかに頬が赤い。きっとその口づけには大した理由もなかったのだろう(俺を驚かせることができるなら、なんでもよかったのだ、きっと)。 俺と総司は、馬鹿みたいに男二人で押し黙り、どうしてこんなことになったのかわからないまま、間抜けな顔をつきあわせていた。 「………」 「………」 「………」 「………」 「………」 「…ざまあみろ」 結局あの後、総司が発した言葉はそれだけで。 俺は訳もわからず「あんたの度胸は認める」と言った内容のことを口走った。今から思い返せば意味がわからない。 俺が総司を強く意識するようになったのは、たぶん、これがきっかけにあったのだと思う。 俺とあれとの馴れ初め 桜さまのリクエスト、「斎沖の前世、幕末時代での二人がお互いの気持ちに気づいて結ばれるまでのお話」でした。 全力でつっこんでください。 「結ばれてないやないか」と…!( ゚ω゚;) ほんとすいません; こっからくっつけようかとも思ったのですが自分的にしっくりこなかったので、中途半端に終わらせてしまいました…; この後、お互い意識しまくりで妙な雰囲気漂いまくり、ようやく斎藤さんがしっかり自分の気持ちを意識して猛攻撃をかけるのを沖田さんが自分の病を理由に断ったり何だりして、ひと悶着あってからくっつくのだと思うのです。 SSL本編でちらっと触れるようにしますので今回はこれでご容赦頂ければ嬉しいです。うわあほんとにすいません…! 素敵なリクエスト有難うございましたv |